氷売りの声がぼんやりと聞こえる。かき氷が食べたいな、と鳴海は思った。あんずが乗っている橙色のかき氷。波間にこぼれる光のようにさらさらとした氷の間から赤みがかった光をすかすのではないだろうかとぼんやり想像する。 ライドウは細く華奢な、刀や銃や悪魔を扱うなんて到底思えない繊細な指先に、銀色の管を遊ばせていた。鳴海はいつもライドウの指は物を生かす為にある気がしていた。人形師のそれや医師が疱刀を持つ時だけにあらわれる物によく似ていると思っていた。ライドウが鳴海の視線に気付いて鳴海の顔をまっすぐに見た。鳴海は鷹揚なふりをして悠然と笑ってそれに応えた。そして、それで?と話の続きを促す。ライドウはまるで悪魔のように笑う。荒れ狂う海の中で岩に腰掛け歌う妖婦の様に綺麗なおとがいに見ほれる。魅入られた者が死ぬのは昔語りの決まり事だ。 逃げましょうか、全て捨て去って。箱の中に詰められましょうか、少女のように。 鳴海は夢想する。胸から上だけしか残っていないライドウが棺につめられるように優しく眩然と収まる様を。その箱は英国製の高級な革鞄の通例としたしっかりと艶やかな光沢のある革がはられている。箱はまるでライドウだけの為にあつらえたと思える程にぴったりとライドウの体が収まるのだ。箱のやや上方に少年の作り物めいた顔がある。びいだまの様に透き通った眼球は常に象牙の色をした滑らかな瞼に覆われている。涼しげな鼻粱も桜色に薄く色付いた薄情なほどの唇も、柔らかな頬の線も少年が人形であるとの確信を深めるばかりだ。けれど一度名前を呼べば物憂げに象牙の瞼をあげてびいだまのような瞳で見上げて、その唇をわずかに開き、形の良い歯の間からひそやかな溜息が聞こえるのだろう。ほう、と。それを確かめ少年が遊ばせている管と同じ色のバックルをぱちんと止めた時の気分はきっと酷く善い物に違いない。 鳴海はライドウにつぶやく。 お前を詰めたその鞄ひとつ持って汽車に乗るんだ。膝の上に乗せて話しかける。時間と同じ早さですぎて行く景色の眩い刹那を。こうして居られる事の言葉に出来ない暖かさを。 それを聞くとライドウは馬鹿にした様に嘲って優しく言う。うっとりと目を細めて。 あぁ、素敵ですね鳴海さん。貴方の手の中で干涸び死んで行く事のどれほど満たされた事か。微睡む様に幸せか。 ライドウの手の中で銀色の管がくるくるとまわる。その中には一匹の美しい悪魔がいるのだろう。ライドウの手から不意に管が転がり落ちた。自分では決して開ける事の出来ないそれがきゅるという音ともに開かれて行くのを鳴海は見たが、その視線はすぐにライドウに戻された。ライドウは開いてゆく管の翡翠の様な光をみながら、でも鳴海さんそんなことできるでしょうか?と呟いた。なんだ大人しく詰められてくれないのかと聞くのと転がった管が完全に開き気配がライドウの肩に移った。悪魔を従える少年は肩に移った悪魔に何事かをささやいて笑う。 鳴海さんが俺を殺す気になったら大人しく詰められましょう。矛盾してるよ。してますね。言いながらライドウはすっと鳴海を指す。ライドウの指先はいつも物を生かす為にある気が鳴海はしていた。 ほらこうやって ほう、とひそやかな溜息が聞こえる。悪魔がもらしたのかライドウがついたのか鳴海にはわからない。 一声命令すれば貴方は死んでしまう。 死んでしまうか。 えぇ。 響く声は夢みたいに心許無く鼓膜を叩く。鳴海は自分を指し示して居るライドウの白い指先を口に含む。切り揃えられた爪は口の粘膜を傷つける事もない。電話が突然空気を裂いてなったが、ライドウも鳴海も微動だにしなかった。指先は暖かく、銀の管のひんやりとした味がした。電話はとぎれる事なく鳴る。ライドウは瞼を伏せてそれから電話をとった。 こちら鳴海探偵社です。 ライドウは瞼を伏せたままで鳴海はライドウの指先をゆるく噛む。ライドウは動揺のかけらも見せず電話応対をしている。けれど指を鳴海の口から引き抜くこともしない。今だったら銃で殺せやしないだろうかと鳴海はふと考える。その思惑に気付いたようにライドウの肩にいるはずの悪魔がくすくすと笑った、ような気がした。 |