こんな夢を見た。 男が手を差し出している。開かれた掌は何の特徴もないただの掌だ。しいて言うのならひどく血色がいいのが目に付く。薄い皮膚の下で血管が勢いよく走っているのだろうということが良く分かった。男は掌をちょうど椀を受け取るときのように丸めていた。それは、何かを与えられるのをまっている風にも見えた。すると男の血色の良い掌の上にするりと滑り込むように真っ白な手の甲が差し出された。形の良い、見ほれるほど白く綺麗な甲であった。男に手を差し出したのは少年であった。少年の手の甲は青い静脈が透けるほどで、社交界に初めて登場した貴婦人のような手であった。しかしそれは少女のようにふっくらとしたものではなく、少年らしく骨ばっていた。あたりは白く、薄藤色のもやがかかっていて少年と男以外の風景は全てあいまいである。少年は白い単をまとっている。薄く紺で模様が書いてあるが、それが何を意味するのか、わからない。ただ少年は右手を男に差し出している。男の血色の良い掌と比べるとその手はいかにも幽玄のようで恐ろしい。 男と少年の様子は手の甲への親密な口付けを待つ貴族と騎士のそれに似ていた。男は自分の掌に滑り込んだ少年の甲に目を細め、冷たい手だ、とつぶやいた。 美しい手だ。人間のものとはとてもおもえない。だから俺はこれを食べられるのだろう。 男のぎょっとするような言葉に少年は異議を唱えなかった。ただ微笑んでいる。少年はひどく整った人形のような顔立ちをしていて、微笑むとぞっとするような美しさがあった。意志がまるでないように見えたし、ただひとつのことしか考えていないようにも見えた。男はぞっとするほど美しいその微笑を見て納得したように目を細めた後、少年の小指の薄く色づいた爪を形の良い歯ではがした。 それはさくっというすこし不思議な音を伴って、滑り込んだ少年の手と同じ滑らかさで小指から離れた。歯で爪をもてあそぶとばりばりと、薄い飴細工のように口の中で砕けた。男は満足げに少年の手を見つめる。まるで奇跡のような手を。奇跡のように整った姿かたちを。爪のない小指はそれでも少年の美しさを減じない。男はもう一度自分の言葉を思った。人間とは思えないほど美しい。 小指は噛み切ると柔らかく、骨は干菓子のように軽く口の中にころがりこんだ。男は小指から綺麗につぎつぎと少年の体を飲み込みながら少年の顔を見た。少年は目を潤め、口をわずかに開け、恍惚とした顔をしている。男はわずかに開いた唇に自分のそれを重ね合わせてみたいと不意に思ったが、それよりもまず手を食べることに専念した。あまりついていない肉は水菓子のように柔らかく甘やかで、骨はからからと濃い。男は少年をたべながらむせてしまいそうだと思った。少年はとても美しく、その美しさをそのまま味に移したようだったが、それは毒に似て食べていると胃に堪えた。 だが食べることをやめられはしない。中毒のようにひたすらにさくさくと少年を食べていく。甘く、舌がしびれ、胃は重い。肘まで食べたところで、胸が悲鳴を上げた。食道を押し上げる甘さに先に胃液がこみ上げてきた。男は少年から一度口を離した。そしてひざまずいて、足の甲に口付けを落とした。そしてなめ上げ、またかじった。人間のものとは思えない白い肌であった。男はもう一度食べられそうだと思った。胃と胸が悲鳴をあげ、頭が痛みをもって拒否をしたが情欲は理性を押しつぶした。男はゆっくりと指を口に含み、そして噛み切った。 まるで毒のようだと思った。これでは中毒だとも、男は思った。少年を、食べつくしたらきっと胃の中の物を全て戻して自分は死んでしまうのだと、男は確信してやまなかった。そして男は食べるもののなくなった情景になど少しも未練はないのだった。
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