虐待





 ■ゴウト1
 そうだな、下らない話をしよう。
 どんな話があるだろうか。もう何回繰り返したか分からない、昭和58年の夏の話か。男が生徒を殴り殺すに至る過程、少女が人を殺し狂っていき皆を焼き殺す、公安がやってきて大臣の孫を助け出す、双子が入れ替わり殺人を犯す、恋愛の絡まる復讐劇。繰り返した数だけきっちりと惨劇は繰り広げられる。生徒を殺した男が事件を暴き、暴き立てられ悔恨をしたはずの少女が皆を焼き殺す。焼き殺された少女が、男を突き落とす。
 どうして昭和58年の夏だけをこんなにも執拗に繰り返しているのかを時たま忘れる。それはあまりの倦怠に脳が記憶を消してしまったのではなくて、本当にただ純粋に忘れたいから忘れるといったものだ。
 ライドウと雷堂は俺と喋れるかなり珍しい類の人間だ。数百年、もっとそれ以上。時間の感覚はおぼろげで分からなくなってしまっている。二人は双子でもないのに、気持ちが悪いほど似ていた。二人の血縁関係のどこをさぐっても血のつながりなど見当たらない。それはこの狭い狭い雛見沢の村においてはむしろ珍しいことだ。過去御三家以下鬼ヶ淵の村人は近親婚を繰り返し、村全体がどこかしらと血が繋がっている。けれど雷堂とライドウは全くどこも、少なくとも八代前まで遡っても、血のつながりなど見当たらない。だが二人は気味が悪い程に似ている。年も同じで、驚くべきことに生まれた日まで同じときた。
 この奇妙な二人の子供を村人がどう思ったかといえば、なんとも皮肉なことだが一人を神聖なオヤシロ様の使いとして、もう一人忌み子として扱うようになった。どちらが神聖な人間になりどちらが忌み子になるのかを決定したのは家柄だった。一人は神聖な巫女の家系のただ一人の直系であり、もう一人は普通の家の子供だった。それだけで二人の扱いの差は決定的になってしまった。もともと鬼ヶ淵の御三家は双子を忌み嫌っていた。雷堂が御三家の子供だったことも影響したのだろう。
 だがそれを二人は苦にしなかった。全くといえば嘘にはなるだろうが容貌の酷似や周囲の大人の言動よりなにより気が合ったのだろう。二人は四六時中一緒に居た。老人達がいくら雷堂を宥めすかし、時には怒り、ライドウと遊んでは穢れるといっても雷堂は言うことを聞かなかった。それは鳴海のなげくところの雷堂の頑固さでもあるのだが、それはやはり雷堂のよさでもある。
 ともかく血のつながりのない双子のような子供は俺の言葉が聞けた。俺は、かさかさとした心が潤っていくのを撫でられながら感じていた。孤独は人を癒すがすさませもするわけだ。どこまで生きていくのか分からないままだったがつかの間のオアシスのような時間を楽しんだ。
 ところが昭和58年の六月、雷堂が死ぬ、そしてライドウは壊れる。
 それはまさに青天の霹靂だった。つかの間の優しい時間があっという間に手からこぼれて薄れていくのに心底ぞっとした。俺はもう一度昭和58年の夏を繰り返す。終るたびに繰り返す。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。繰り返すたびに思う。どうして惨劇は繰り返されてしまうのだろう。どうしてこの58年にいつも雷堂は死ぬのだろう。どうして、俺は雷堂たちに打ち明けてこの58年を乗り越えていこうと思わないのだろう。それはこの58年でなくてもいつかは必ず二人が死んでしまうのだと気付いた所為かも知れなかった。このまま永遠に昭和58年の夏を漂ってもいい気がわずかながらもしてしまっている事に気付いていた。その力がある事もわかっている。


 ■ライドウ1
 遠くでがちゃんと音がして、指先から血が流れていく。おかしい、とぼんやりと思った。音がしたのが遠くなら、目の前の風景も絵のように現実感がない。手に力は入らないし、水は生ぬるい気がした。皮膚の表面と神経に一枚薄幕が張られているような気がする。
 水が洗面台を流れていくさまが日光に反射してキレイだとぼんやり見てしまう。がっと肩をつかまれて振り向けばそこに男の顔がある。男の顔は険しいが、瞳の奥には喜びが見えた。男の口が動いて何かを言う。おまえはかじのひとつもまんぞくにできないのか、そうかそうか、ならあのねこはきっとあすには。
 倦怠感と薄い危機感は常に付き纏っているが、ねこが、という言葉に頭のスイッチが切り替わるのを感じる。すみません、ごめんなさい。止めてください。誰かが必死に喋っている。でも誰が?
 指先から血が流れているのが見えるのに、感覚は全くない。


 ■雷堂1
 日曜日のバーベキュー大会はヴィクトルの計らいでえらく楽しいものとなった。鳴海の口先寸前と、ライドウの計略で勝ったようなものだ。少年野球の監督などという似合わないことをしているヴィクトルは、礼だ、ということで上等な肉をそろえてくれたようだった。ライドウと二人暮らしの我々にとって一食分でも浮くということは歓迎すべき事態であり、それが上等なものならなおさら良いというものだ。
 その後は片付けを誰に押し付けるかということを恒例の部活で決めることになった。鳴海は野球試合のときに発揮した口先に自分で飲み込まれて沈没した。(あのタイミングで裏切るなんてお前ら人か?!といきり立っていたがどうということもあるまい。というかそもそも人を乗せるのが上手い人間は総じて、他の人間も物を考えているのだということを忘れやすいのだ。)
 「全くとんだ災難だ。」
 我とライドウは後片付けの終った神社を一回り見回って、一息ついた。鳴海やら、タエやらカヤやらに撫でられていたゴウトが憮然とした表情でうなる。鳴海はとくに加減を知らないのかやたらとゴウトを撫でてはゴウトに嫌がられていたのだ。あの男は最初からどうもいけ好かないとか、愚痴を言っているのを我とライドウは聞きながらゴウトを宥めている。
 「…あの男は口だけしかいいところはないのか?」
 いや、そんな事はないですよ、とライドウは穏やかに否定するが、我はどうだかな、と応えた。
 「案外それも当たっているかも知れんぞ」
 我の言葉にゴウトは我が意を得たりという風に頷き、ライドウはそうですかね、と曖昧に答える。
 

 ■ゴウト2
 男は慎重だった。決してぱっと見えるところに痣のできるような暴力の振るい方をしなかった。肩をつかみ、ねじり上げて、壁際まで追い詰めて何事か囁く。それは必ず俺の居る場所で行われ、抵抗を封じる手段として俺の安全が使われているらしかった。
 なんでもします しますから ころさないで
 そうライドウが呟くのを聞くと男は面白くなさそうにライドウを突き飛ばす。俺は目をそらせない。ライドウはこちらなど見ない。ただ遠くをぼんやりと見ている。そこは丁度天井と壁のつなぎ目で、あそこには蝶の様に見える染みがあるのだとあとになってぼんやりと喋る。家事や、男の暴力、精神的にも肉体的にもこき使われ布団にもぐりこむときライドウは寒いという。今は真夏で、しかもから梅雨で、とても暑いのに。俺は人よりも暖かくて心地よいという。
 男に折られた足が暑さでじくじくと痛む。


 ■定吉1
 定吉は美しいものが好きな男だった。ついこの間まで愛人の下に転がり込んでいたがその愛人もそこそこの容姿をしたいい女だった。組の上納金に手をつけて消されたらしいが、それ自体は定吉にとってあまり問題ではない。(女は定吉が自分の思惑に気付いていることを知らなかったし、定吉は面倒くささから女に自分が気付いているというのを気付かれるのを避けていた。)
 定吉は過去に二度妻を持っている。一人目はいわゆる内縁の妻で、二人目は本当に結婚した。一人目の妻は目が覚めるほど美しく、二人の間に設けた娘はとてもかわいらしかった。定吉は一人目の女を深く愛していた。その女の井戸の底の様な黒い瞳をあいしていた。そこに何の感情も浮かばないのを愛していた。
 定吉はその瞳になにかしらの表情を浮かばせたいと常々思っていた。最初はなんだったのか、きっかけはなんだったのか。それはとても些細なことで思い出せはしない。妻が肩を叩いた。子供が甘えた声で本を読んでとよってきた。きっとその程度の事なのだろう。
 定吉はある日、自分の娘の腹を全力で踏みつけた。妻の瞳が揺れるのをその時確かに見た。踏んだのは偶然だったのか、故意だったのか、とうの昔に忘れていた。娘を人質のように扱うと妻は面白いほどに感情を揺らした。美しい顔の井戸の底のような黒い瞳に吹き荒れる感情の嵐は静かな興奮を定吉にもたらした。定吉の妻や娘に対するある種の表現としての暴力は日に日にエスカレートし、ある日、家族は立ち消えた。
 日々が過ぎ、定吉は今度こそ本当に籍を入れ結婚をした。二人目の女は決して見目が良いわけでもなく、感情を荒狂わせたいと思わせるような女ではなかった。何故結婚したかと問われればその女の姉夫婦が金を持っていたからだということが出来るだろう。
 定吉は最初の妻とかつての娘と美しい物と同じくらい金を愛していた。金は目標到達への手段であると同時に至高の目標そのものでもあった。金のためなら何をしても良いと思っていたし実際にそのような手段に出たことも数多くあった。
 女の姉は酷くお綺麗な女だった。雛見沢には珍しく琴の師範とやらで、澄ました顔は最初の妻よりも更にゆがめてやりたいと思わせる顔だった。定吉はひそかに、いつかそういう機会が来ないかと思っていたが、そうする前に女は死んでしまった。夫婦で公園の策から落ちて転落死してしまったのだった。その夫婦が持っていた多額の金も不明、お綺麗で澄ました女もいなくなり、その夫婦の兄弟を引き取ったが一、二回顔を見ただけであまり家にも帰らなかった。
 美しいものを愛していた定吉にとって、二人目の金もない女は何の魅力もなかったのだ。そうして定吉は興宮に移った。
 

 ■ゴウト3
 そう思いながら俺は顎に力をこめる。鋭く小さな牙が腕の肉に食い込んでいくのが分かる。足がじくじくと痛むのは仕方がない。折れているのか傷ついているのか、よく知らないし分かるはずもない。壁際でライドウがぐったりとした目でこちらを見ている気がする。気を失っているといい。多分、俺は死ぬだろう。それでもきっと次の瞬間にはもう一度昭和58年の六月に居るのだろうと思う。次こそは、と思うが、それは一体誰のためだったのだろう?今度こそ、と俺は思う。今度こそ、二人に打ち明けよう。そして58年の先に進まなければならないだろう。
 視界がぶれる。ゆれてにじむ。激情が押し流すのは過去の思い出だ。


 ■ゴウト4
 まったくそれは不覚だった。目の前に男が一人現れて、俺をじっと見ているのがわかった。そして冷たく笑い囁いた。あの女の可愛がっていた猫だな。衝撃で呻く。あぁ、足が折れた。男に力いっぱい踏み抜かれたのだ。


 ■定吉2
 ともかく興宮の女が行方不明になったので(おそらく帰ってこないだろうと思っていた)定吉は雛見沢に帰ってきた。あの姉夫婦の家を家捜してダム立ち退きのときに間違いなくもらったであろう金を見つけ出そうと思ったのである。確か、まだ一人、あの姉夫婦の子供が雛見沢に住んでいるはずだった。体の良い家事手伝いくらいにはなるだろうと思い家に向かう途中で、定吉は黒猫と二人の少年を見つける。一人は見たことのある顔の、確か神社の一人息子だったはずだ。もう一人の少年の顔をみて定吉は愉快気に目を細める。その少年はあの女の姉にとてもよく似ている。
 定吉は美しいものを愛していた。とりわけそれが壊れていく様を眺めるのが好きであった。そして不意に思い出す。彼らの足もとにいる猫は、あの姉が可愛がっていたものだ。そしてあの少年の唯一の家族の思い出というわけだ。黒猫は、最初の妻に対しての娘のようなものだと定吉は思った。
 家族が何故立ち消えたのかといえば、定吉がついには二人を殺してしまったからであった。定吉は黒猫が歩いてくるのを認めて、さらに目を細める。最初に踏み抜いた娘の腹は柔らかかった。


 ■鳴海1
 昼休みライドウがナツミカンを剥いていた。ライドウはもうあまり雷堂のお弁当を食べずに居た。空腹ではないから食べきれないと申し訳なさそうに謝るのを雷堂は正して、別に構わんという。時たまゴウトは元気か?とか具合はどうだ?とかを話している様子だった。
 ゴウトは猫の名だということを思い出した。ライドウは傷は治りかけているよとか、そんなにたいしたことはないみたいだとかそういうことを話している。ライドウはやっぱり俺たちには助けを求めないし、大丈夫だというばかりだ。痣も、一番最初にみたあの日以来見つからなかった。
 「…ライドウ君…本当に大丈夫なのかしら?」
 タエちゃんが呟いた。大丈夫なわけないに違いない。タエちゃん自身がそれを否定したじゃないか。窓からは倦怠を伴った暑さが流れ込んできて眩暈がしそうだった。俺はライドウの蜜柑を剥く指先を見つめていた。指先に大きな切り傷があるのだ。皿を洗っていたときに切ってしまったといっていたがそれも本当だか怪しいものだ。
 切り傷に果物の汁が染みるだろうにそれを全くキにしていないかのように無造作に蜜柑を食べいてた。
 「…先生、蜜柑食べますか?先ほどからずっと見てるでしょう?」
 なんだ鳴海、いやしい男だな。と雷堂がライドウの言葉で俺がライドウを見ているのに気付いてそう呟いた。うるさいなぁと応えて、じゃあありがたくともらうことにした。蜜柑を一房渡してもらうとき偶然手のひらと指が触れ合った。
 ぽとり、と。
 小さな音がして蜜柑が床に落ちる。ライドウが取り落としてしまったのだ。偶然にではない。反射的に、俺の掌が触れた途端に、気持ち悪いものにでも触ってしまったかのように、俺の手から勢い指を引く。
 「…ライドウ?」
 「…あ…」
 しまったという顔を、ライドウはしていた。雷堂は、一瞬能面のような顔をした後に、お前は蜜柑も上手く受け取れないのかと俺に吐き捨てた。ライドウはすいません、鳴海先生、この蜜柑食べますか?と机の上に蜜柑を置きながら言った。


 ■ゴウト5
 金属のぶつかりあうような、高い澄んだ音がした。人体からこのような音が出ることがあるというのはとても意外なことだった。それは人の体から出ていいような音ではない。ライドウの頭が強い勢いで窓枠にぶつかり、ずるずると壁からずりおちていく。
 危ないと反射的に思った。あれは危ない。血液が一切流れていないのも怖い。脳内出血でもしていたらライドウはもう二度と目を覚ますことなどないだろう。男はけれど笑っている。これくらいなら大丈夫だ、と言う。大丈夫、これだけやったって、その時娘は死ななかったさ。
 ライドウが薄目をあける。打ち所が悪かったのか体が上手くうごかないようだった。男はなにかを思いついたようにライドウの髪の毛を指先ですく。本当にライドウ君は、母親によく似ている。優しい声音と優しい指先だった。首を振ることも叶わずライドウは男が飽きるまで頭を撫でられている。
 君が、いままでの誰よりも丈夫だといい。そうしたら長く楽しめるだろう?
 吐き気がすると思った。ライドウが顔をゆがめる。男は楽しそうにそれを見ている。


 ■雷堂2
 ライドウが驚いた顔で、男を眺めていた。我にも多少見覚えがあるが、それは酷く曖昧なものだ。一年前まで確かに雛見沢に住んでいた男。去年のオヤシロ様の崇りで妻が殺された男。ライドウが自分の妻に虐待されているのを見て見ぬ不利をしていた男。男はぐったりとした黒猫を抱えている。それは間違いなくゴウトであって、さきほど散歩をしてくるといったハズだった。ゴウトは意識すら失っているようだった。その猫に何をしたんだと我が問うと男は肩をすくめて笑う。
 そこの路地でうずくまっていたと白々しくも言う。そして、我の傍らにいるライドウを呼び寄せる。ライドウ君、この猫は君の母親が随分可愛がっていただろう。手当てをしてやらなくちゃいけないと思う。放っておいたら死んでしまうだろう。だから。
 だから いえに いっしょにかえろう
 男は笑ってライドウに言うのだ。この猫を殺されたくなければ家にもどれと。


 ■定吉3
 預金通帳を捜していると、箪笥の中から幾枚もの高貴そうな着物が出てきた。そういえば少年の母親は琴の師範であり、その職業柄か着物や浴衣、単衣を多く持っているようだった。麻、絹、銘仙、メリヤスと素材もさまざまにあらゆる模様が縫いとめてある。少年は母そっくりの顔立ちをしている。…今度きせて、笑いものにするのも楽しいかもしれないと定吉は思う。あたらしいおもちゃを手に入れたかのように楽しい。しばらくは雛見沢に止まろうかとも考えている。
 期限の延期はいつでも居なくなる事が出来てから決めればいいのである。早く通帳を見つけなければ、本腰を入れて楽しむこともできない。


 ■ライドウ2
 ここはどこだろう。いまなにがおこっているのだろう。あれはゆめだろうか。たたみのうえにごうとが、なんかいも、叩きつけられている。あれはゆめだろうか。あのひ神社で、男がゴウトを踏みぬいたのを何故か知っている。それとおなじなのだろうか。
 「叔父さん、猫を、しりませんか」
 「あぁ。元気になったみたいだから、外にはなした。そこらへんにでもいるだろう。」
 笑う男の顔は、誰かに似ている。誰だろう?あぁ、わかった。おれを忌み子だとさげすんだ老人の顔によくにている。
 なんかいもたたみにたたきつけられるゴウトが、見える。きっとあれはゆめだ。


 ■ゴウト6
 嫌な予感がする。男が友人を家によんだのが珍しいのでそれに起因するのだろうか。なにか、本当に取り返しのつかないことが起こる予感が、してならない。今日、鳴海がライドウを無理矢理家にかくまってくれればいいと願わずに入られない。


 ■ライドウ3
 「…猫が死んでしまうかもしれないな、怪我をしているのだから」
 「しりません、俺じゃありません、言っていません、ごめんなさい、ごめんなさい」
 「二度目はない。だが福祉司は厄介だな」
 煙草の煙がもうもうと立ち込めている。息か出来ない気がするのは男の手が首にあるからだろうか。叔父がすこしでも力をこめれば頚動脈がしまって意識を失ってしまうだろう。


 ■定吉4
 通帳は見つからないが、この前の箪笥の中の面白いイタズラを試してみたくてたまらなくなった。町のつまらない仲間を呼ぼうと思ったのは気まぐれだ。もしも期待はずれならただの笑いものにすればよいだけの話で、期待はずれになるだろうと半ばタカをくくっていたから仲間を呼んだのだ。
 その後麻雀でもして遊べば良いだけの話だ。ところがただの趣味の悪いイタズラだったそれは予想外に少年があの女に似ていることからかなり面白いことになった。つまりどういうことかと言うとこれが傑作なほど少年に似合ったのだ。
 少年愛やら同性愛やらに興味は欠片も無いし、これから先示すこともないだろうと思ったがなるほど、こういうものならわからないでもない。青年になる直前の、日本人のすきそうな、爽やかな色気とか言う奴だ。笑いが止まらなくなりそうだった。そのような美しさは汚すためにあるのだから。
 下卑た男が言う。こんなにキレイだったら俺だったらやりたいね。
 あぁ、そうだ。その通りだ。


 ■ゴウト7
 その日の夜はいやに騒がしかった。男にとっては珍しいことだが、その日の暴力は階下で行うことにしたようだ。いつもは逃げ出せないことをよりつよく悟らせるために俺の目の前で暴力を振るうのだが今日はそうではないらしい。もしかしたら友人が来ている事で騒いでいるだけかもしれない。
 ゴウトは思う。思い込もうとする。
 そんなわけはない。なら階下から聞こえる拒絶と謝罪の言葉は一体誰の声だ。


 ■ライドウ4
 いやだ。いやだ、いやだ。ごめんなさい。もういやだ。ゆるしてください。すいません。止めてください。いやです。ごめんなさい。ごめんなさい。いやです。いやです。やです。もういやです。
 口から勝手に吐き出される言葉も、這い回る手も、その熱さも、男の目も。指先が痺れるのは何の所為だろう。男が楽しそうに笑う。
 「おもちゃはきれいなほうがいい。こわれやすいからきれいなんだ。その点では君は充分すぎるほどだ」
 「…い…や、だ」
 「いまさら、そんなこといったって無駄だよ」
 やさしく男が頭を撫でる。酸素をいくら吸っても足りない気がして、ひゅっと吸う。それでも足りない。指先がどんどん痺れてくる。涙が勝手にあふれてくる。
 「男同士もやってみれば簡単なものだ」
 男が笑って唇に噛み付く。そこでわずかに痺れがとれて、あぁ酸素の吸いすぎなのだと思う。それでもたりない気がする。きもちいいだろう?君だって…こういうとき男にはなんていうのだろうね…やっぱり濡れている、か?ひそやかな笑い声は心底嗜虐の愉悦を含んでいる。もう言葉は出てこない。ただ切れ切れの喘ぎにもとれる呻き声が流れ出ていくだけだ。
 男はやっと素直になったかと喜びながら揺さぶる。視界がゆれて、押された空気が勝手に声になる。…ああ、とかふっとかそういう類の言葉。
 酷い倦怠感。薄い危機感。いまはいつだろう。ここはどこだろう。きもちいいのかわるいのか。それが全てか。倦怠がすべてを押し包んで、意識は暗闇におちようとする。それでも喉からはあえぎ声のような声が止まらず。
 「…やぁっ…だ…」
 甘えた声のなんていう気持ち悪さ。べろりと生暖かく柔らかい舌が目じりを撫でるのをぼんやりと思う。 


 ■定吉5
 着物が大分ぐちゃぐちゃとしてしまった。最後というわけではないが、あらかたの楽しみをここで終えたことになる。後は本当に金だけだ。壁際で死んだように少年が倒れている。当然だろう。昨日は予想以上に盛り上がったが途中から途切れ途切れにしか言葉を喋らなくなりついには壊れたかと大分不安になったものだ。まぁ、わからないが、きっと大丈夫だろう。いきなり首筋に痛みがはしり驚愕する。黒猫が噛み付いていた。いつの間に。むりやり引き剥がして首をつかみ、ちからいっぱいたたみに叩きつける。動物の断末魔はいつ聞いても耳にいたい。


 ■ゴウト8
 わかっていた。いつかこうなるとわかっていた。このような手段でなくても、いつかライドウを壊してしまうだろう事をしっていた。首筋に噛み付いて、頚動脈を食い破ってやる。俺が死んだらライドウは、逃げてくれるといい。


 ■定吉6
 少年は壊れなかった。壊れたのかもしれないが、それをおくびにも見せなかった。ぼんやりとすることが多くなり、家事をしている最中に皿を割るということが頻繁に起きる。それだけだった。一日たって少年は猫の居場所を聞いた。適当に誤魔化したが、騙されたのか騙されなかったのか顔からは伺うことが出来なかった。今日はお祭りとやらで少年のクラスメートが迎えに来た。もし何かいったら猫が、と言うとあの夜のような壊れたテープのような謝り方をした。満足して送り出す。
 しばらくたつと電話がなった。なんでも警察に少年が引き取られているようだ。身元引受人としていかなければならないらしい。面倒くさいが行くしかないだろう。


 ■鳴海2
 叔父は上手くおびき寄せられた、後は俺が襲って殺すだけだ。