桜並木の続く土手で、一個大きな橋がある。そこは風の吹き溜まりになっていて、何本もの桜がかすみのように延々と続く中、桜の花びらは風にのってどんどんどんどんその土手の一角に運ばれて、そこはまるで桜の花びらの絨毯のようになるんだ。でも雨が降ったりするともう花びらは泥にまみれて目も当てられなくなるし、子供たちが面白がって遊ぶから桜の花びらは無残に踏み潰されてもう何がなんだか良く分からなくなってしまう。 だから多分今こういう風に桜の花びらが残っているなんて奇跡なんだろう。安い奇跡もあったものだが。 「鳴海さんの嫌いなところ教えてあげましょうか」 「えぇ…すごい知りたくないな」 周りは桜の絨毯で、隣にはこの世のものとも思えない顔の整った美少年がいて、まるで幻想小説みたいなんだからもっと現実味のない話をしたいじゃないか。この世の摂理とか、不幸と幸福の度合いとか、死の先には何があるのかとか淀んだ沼にすむ白銀の鯉の話とか。下らないかな?下らないかもな。 冷たくなった気がする指先でばちんと指を鳴らした。指先は乾いていつものように音は耳に届いた。霞のような桜並木からざああっと大雨の様な音で桜の花びらが振ってくるが、それは空耳かもしれない。 「それ」 「ん?」 「それ、よくやるでしょう?鳴海さん。俺を呼ぶ時や注意を引きたい時に」 血の匂いがする、とふと思った。記憶が飛んでいる。バスに乗ったところで記憶が途切れている。 「とても嫌いでした」 「そう?」 「えぇ」 それはごめんね、というとライドウはいいえ、とそれだけを言って沈黙した。ライドウはどうしてそれが嫌いなのかを俺に言わなかったし、おそらくこれから先知ることもないだろう。俺はふと不安になってライドウの名を呼ぶ。 「ライドウ」 「なんです?」 あっさりと答えは返されて、安心をする。腕が動かない。首が回らない。ひたひたと濡れるのが自分の血なのか他人の血なのかも定かではない。頬をなでるさらさらとした感触が桜にとっても似ているからきっとここはあの土手なのだろう。それもよくわからない。だって目も見えないのだから。 「目、見えてる?」 「いいえ」 「そうか」 じゃあ、どうなってるかわからないね。と俺がつぶやくとえぇ、とライドウは答えた。俺がどうなっているかも、鳴海さんがどうなっているかもわかりません。おそらくバスは大破し、川に落ちているのでしょう。 淡々とした声は耳に優しくて、今起こっていることはなんでもないことのように思えた。桜の花の匂いというのをかいだ事がないと思った。だから今頬をすべる感触が桜の物なのか、それともライドウの手なのかはよくわからない。そもそもここが、本当にあの土手かさえ。 「俺の好きなところは喋ってくれないの?」 「そうですね…」 ざあぁと桜の花舞う音がして、続く言葉は聞き取れなかった。 |