鳴海さん









 鳴海がまとわりついている。珍しく座っているライドウの腿あたりに上体をのせて、背中に腕を回して、鳴海がライドウにまとわりついている。
「鳴海さん、酔っぱらってるんですか?」
 呆れたようにライドウがため息をついた。鳴海はにこやかな笑顔のままで、ライドウと同じようにため息をついた。
「この真っ昼間から?まだ仕事中じゃないか」
 鳴海の言葉にライドウは少しだけ眉をよせてから、ふいと窓の方を向いた。鳴海もつられて窓に視線をやる。窓からはさんさんと光りが差し込んで、空気中のほこりがきらめいている。ライドウあたりはそろそろ掃除をしなければなんて思うのだろうかと鳴海は常より低い目線で思う。
「鳴海さんがそういうことを言う事に驚きますね」
「ライドウは冷たいなぁ」
 下から見上げてもこの助手は美しいことだなと鳴海は思う。美しいが冷たそうだ。冷たそうだが、触れる身体は温かい。鳴海はそれが不愉快にちかく愉快で、べたべたとまとわりついているのだ。
 ほら、とライドウが促す。
「仕事中だと言うのなら離れてください。依頼人もきましょう、タエさんも来ましょう」
「こんな変な探偵所になんか依頼人は来ないよ。タエちゃんは旅行中だ」
 自分で依頼人が来ないというなんて、とライドウは眉をひそめる。ライドウが自分をふりほどかないのは面倒くさがっているか、それともただ単に必要を感じていないかのどちらかだと鳴海は思う。
 あの葛葉ライドウが面倒くさがっているなんて、大分自分の影響を受けたものではないかと鳴海はほくそ笑む。必要を感じていないのならそれはそれで絆したものだと思う。
「離れてください」
 ライドウの冷たい声にいやだよーと語尾をのばして告げるとライドウは眉を寄せるのを止めてゆっくりと微笑んだ。柔らかい微笑みだ。鳴海が教えたとおりの、柔らかく見える微笑。美しい少年は笑うと奇跡のようでもある。いやだ、いやだと鳴海は思う。小器用な人間だこと、この少年は。
「仕方のない人ですねぇ」
 おや、と上体をべったりとライドウにあずけた鳴海はライドウの口調にすこしだけ動じる。響きが、まるで差し込む陽光のように優しげだ。
「そんなに駄々を捏ねるなら、森に捨てていきましょう」
 ライドウらしくない物言いだ。鳴海はすこしだけ驚いて、背中に回していた腕をゆるゆると椅子の背へと移動させた。
「森に捨てられたっていくらでも帰ってくるよ」 
「悪魔の住む森ですよ」
 ああ、とライドウは吐息でもこぼすように呟く。鳴海は椅子の背に置いた手のひらに力をかけてゆっくりと立ち上がって、ライドウと視線を合わせる。
「あなたの足は折れている。あなたの腕ははずれている。あなたの肋骨は肺にささっている。あなたの悪魔は管から離れて言うことを聞きもしない。あなたの顔は」
「ライドウ?」
 はい、とライドウは穏やかに言う。穏やかに答え、やはり穏やかに喋り続ける。思い出を語るような口調だ。鳴海はそれを尊大に哀れむ。
「お前は、かわいそうな、人間だね」
 こんなに暖かいのに、お前はかわいそうな人間だね、と鳴海は立ち上がってライドウの両頬に手をあてる。なるほど頬は暖かく、彼は小器用に微笑んでいる。鳴海が教えたように、教えたままに。
「はい、そうかもしれません」
「まぁ、俺にはどうでもいいけど」
 そうでしょうとも、とライドウは嬉しそうに言う。鳴海は、ははっと我慢できなくなったように不意に笑いを漏らした。それは愉快な話を聞いたからつい笑ってしまったというのに本当に良く似ていた。そのものだった。