折り紙 ライドウの部屋には物があまりない。家具をのぞけば高等学校の教則本があるくらいだ。それほど広くない部屋には通りに面して窓が二つ、ベッドが一つ、三段のあまり大きくない箪笥が一つ、それと何をするにも不向きな黒檀の机が一つある。コーヒーカップとお茶菓子を載せる皿を一つずつ置いたらそれでもう他に物を置く場所が無くなってしまうくらい小さいものだ。ゴウトが探偵社にいてかつソファで昼寝を決め込んでいない時はたいていその黒檀の机の上に丸まっている。高さがちょうどよくて、おまけに夏は涼しいから好きなのだそうで、ライドウが寝るときなどは黒檀の机の上で丸まっていることが多い。ゴウトは春の終わりの妙に気温が高いその日(しかもその日はめずらしく鳴海は探偵社を出ていた)黒檀の机の上で丸まるべくライドウの部屋に入るとそこには幾枚もの千代紙と十数個の折り鶴がベッドの上に散らばっていた。 ライドウはゴウトが入ってきたことに気付いた様子もなくただ黙々と、まるで折り鶴をおることを誰かに命じられ義務でやっているかのように、黒檀の机の上で折り紙をおっていく。その速度はかなり早くゴウトがライドウの部屋の扉からベッドに飛び移るまでに折り鶴は半分ほど工程を終えていた。表裏の袋を潰して正方形になったものの袋をまた潰し、真ん中に向けておって、細長い形になったそれを横半分におり、鶴の完成だ。 「鳴海さんが貰ったんだそうだよ」 竜宮だか深川で、とライドウがゴウトに向かって呟いた。大量の千代紙の出所はどうやら鳴海だったらしい。ゴウトはそうか、と答えてベッドに飛び乗る。赤い千代紙で折られた鶴をひとつ間違えて踏み潰してしまったが、ライドウはそれを気にする事もなくあたらしい正方形の藍色の紙をまた手に取っていた。 「いざやると結構夢中になるもんだね」 ゴウトはその言葉にどうやらこの少年が折り紙を楽しんでいたらしいことを察して驚く。作っては捨てられたのであろうベッドの上の様々な色合いの折鶴と機械的に手を動かす様子に意図は分からないが鳴海にしょうもないことを頼まれたのだろうとゴウトは思っていたのだった。 「手作業は心を落ち着かせるからな」 何故折鶴ばかりなのかとライドウに聞くと折鶴しか折り方を知らないのだという。ゴウトはベッドの上から机を覗き込みながら、話している間にもてきぱきと動くライドウの手を見ていた。ライドウの折っている鶴は千羽鶴用の、繋げる為に空気を吹き込まない鶴だった。藍色の鶴があっという間にゴウトの目の前で出来て、そしてベッドの上に投げ捨てられる。どこで誰に何故その鶴の折り方だけを教わったのか疑問に思ったが聞きはしなかった。ライドウは桜色の千代紙を取り出して、三角に折る。 「そのまま真ん中の頂点にむけて両端を折れ」 ゴウトはいきなりライドウにそういった。ライドウは突然のゴウトの言葉にいままで休むことなく動いていた手をとめて、ゴウトを見る。 「なぜ?」 「折鶴だけじゃ飽きるだろう。違うものを教えてやろう。」 折った両端を反対側の頂点に向けて半分に折るんだ、と付け加えるとライドウは黙って従う。 「さっき折った先を斜めに折って、残っている下半分の上の一枚を根元をすこし残して」 ゴウトの指示に従ってライドウは素直に折り紙を折っていく。手馴れない手順であるからか、先ほど鶴を折っていた速度とは比べ物にならないくらいゆっくりと慎重に丁寧に千代紙を折っていた。 ゴウトは時折そうだとか、違う反対側の頂点だ、とかライドウに言う。ライドウはどこ?やそうかと答えながら千代紙を折っていった。 「最後にのこった一枚を中に押し込んだらおしまいだ」 「…兜?」 ライドウの手の中にはそれほど大きくない紙で出来た兜がおさまっていた。しばらく黙って眺めた後ライドウはふと思いついたようにゴウトの頭に手を伸ばす。 「お前…何をしている…」 「本当にかぶれるのかと」 桜色の千代紙でできたそれほど大きくはない兜はゴウトの頭にぴったりだった。紙でできた兜は存外にしっかりできていたし耳にひっかかって頭をふってもすぐには外れなかった。ゴウトは前足で兜を叩き落として(ベッドの上に散らばるいくつもの折鶴の中で一個だけの兜は居心地が悪そうだった)ライドウを睨み返す。するとライドウはもう新しい折り紙を机の上に広げていて、また兜だが折鶴だかを折る気のようだった。ゴウトはそんなライドウにため息をついて(しかし本当は面倒くさがってなどいない自分に苦笑いをしたくなってしまった)、他のも教えてやろうと呟いた。 かざぐるま、はばたきづる、ふうせん、やっこさん、せみ、いろばこ(何枚もの折り紙を使うものもあるのだとしってライドウは大層驚いていた)、にそうぶね、だましぶね(だますのに猫の手はすこし難しかった)と覚えている限りの折り紙の折り方を口頭で伝えていくうちにゴウト自身も楽しくなってきて結局千代紙が尽きるまで折り紙を折り続ける結果になってしまった。太陽が沈みきる直前だったはずの時間は気がつけば月も真上の夜更けだった。ライドウは一回伸びをしてベッドの上の色とりどりの折り紙を片付けていく。 「これ、どうしようか」 捨てるのも忍びないがかといってしまう場所も無い。 「鳴海にでも返してやったらどうだ」 部屋にあっても邪魔になるだけだ、とゴウトが呟いた。ライドウはそれもそうだろうかと思いながら応接間に折り紙の束を運んでいく。大量の折鶴といろいろな種類の折り紙。ライドウは応接間の鳴海の机の上に置いた後しばらく考えて兜だけを抜き取った。鳴海が帰ってこないのはそれほど珍しいことではない。 結局その後二人で夕食を食べ、寝た。 翌日、昼頃。昨日の明け方近くに帰ってきた鳴海が応接間に向かうとそこには幾種類もの折り紙があった。ソファでは寝ているのか寝ていないのかゴウトが丸まっている。鳴海はゴウトにこれなに?と聞く。 「お前が竜宮だか深川から貰ってきた千代紙の成れの果てだ」 ゴウトの台詞に思いあたるところがあったらしい鳴海はあぁ、と納得して机の上の千代紙をがさがさと漁る。 「へぇ…これ全部ライドウが折ったの?折鶴多いね。」 「なんでも折り紙の折り方は折鶴しかしらなかったそうだ」 折鶴?と鳴海は聞き返して、言ってくれれば教えたのになぁ、と付け足した。 「俺飾り箱もクス玉も紅白鶴も作れるよ」 「ふん、もう遅いぞ」 今日ライドウ帰ってきたら教えてあげようかなぁと妙に嬉しそうに楽しそうにいう鳴海にゴウトは勝ち誇った気分でそう言い放った。 |