god be by you,hero 2





 DIOが花京院に渡したのは骨の欠片だった。
「花京院」
 それをお前にあずけようとDIOは言って、花京院に骨を渡した。そして何かを思い出したように喉の奥で笑った。
「何を笑っているんだ?」
 花京院の問いにDIOはさらに笑いを煽られたようで、手で口をおさえながらしかし笑い続けた。そして収まるまで、その密かな笑い声は続いて、花京院はひどく嫌な気持ちになった。
「お前も随分な口を聞くようになったと思っただけだ」
 ぐっと、花京院は声を詰まらせる。DIO側に寝返るという決断を下して、そしてどうなるのか花京院は骨を受け取ったまま考え続けていた。無論花京院はこの吸血鬼が願い出たとおりのことをしてくれるはずだと頭から信じ込んでいるわけではなかった。だが、賭ける可能性はあった。過去は変わらず、決定が覆されないなら、前提を変えるしかない。承太郎が死んだとしても、目の前から消えないようにする方法を生憎花京院は知らなかった。そしてDIOは知っているのだろうとそれだけだった。暴君は暴君ゆえに、余裕と傲慢をもち、遊び方を知っている。今の自分だって、DIOにとっては娯楽の種に違いないと花京院はわかっていた。せめてそれが最上の娯楽になるように、つとめなければならないのも。
 DIOはふと懐かしい目で窓の外を見た。星を眺めているようだった。
「良い夜だ、花京院」
 ただその骨を持っていろとDIOは言った。あの神学生のように、私以外のものを信じるお前はそれを持っているだけでいい。
「そうして、お前が心から信じているジョースターを裏切り続けておくれ」
 暴君はそうして輝くのだと花京院は知っている。

 小さな瓶の中には、白い欠片が入っている。からころからころと鳴って、陽にすかすとぼろぼろと崩れて粉になった。それは焼き場から出てきた骨が骨壷に入る前に決壊して崩れ去る様子に似ていた。見たことはないけれど。
「なんだそれ?」
 ひょい、とポルナレフが花京院がすかしていた瓶を覗き込む。花京院は、もはや粉だけになってなんとも判別がつかない中身について曖昧に言葉を濁した。ポルナレフは花京院の態度にすこしばかり疑問を覚えたようだったが、それもすぐに船から見える風景に流されたようだった。
「それにしてもエジプトに入ってから、敵がひっきりねぇなぁ」
「操られて承太郎のお腹刺したくせによく言うよ」
 不可抗力だろーと暢気に言っているポルナレフを花京院は好ましく思いながらも少しだけ疎ましいと思う。あんな大きな傷を承太郎はどうごまかすつもりなのだろうと、もう簡単に治りはしないのに。
 甲板でジョセフとなにやら話している承太郎を見ながら花京院はぼんやりとポルナレフの言い訳を聞いている。あれは警官が悪かったんだとか、そもそも自分に記憶はないのだからもう仕方がないじゃないかとか、暢気にも騒いでいる。花京院が何も答えないのに、ポルナレフは口を尖らせて文句を言う。
「なんだよー、承太郎が許してんだからいいだろ」
「まぁね」
 怒るなよー、とほがらかに肩を組まれる。その様子が目の端に飛び込んだのか、承太郎がこちらを向く。それに気づいたポルナレフが、なぁ、お前も許してくれるだろ?と承太郎に聞いた。
「何の話だよ」
「アヌビスに操られたポルポル君の言い訳」
 肩をすくめてそういうと、ポルナレフはポルポル君って言うなと語気を強めて言う。承太郎はそのやり取りをくだらねぇな、と呟きながらも楽しそうに見ている。太陽の光も相俟って、なんだか陽気だ。このままピクニックにでも行って、帰ってくるんじゃないだろうか。手が冷たいだなんて大嘘で。
「今夜と明日はルクソールで休むそうだ。どこかしら怪我してるしな」
 皆、と承太郎が言う。ポルナレフがそりゃいいねぇ、と嬉しそうにはしゃぐ。君が言うのか、と花京院は思って、下手くそな笑顔を浮かべる。
 風は優しく、太陽は穏やかで、瓶の中の骨は珊瑚のように白い。

「ジョースターさん遅いなぁ」
 ポルナレフがぐちぐちと言いながら街灯の下でジョセフとアヴドゥルを待っている。朝食を食べに行こうといってからもう三十分ほど立つ。
「女だってもっと早くくるぜ、なぁ」
 花京院?と尋ねるように言うと、花京院もいくらか待ち疲れた顔で頷いた。
「どうしたのかな、遅いね」
「もう俺達だけでいくか?」
 それもいいねぇ、と承太郎の言葉を受けて、投げやりにポルナレフは答えた。こうやってわずかな休息の時間をただ待つだけに費やすというのも無駄な話だ。子供の遊ぶ声や、鳥のなく、砂っぽくもうららかな風景。このからっぽのお腹に美味しい物でもつめこめればいう事はない。
「敵にでも遭遇してるのかもしれねぇな」
 承太郎はそういって、ホテルのほうへと向き直る。花京院はそうかもね、と言い、ポルナレフはそうだな、と答えた。花京院はしばらく不思議な無表情で黙ってから、ポルナレフを通り越して後ろを見ている。なんだろうとポルナレフが振り返るとそこには挙動不審な人間が一人、こちらを見つめているようだった。
 ポルナレフはチャリオッツを出して、男に近づく。花京院はそれを何もせずにぼんやりと見つめている。
「承太郎、敵がいたぜ!」
 ポルナレフが叫ぶのと同時に承太郎は振り返り、花京院は妙にちいさくなっていくように思えるポルナレフがそれに気づかずに角を曲がったのを見た。
 承太郎にはポルナレフが見つけられなかったようで、声だけしたその状況にすこしの間だけ戸惑っていた。
「おい、花京院、ポルナレフがどこにいったか見てたか?」
 さっきそこの角を曲がって行ったよと言って、承太郎に率先をして走り出す。だが角を曲がってもそこはただの変哲のない通りだ。花京院も今度こそはポルナレフを見失って、二手に分かれて真面目に探すことになった。

 花京院が承太郎を見つけたとき、ちょうど承太郎は窓から身を乗り出す子供に視線を向けていたところだった。アレッシーがスタンドを出して、承太郎の影に触ろうとしているところだった。
「そいつの影に気をつけて!」
 子供が叫ぶ。承太郎は反射的に地面を蹴って、影に触られるのを避けたように思えた。けれどアレッシーは勝ち誇る。
「もう触ったぞ!」
 アレッシーの能力は対象の幼児化。だがそれは生きているものを幼児化する能力で、それを烏の死体にかけても鳥の死体はそのままだろう。
「エメラルド」
 そこまで考え付いたとき、花京院は叫んだ。承太郎はすぐには小さくならず、アレッシーが疑問を持つ直前に。
「スプラッシュ!」
 後ろから遠距離で打ち込む。打たれ弱いアレッシーはその一撃で吹き飛んで、気絶をする。窓辺の子供はみるみる大きくなってポルナレフとなり、承太郎はそれに驚いて、花京院はそれをまねて驚いたふりをする。
 ポルナレフは小さくならなかった承太郎に多少の疑問を抱いているような顔をしていたけれど、承太郎はいつもどおりの平静な表情だ。もしかしたら、この体は便利だとそんな事でも考えているのかもしれなかった。
 花京院は苦々しい気持ちで唇をかむ。

 その後、中々現れなかったジョセフたちと合流し、互いに別々の敵に襲われていたことがわかった。

「本当に多いな」
「なにがだい?」
 頬に返り血を飛ばして承太郎が不機嫌そうにそう言った。彼の足元には幾人かの人間が倒れ伏していた。人間と言うよりも彼らは半分ゾンビのようなもので、承太郎はそれに対してひどく嫌そうな顔をする。そうして徹底的に叩きのめす。本当に手加減がなくて、花京院はそれを見るたびに最初に殴られたとき承太郎は一応殺さないように心がけていてくれたのだと思う。
「こういう雑魚がだよ」
「RPGで言うと、フィールド上でエンカウントする奴だね」
 頻度としてもさ、とあまり面白くもない冗談を言うと、承太郎は想像したとおり面白くねぇな、と呟いた。肩をすくめて、原因を考えた。考えるまでもなく、骨のせいだとわかっていた。別にDIOが差し向けているわけではなくて、発信機みたいなものだ。屍生人や吸血鬼なら、居場所がわかる。手柄が欲しけりゃ襲うがいい。
 そして、そういう事が起こるたびに、限りあるエネルギーで動いている承太郎は消耗し、花京院は必要以上に焦る。怖いのは敵の強さではなく、その回数だ。
「承太郎、何を苛立っている?」
 嘘は下手なほうじゃない。承太郎は驚くほどに観察眼が鋭いけれど、ごまかせると信じろ。そして多分、それは出来る。何よりも彼が自分を信じているからだ。心配そうにつくった表情のしたで、自嘲の笑みが沸き起こる。そんな信頼はもっと別の形で知りたかった。できれば、承太郎が生きているときに、もっと希望のある場所で。こんな真っ暗闇の路地裏なんかではなく。
 本当に血の匂いはひどいし、ロマンもなにもあったもんじゃない。承太郎は今度こそ苛立ちを隠しもせずに、乱暴に頬を指でぬぐった。
「同族嫌悪か?」
 承太郎は苛立たしげな声でそう呟いて、はき捨てるように笑った。嫌そうなその顔にはまったく場違いながら欲情を煽られる。
 そうして呟く、こうはなりたくねぇな、と。
 花京院は、そうだね、と呟く。僕も君がそうなったら悲しいと嘯く。まるで世界から見放されたみたいに、擦り切れるように生きていったら悲しいと、サービスみたいに付け加える。
「花京院?」
 訝しげに思ってこちらを覗き込む瞳は、底まで透き通って綺麗だ。君はいつのまにこんなに僕に信頼をよせるようになったのかな、と花京院は思う。仲間だから?生死を共に潜り抜けたから? そこまで考えて花京院は、覗き込む承太郎に向けて安心させるように微笑む。そして君はどこかで潜り抜けそこねたのだろうけれど、と思いながら。
 承太郎の額から血が流れて花京院の頬にかかった。それは涙のように冷たかった。
「手当てをしなくちゃ、ホテルに帰ろう、承太郎」
 そういって、冷たい手を握って、ホテルまでの道を歩く。承太郎はその手を振りほどきもせずに毒気を抜かれたような顔でいる。体温がわずかに移っても、それは何の意味もない。粉になった骨は、焼かれて壷に入りそこねた哀れな死体の欠片に思える。
 こうはなりたくない、と承太郎、君は言う。でも僕は、と花京院は路地に座り込みたい気持ちのまま思う。でも僕は、そうなっても君に消えて欲しくない。