another 6





 花京院の魂も賭けようと言って、証書を書きながら承太郎は思う。
「勝手すぎるかな」
 友人と書いたことは嘘ではないが、花京院の魂は果たして取ることができるだろうか。どちらにしろ突破できなければ一緒だ。そこまで考えて承太郎は笑う。やはり勝手過ぎるな。
「だが」
 承太郎はひとりごちる。
 花京院、お前ほどじゃああるまいよ。

「僕の魂勝手にかけたんだって?」
 花京院は夜の路地裏で承太郎に突然話しかけた。承太郎はどこかでそれを予想していたらしく、今度は特に驚きはしなかったようだ。花京院はポケットの中に瓶に無意識に触れていた。骨は瓶に入れた。何かに入れていないと、風に吹かれてどこかにいってしまいそうだったからだ。
 承太郎は花京院の言葉にかすかに笑った。
「勝手すぎたか」
「持ち物くらいならいいけど、さすがに魂はね」
 テレンスが、貴方の魂まで賭けていましたと馬鹿にしたように笑っていたのを花京院はぼんやりと思い起こして、下らないなと思った。テレンスに対して思ったのか、自分に対して思ったのか、承太郎に対して思ったのか、定かではない。
「館は見つかった?」
「なんだ、教えてくれるのか?」
 質問には質問で返すなって学校の教師に習わなかったのかい、と花京院はため息をついて、首を振った。
「まさか、教えないよ」
 でも、と花京院は呟いた。顎に指を当てて、首をかしげる。
 風が吹き込んで、それはひどく冷たかった。承太郎の足元には死屍累々といった感じで、屍生人が倒れていた。ぐちゃぐちゃで粉々だ。ミキサーにかけたみたいにも見えて、ひどいものだと思ったが、別段心は痛まなかった。
 その中心に冷たいからだの承太郎が苛立ちをおさえきれずに立っているほうがよっぽど背筋が冷えた。
 承太郎が苛立っているのは一目でわかった。何に対して苛立っているのだろうと花京院は思い、それが彼自身が死んでしまうことへ感情であれば良いと思った。花京院は承太郎が自分が死んでいるのだといったときの静けさを覚えていた。それはあまりにも静かで、花京院は怒りを覚えていた。もっと、何かあって良いはずだと思った。
「DIOの秘密を喋っても良い」
「ほう、どうしてだ?」
「わからない、でも」
 理由が欲しいのかと問えば、真偽を確かめるためには、と承太郎は素直に答えた。では、と花京院は付け足す。質問に答えて欲しい。君の好きなように答えてくれ、関係のない話だからと。
 空には星が輝いて、全く太陽ほども暖かくなくて冷え切っていた。
「ポルナレフやジョースターさんは元気?」
「みんな怪我やなんかはしているがそこそこにな」
「君の体のこと、皆には話さないのか?」
「話してないな」
「どうして?」
 花京院の間断のない畳み掛けるような質問に承太郎は一瞬詰まる。花京院はそんな承太郎の様子を見て、答えたくなければ答えなくても良いのだといった。
「そう、嘘を言っても別にかまわない。何の関係もないんだから」
 花京院の瞳は虚ろに光っている。しばらくの沈黙の後、花京院はまた口を開いた。
「どうして、僕には話した」
「迷惑だったのなら悪いな」
 聞きたいのはそんな事じゃない、と花京院はため息をついたけれどそれ以上は問い詰めなかった。
「今も眠いのか?」
「…眠いな」
 だがその言葉はあの夜ほどの衝撃を花京院にはもたらさなかった。花京院はふっとハイエロファントで降りて、承太郎の目の前に立つ。
「君はどうしてそんなに冷静なんだ?」
「何の話だ?」
 承太郎の問いに花京院はそのままさ、と返した。
「どうしてそんなに穏やかなんだ。君は死ぬんだぞ、死んでるんだ!未来もないし、たとえホリィさんを助けたとしたって、その顔を見ることが出来るかだってわからないんだ。どうしてもっと怯えない、縋らない、生きていたいと思わないんだ!」
 花京院は自分の口からこぼれていく言葉がどんどんと鋭くなっていくのをとめられなかった。承太郎はその言葉を黙って聞いていた。眉間に皺を寄せて、本当にただ聞いている。花京院はそんな承太郎の様子にもかっとした。
「それだ、その態度だ。君が、あんなに平静だから、あんなに静かだから、取り返しの付かないことだと、突きつける」
「ごまかしたって仕方が無いことだ」
「誰だって君ほど強くないんだ!」
 花京院は自分より背の高い、承太郎の首元を掴む。冷たさにぞっとして、涙まで出てきそうだった。承太郎は突然のその行動に足を取られたのか地面に叩きつけられる。そんなにも承太郎が簡単に押し倒されたのは、花京院のその表情に驚いたからかもしれなかった。首もとの手はぎりぎりと強くなって、その爪の先が白い。
「悲しめ、怒れよ、縋れよ、だって理不尽じゃないか!」
 花京院はふっと力を抜いてうつむく。夜の暗闇と逆光で承太郎にはよく表情が見えなかった。花京院は震える声で小さく呟く。
「生きろよ…生きてくれ…生きてください、お願いします」
 花京院、と承太郎は呟いた。それ以上の言葉を持たなかった。沈黙は辺りを支配して、二人は身動きを取れなかった。承太郎はあのホテルの日の朝を思い出していた。そうして花京院が裏切った理由をわかったような気持ちになった。
「それが理由か」
「馬鹿だと笑えよ」
 花京院は言ってしまっても無駄だと思っていた。受け入れるはずも無い。この願望は何よりも彼を裏切っている。承太郎があのDIOと同じ存在になるんだとそんな事を受け入れるはずも無い。
 たとえ笑われてもやめる気にはならない。
 承太郎は花京院の言葉を心底不思議そうに受け止めた。
「お前の決断に、俺はなんにもいわねぇよ」
 何を天秤にかけたわけではなかった。いつだって最善の手段は一つしかない。それをいつどんなときにだって見出せる自分を彼は受け止めていた。そのために切り捨てるものがたとえ自分自身だろうと、何を躊躇するわけではない。躊躇しない事と感慨はまた別でも、綺麗に切り離すことが出来た。
「お前が決めたように、俺も決めるんだ」
 そうさ、その通りだろう、と花京院は思った。でも僕は、君の決断が許せない。
「…君は勝手だ」
 花京院の言葉に、承太郎はわずかに笑った。
「お前ほどじゃあないさ」
 どんな言葉も行動も、花京院には眩しく見える。同じだけ悲しく、憤る。力の抜けた指先を花京院は承太郎の首元から離した。
「君がそういうのなら、館で会おう、でも僕は何もしない。君を助けない。でもDIOも助けない」
 DIOの秘密を教えよう、と呟いた顔はまるで泣いているみたいだ。勝ったものが全てを手にするのだろう。それが世界の理なのだ。どちらに転ぶのか、自分で選んだというのに、結果はいつだって手から離れてしまう。いつのまにか見守る以外になにも出来なくなっている。
「最後には迎えに行くよ。行かせてほしい」
 いいだろうかと呟くと、勝手にしろと返された。僕は勝手だからねと花京院は泣き笑いのような顔で答えた。
「俺はお前を信じてるよ」
 夜に輝く星のような言葉だった。花京院はいつも思うのだ。夜空に輝くあの星は本当に希望だろうかと。もっと冷たくて乾いたただの光にすぎないような気がする。