昔は紙芝居なんてやってたけどね、今は全然からっきしよ。紙芝居なんて、古臭くて色もかすれ気味、テンポも悪けりゃ動かないような娯楽なんて、今の子供は興味がないんだ。小さなちかちかする画面に向かって、コントローラー握ってかちかちやっているほうが楽しいんだ。当たり前だろ、俺だって、紙芝居より映画のが楽しいと思うね。それにそもそも空き地がないし、許可もとれなきゃ、知らない人間に親が近づけさせない。知らない人から物をもらっちゃだめという。何が入ってるかわらかないって?俺にゃあ、目の前で笑ってる子供の心のがわからんよ。
それになにより、俺はな、墓場で生まれて、親父以外に誰からも庇護されなかった、そんな子供の紙芝居をやっていたのよ。人間に不吉をもたらしていく子供さ。やがて、妖怪を退治する正義の味方になったがね。生い立ちは そのままで今度はお仲間の妖怪にも恐れられるようになって、なぁ。子供たちはおびえるのが楽しいみたいにこぞって聞いたもんさ。水あめは十円、最後まで聞いたらお楽しみってなぁ。娯楽の少ない時代だったのかね。今みたいに色もそこら中にあふれてるわけじゃあなかったからな。 かすれ気味の紙芝居も、色鮮やかに見えたんだろうよ。 よってらっしゃいみてらっ しゃい、墓場で生まれた子供の話よ。死人の白い髪をして、隻眼片目の子供の話よ。黄色と黒のちゃんちゃんこ、赤い鼻緒の下駄を履き、めんたまひとつの父親と、学童服に身を包み、不吉もたらす子供の話よ。 が、からっきしだめになっちまった。時代が変わったんだな。もうそんな子供はいないのさ。正義の味方の、小さな子供。五十と余年姿変わらぬってなあ。変わらないのは姿だけ。いいや、姿も変わったか。 そう、そんな子供 はいなくなっちまったのさ。 どうしてかって?だから時代が変わったのさ、人間たちが変わったように、街の景色が変わったように、妖怪たちもかわったのさ。そもそもその子供は最初は人を脅かす妖怪だったんだ。そして、ねじれて正義の味方になったしまった。人間を脅かす妖怪を倒す正義の妖怪さ。あんたも見なかったかい、小さいころに。扉 の向こうで何かが起こる!君の後ろに黒い影ってなぁ!あっはっはっはっは。 まぁ、 兆候はあったよ。妖怪の話っていうのは、ものすごい速度でなくなってるらしいんだ。 どっかのお偉い社会学者様が言ってたよ。神社のそばの鎮守の森もなくなって、妖怪のすめる暗闇なんぞ、すっかりなくなっちまったのさ。あったじゃねぇか、たぬきの話も。有名なアニメでさ、結局あれも狸は人間の世界で暮らすようになったと思うがね。 それと一緒だ。妖怪の力なんてものは、もうどう取り繕っても人間とおりあわなくなっちまったんだ。こんな汚い川で誰が小豆を洗うんだい?こんなに明るい街で誰が柳の下にいられるものか。こんなに硬いコンクリートで死人はどうすりゃいいのかね。こんなに四 角い波打ち際でひたひた近寄る手段はあるかい?隠れることのできたあの、薄暗い土間の隙間はいったいどこにいっちまったんだ? そういうことだよ。妖怪たちには、もう住む場所がわずかしかないんだな。そうしてそれは、あの正義の味方の子供が住んでた、どことも知れない森の中になったのさ。妖怪たちはこぞってその森の、少し入った入り口で、商店街を並べては、幸せに暮らしてるってぇ、寸法だよ。 妖怪は追い立てられる側になっちまった。正義の味方の子供としては別に構わぬ姿勢だがね。妖怪は人間を脅かさなくなった。人間は妖怪を追い立てるようになった。子供はその森の一番奥の、泉の近くの小さ な家で親父と暮らしてるのさ。そうして時々妖怪が人間を襲うのを聞きつけて、正義の味方をしてるてぇわけさ。 どう思うね、あんた? あっはっはっはっはっは。そうだよなぁ。子供はようやくもとの形に戻れたのかね。自分の母親を殺したような人間たちを守らなくてもすむように、自分を排斥した人間たちをかばわなくてすむように、自分により近い妖怪たちをその懐に抱えて。 妖怪の世界だけを守るようになれたのかね。そうして時折、人間を戒めるように妖怪の世界を引き連れて、一晩暗闇を深くするんだろうよ。まる で神様のようだ。 妖怪の神様だ。だれも触れられない。人間たちからは忘れ去られ、 妖怪たちにはすっかり信頼されて、森の一番奥で寝ているあの子供はこれからいったいどうするっていうのかね。あの在りようが俺は好きだったんだがな、すっかりそんなものはなくなっちまったよ。正義の味方にさえ、人間が見捨てられかけているのか、それとも妖怪が変わったのか。俺にもわからねぇなぁ、どうなんだろうな。 子供は紙芝居によってこなくなっちまったよ。人間は正義の味方に見捨てられそうなのかねぇ。そして妖怪は神様をほしがっている。俺はあの子供には、墓場で生まれた不吉な、ただの子供の妖怪、でいてほしいんだが なぁ。 そうして颯爽とやってきて、子供を救うヒーローのように。だいじょうぶかい、きみたち、もうあんしんして、ってなあどけない口調で、子供の高い声でよ。そうし て仲間の妖怪からどうして人間なんぞ守るのかと糾弾され、それでも人間は悪くないの だと。 …………俺もだいぶ耄碌したのかもなぁ。人間を守ってほしいのかも知れんよ。もしかしたらそれだけが、人間と妖怪を取り持つ手段だった気がしてね。それもなくなっちまったがな。妖怪横丁を過ぎて、森の一番の奥で寝ているあの子は、妖怪にもなれない出来損ないの神様のように、人間を守ることもない出来損ないのヒーローのようにな。 紙芝居なんざぁ、もう遠い昔の遺物かね。 どう思うね、あんた? どうだっていいって? そういっちまうことが、もうすでに、お前が変わってしまった証だよ、鬼太郎。 |