電話ボックスに血まみれでうずくまる男を黒猫はただ何も思わずに見ていた。男は真っ赤な公衆電話の受話器を握り締めて、何かをつぶやいているようだった。ゴウトは目を細めて、唇を読む。 俺の背中にぴったりと あぁ、一体誰がついているのだろう、とゴウトは思った。自分の血を受け継ぐただ一人の子か、それともその子によく似たあの…。まぁどちらでもよい。どちらももうこの世から消えてしまい、また再び会わなくてならないのだから。もし不幸中の幸いといったことがあるのなら、それは二人が同時に死んでしまったことだろうか。願わくば、本当に願わくばだが、できるなら彼らに苦しみが無かった事を。…あの惨状からでは到底不可能だっただろうが。 電話ボックスの中でわずらわしげに爪を首に突き立てていた男が、不意にゴウトを視線で射抜いた。男は一瞬表情を停止させ、そしてゆがめた。 あぁ、また幻覚でも見ているのだろう。どうせ、一番最初と同じように。 ゴウトはあきらめとともにそう思った。そして男はボックスの透明な壁に血まみれの手のひらを押し付けて言うのだ。 「ごめんなさい」 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい ゴウトは笑い出しそうだった。一体男が何に向かって、そして何に対して謝っているのか到底わからなかったからだ。落ち度はこちらにあるだろう。ゴウト達は男に対するアプローチの仕方を根本的に間違ったのだから。 「…まぁ、いいさ」 またな、鳴海先生 ゴウトはそう呟いて、踵を返した。 電話ボックスからはただひたすらに謝り続ける男の声と、咳き込む音が繰り返し絶え間なく聞こえる。 |