砂、の様に思えた。ライドウにはそれが砂のように思えた。だが手をついて触れてみると石のように固かった。石のような硬さのそれが、枯山水の庭のように丸く、丸く、丸く、波紋を描いてどこまでも続いている。空は、黄色みがかった宝石のような色合いで、すこし自分をだませば琥珀に似ていた。昔琥珀色のなにかに閉じ込められた虫をライドウは見たことがある。自分がその虫になったような気がする、嫌な色だった。 石と石との間には真っ赤な線が引かれていた。さわるとねばつきそうだったので、触らなかったがてかてかと光を弾いていた。天上は今にも落ちてきそうだった。ライドウは手をついて、立ち上がった。足もとは確かだが、自分の認識はふたしかだ。 不確かだということにライドウは慣れしたんでいた。悪魔を操るということは、命令する個と、される個という区別以外には全て曖昧だった。悪魔の操る力に、ライドウは幾度屈しかけたかわからなかった。そのたびに、自我はゆるくゆるく引き延ばされて、大概は不確かになってしまうのだ。そこに、人間が近寄って、ささやく。 お前はまさにライドウたる、ライドウに生まれたる、ライドウに成るべき、デビルサマナーだ。お前には為すべきいくつものことがらがある。お前の双肩にかかっているのは、我が一族の、我が国家の、名誉だ。ライドウ足るべき召還師となれ。 そこで自分の名を呼ばれたかライドウは覚えていない。覚えていないことは覚えている。記憶力は良いほうだ。計算も得意だ。論語も分かる、漢文も、語学もそれほど難しくはない。逆に難しいのは文学の類だった。道徳は理解できても、心情は難しい。特に、最近出始めた小説の類は理解に苦しむ。葛藤と、ライドウはまったく無縁だった。葛藤をする時間など彼には元から与えられていなかったのだ。 「だが、葛藤を覚えよ、葛葉ライドウ」 声に目をやると、仮面をかぶった学生服が一人たたずんでいた。自分と寸分違わぬ背格好をしていた。顔は見えない。ライドウは眉をひそめた。 「お前は、道を選ばねばならない」 「お前は誰だ」 私は、お前の影と仮面はささやいた。私はお前の影、お前の背負わされた幾千もの人間の影、総意の影、数の暴力、私は期待をしない、私は望みだけを持つ。 仮面が歩いても、足音はならなかった。刀に手をかけようとしてライドウは、銃も刀も、悪魔も持っていないことに気がつく。焦りと恐怖にすこしだけ巻かれた自分を叱咤した。 「幾数もの問いかけがお前に降ろう。雪のように、雨のように、石つぶてのように。お前はお前を軸として、その問いに答えなければならない」 仮面の向こうで、それは笑ったようだった。 「選ばされるのではなく、お前が選ぶのだ、葛葉ライドウ」 空は歪まず、足下は確かで、仮面の言葉はライドウを撃った。 「お前は、答えを言っている」 「答え?」 「お前は僕を葛葉ライドウと呼んだ。答えはそれで決まっている」 仮面はライドウの言葉にすこしだけ窮してから、呼吸をした。息を吸った。生きている、とライドウは思った。 「どうやら、私は間違えてしまったようだな、君を」 名前で呼ぶべきだったのか、それとも 言葉が続く前に目を開けると、そこは探偵社の見慣れた、あるいは久方ぶりの茶色の天井だった。 「ようやく起きたね、ライドウ」 そこでは鳴海が、呑気そうに笑っていた。 |