多分鳴海さんは何でも出来る人だ。食事を作るときに手伝う手つきは手馴れているし、整理だって嫌いだ嫌いだといいながら、かなり分かりやすく整理できる。そういうことについては喋らないけれどきっと女の扱いも手馴れているのだろう。なんだか彼には洒落というか、手落ちの無いイメージが付き纏う。たとえたまにしか仕事をしなくてもだ。 だから彼がそれを弾ける事自体は驚きに値しなかった。どちらかというと、それを俺に聞かせているというその状況のほうが意外だ。妙に居心地が悪くて、かといって逃げ出す口実も無いので仕方なくそこに座っていた。 その応接間にはピアノが一台置いてあった。普段はここで誰かピアノ弾くのだろうか。ピアノの教則本が置いてある。なにとはなしに鳴海さんがピアノの蓋に手をかけると鍵はかかっていなかったらしくあっさりと蓋はひらいた。臙脂色の布が鍵盤の上にかかっていた。 ふと思いついたように、鳴海さんは言う。ライドウ、ピアノを弾いてあげようか。 「何がいい?」 そう問いかける彼はいつものように飄々と笑っている。臙脂のその布をくるくると巻きとって、教則本の隣に置いた。 「鳴海さん、ピアノ弾けるんですね。」 「うん」 だって弾けたら格好いいだろう?と答える彼に脱力する。 「何でも弾いてあげるよ。魔王とかじゃない限りね。」 あれ、三連符がきつくてさ、と笑う鳴海さんは確かに格好いいだろう。椅子に座りながら、彼は教則本を開く。ぱらぱらとめくり懐かしいなぁなどと零している。そしていきなりいう。じゃあ、これを弾いてあげよう。 そして冒頭に戻る。妙に居心地が悪いのは、鳴海さんのピアノ弾く姿というものに慣れないためなのだろう。選んだのはジムノペティ、だそうだ。鍵盤を叩く彼の手からこぼれだす音符に懐柔されそうだ。 応接間のソファに座りながら居心地の悪い気持ちで、懐柔されそうになりながらピアノを聴いている。彼はなんてことないように柔らかく、鍵盤を叩いている。旋律は優しく耳を撫でる。 ねぇ、ライドウ。鳴海さんが言う。なんですか?と答えた。優しい音楽は時として言葉よりもたやすく心に作用する。 「俺の事、すきでしょ?」 多分鳴海さんはなんでも出来る人だ。なんだか彼には洒落というか、手落ちの無いイメージが付き纏う。あぁ、降参です、畜生。はい、俺は貴方が好きなんです。 |