いやみ





 不景気、不景気、右を見ても左を見ても。自殺増加に、父親は失踪中、母親は殺されました。姉は泡姫、弟は誘拐。どこかの押入れで息も出来ずに横たわっているんじゃあないですかねえ。強盗、殺人、詐欺に、まだまだ犯罪は増えるばかり。閻魔様でもお手上げだ。いや、そうでもないかな、なにしろ閻魔様は働き者だ。一人くらいは地獄流し、三人くらいは閉じ込めて、魂食うのは趣味じゃあないが、持ってもおけない困り物。下の劇場で人々は笑い転げる。おーい、じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところ。こんな物ではないかも知れない。まさに、ないようがないよう。
 あははは。
 この上妖怪だって、やめてくれ。僕を頼るな、なんでもやると思うな。僕はあの家の床でごろごろと窓から空だけ見て暮らしたい。

 屋上のコンクリートは冷たくて、道路では車が騒ぐ。吐き出される排気ガスで空は曇っている。薄灰色の雲は暗緑色の空とあいまってまさに薄汚れている。工場排水で汚された小さな海の先みたいな色だ。
 「おぉ、鬼太郎じゃあねぇか、どうしたんだよ、こんなところでー」
 「なんだ、ねずみ男か」
 コンクリートの上でだらりと寝転んでいた鬼太郎は、階段からやってきた陽気なねずみ男をみやった。くすんだ朱色の瓢箪と赤くなった頬は同じ色をしている。なんだとは、ずいぶんな言い草じゃねぇのよ、と叫ぶ様子はやたらと陽気なようで、陽気を通り越してすでに騒がしくなりそうだ。
鬼太郎は係わり合いになりたくないとばかりに目を細めて寝返りを打つ。今更声をかけるのも億劫で、黙って緑のフェンス越しに街を見下ろしていた。
 「無視かよー、ひとでなしー」
 うるさいなぁ、と半眼で呟けば、ねずみ男はおや、と思ったのかへらへらと笑いながらも鬼太郎の側に座る。鬼太郎はねずみ男の事など意にも介さずひとつゆるやかに欠伸をして、また寝返りを打った。その様子を見ながらねずみ男は瓢箪を傾けて中に入ってるなにやら怪しいものを飲み下している。何がねずみ男を陽気にさせるのか鬼太郎には皆目検討がつかなかったし、ついたとしてもろくな事にはならないだろう、と半分眠ったような頭で考えた。
 「もともと、人でもなし、罵り言葉にもならない」
 そう切り返すと、まぁなぁ、とねずみ男は常である馬鹿にしたような口調で同意した。
 「お前の親父さんはどうしたよ」
 「泣きながらどこかへいったよ。よく知らないけどね」
 お前にしては珍しいなぁ、とねずみ男はだらしなさげに呟いて、鬼太郎と同じようにフェンス越しに街の明かりを見下ろす。