変だ。おかしい。どうしてだろう、、と鳴海は最近よく思うようになった。最近というのは、親戚の法事から雛見沢に帰ってきて以来の常に付きまとう違和感のなのだけれども、それに伴ってどうしてもここは一体どこだろう?という現実感の希薄に苛まれる事があった。 たとえば朝倉タエの視線が妙に気になったり、葛葉雷堂の表情に敵意を感じたり、村人のよそよそしさが恐ろしかったり、そんな類の違和感だ。オヤシロ様の祟り、というこの村で起こっているらしい連続怪死事件が鳴海の疑惑に拍車をかけていた。まさか、村ぐるみでそんな犯罪犯しているわけがない。 もしそうだとしても自分がそういう疑惑を持っていることを、誰も気づいてなどいないはずだ。いやけれど、もし気づいていないのだったらあの朝倉タエや葛葉雷堂の違和感は一体なんなのだろう。そしてそれを見てみぬふりをする他の二人も…。 疑惑は湧き出すととどまることを知らなかった。 いやまさか、そんなわけがない。いや、まさかそんなわけがない。まさか、そんなただの平凡で温和そうなこの村の村人が、そんなこと。じゃあ、鬼ヶ淵同盟の時の狂気の様はなんだ?調べたんだろう?いやけれどあれは、自らの村が湖に沈むなら仕方のないことで…。 そして現場監督が殺されるのか、ばらばらになって。 「…まさか…!」 吐き出した声はかすれていた。今鳴海が鏡をみれば、自分がどのような顔をしているのかすぐにわかったのだろうけれど、それは生憎ちょうど向かい側からやってきたゴウトにしか見えなかった。鳴海は顔をゆがめていて、それはともすれば泣き顔にも見えた。 視界に入ってきた黒猫に鳴海はぎくりとした。それは神社ではほとんどと言っていいほど雷堂とともにいる黒猫だったからだ。(その猫は雛見沢にいる猫にしては珍しく首輪をしていたし、何よりもその緑の目が印象的ですぐにわかった。最近は学校で見かけることも多く、ライドウ雷堂が餌をやりながらしゃべっている風景を見かける。) なぁ、お前にわかるのか、黒猫? 泣き出しそうな顔をふっと緩めて鳴海はそう思った。猫はオヤシロさまの使いなんですよ、と昔誰かに言われた気がするけれども思い出せない。ほらあの、夏の初めに、俺の家で。 猫は鳴海の心中が聞こえたかのようにくるりと鳴海の顔を見た。猫らしくないぬるりとした質感を夕日が鳴海に伝えていた。ゆっくりと自分の方を歩いてくる猫に、鳴海も手を差し伸べる。 「…オヤシロさまの使い、か」 空気が 途端にぴりぴりとしたものに変化した。一体なぜ?と頭の中で疑問が渦巻いた。猫の毛並みは緊張のためか逆立っていた。 ちかづくな 蝉の鳴き声はいつの間にか消えていたから、その声ははっきりと鳴海の耳に届いた。鳴海は思わず当たりを見渡すが人の気配はない。まして、声を発する者など何も。 神社には近づくな。あの二人の子供にも。 そこでようやく、自らが手を差し伸べていた猫の存在に思い当たる。蝉の声はしない。静けさは沈黙を突き破って鳴海の耳に届く。ひどく低い何者かの声は脳髄の中で乱反射しそうだった。傾く日差しは背中を焼き、冷や汗なのか、暑さのせいなのかわからない汗がこめかみを伝う。 鳴海の目の前で黒猫の赤い口がまるで今から獲物を食べるかのように開かれていく。 死にたくないなら。 猫はオヤシロさまの使いだと、言ってくれたあの子は誰だったのか、鳴海には思い出せない。 |