首切りの城
「ねぇ、先輩、傷ついていくだけならここで首だけになって、私とお茶をしたほうが良いに決まってます。美味しい紅茶を用意してあるんですよ。こう見えても私、ケーキだって焼きますし、先輩が来るんだって知ったときからずっと待ってたんです」 士郎はバラ色のドレスをまとって、大きな鎌を持ったままにこやかなに微笑む藤色の髪をした少女を見つめながら、必死に逃げていた。少女、桜、のにこやかな笑顔は朗らかで美しく、血まみれの大がまを鮮やかに片手で操っていなければ、その申し出も受け入れたいくらいだった。全く本当に、アーチャーと出会ってからろくな事がない。ビルから落ちるわ、白薔薇のつるにまかれて傷だらけになるわ、火にもあおられるわ、変な親父につきまとわれるわ、どう考えても本当に良いことがない。 頭の三センチ上で風を切る鎌をなんとか交わしながら、そういえばアーチャーが、せいぜい首に気をつけることだな、お前はやわいからな、といっていた事を思い出す。そういう問題じゃないだろう。誰が城に入ったら、大がまもったお姫様が自分の首を狙ってくるって思うだろう。 不思議の国では、アリスの肉をみんな狙ってるって?そもそも俺はアリスじゃないんだって、言っても言っても理解してくれない。 「ここにいましょう、先輩。誰も貴方を傷つけない、首だけになって私の側に居れば。そう、もう全て捨ててしまいましょう。もう限界です、先輩は充分に頑張りました」 ふふ、と笑うその声は優しくて懐柔されてしまいそうだ。 首だけになったら死んでしまうだろうに、士郎はその言葉に動揺する。何を言っているのか、わからない。そもそもみんな、勘違いをしているのだ。 「…違うんだ、桜。俺はただシロウサギを探しているだけで」 まぁ、と、バラ色のドレスを翻して桜は立ち止まった。鎌を床に立てかけて、首をかしげている。そのまま、口だけでにこりと笑った。それは、ネコの笑顔にも似ていたし、酷く禍々しいものにも、とても痛々しい笑顔にも見えた。 「シロウサギなんて、追いかけてはだめですよ。ネコが、言ったんですね。もう追いかける必要も」 ありません、と片手で軽々大がまを振るう。士郎はとっさにしゃがんで、扉に向かって駆け出した。 「お願いです、先輩。ずっとここにいてください。そうすれば、私、先輩を守ってあげられる」 泣き出しそうな声でいう桜に、士郎の逃げ足は鈍る。首をはねられそうだっていうのに、大がまを持って、追いかけられているというのに、なにか全てをゆだねそうになってしまう。何かに流されてしまう。全く、本当に良いことがない!アーチャーに出会ってから、とんだおとぎ話の主人公だ。どうか平穏なあの日常を返してくれよ、といいたくなってしまった。ねぇ、先輩、と泣いているような声に、走るのを止めた。大がまが振りかぶられるのと、いきなり首ねっこをつかまれて放り投げられるのは同時だった。 固い床に頭をぶつけてしまったのと、それでも見える視界の中でアーチャーの首がはねられたのを見てしまった。ばら色のドレスを着た少女の細い腕は信じられないくらい滑らかに動いて、人形の首でも落ちるようにごとんと床に首が落ちた。おくれて、体もゆっくりと倒れていく。 アーチャーの体は、ホールに落ちているいくつもの首なし死体の一体となって、すぐに蝋燭のあかりでぼやけて士郎には他の死体と区別がつかなくなってしまった。 「え…?」 倒れたからだの向こうで、少女はにこやかに微笑んでいる。どうしたんですか、先輩、なんて声も軽やかだ。どうしてそんなに悲しそうな顔をするんですか、と困ったように首をかしげる。士郎はアーチャーの首と胴体、どちらに駆け寄るか迷って、途方にくれた。 「そんな悲しそうな顔、しないでください。…だから、アーチャーさんは嫌いなんです。先輩にいつも辛い事ばかりするんですから。ネコなんて、導くもので、番人の次に遠いのに」 鎌を投げ捨てて、少女は士郎に近づいた。白い指で頬に触れる。桜は悲しそうな顔で、いっそ泣きそうにも見えた。 「みちびく…?」 そうです、と桜は言って、それなのに先輩を悲しませるなんてずるい、とアーチャーへの不満をふくれっつらで並べ立てた。士郎には少女が何を言っているかよくわからない。 「ネコの為に、悲しんだりなんかしては駄目です。絶対に、駄目」 「まったくだな」 驚いて硬直する。女王に同意したその声は、まぎれもなくそこに転がっている首から発せられたものだったからだ。 「貴様が私の為に悲しんでどうする、それでは意味がなくなってしまうではないか、胸糞が悪い。」 首だけになったことに何の支障もないかのように、アーチャーは皮肉気な顔のまま笑って、しかし結構真剣に士郎をいさめた。一言多いところもそのままだった。 「生きてる…?」 「生きているとも、残念な事にな」 「首、はねられたのにか?」 「普通、ネコは首と胴体が離れても生きているものだ」 なんだよ、そのルール!と士郎は叫びだしたかったのだが、鎌をもった少女や、わかめに似たウミガメモドキや、泥にも似た時間くんが居る時点でなにか色々どうでもよくなった。とにかくネコが生きているのなら、死んでいるよりは断然良い、と思って深く考えない事にした。首が飛んだときの途方にくれた自分をなかったことにしたかった。 「っていうか、大丈夫なのかよ、痛くないのか?」 「痛くないさ、貴様にとっては不満だろうがな」 「どうして、お前は皮肉をつけずにはいられないのさ」 いつもの通りすぎて、なんだか士郎はバカらしくなってしまった。よろよろと首に近寄って拾う。あんまりに軽くてあっけないので、それだけが少し怖かった。指先が冷たくて、心の底で酷くおびえている自分がいるのを自覚していた。力を入れないと、すぐにでも自責の念があふれ出しそうだった。 「だめです、先輩、そんなもの捨ててください」 桜があっという間に士郎から首をもぎ取った。フードをつかまれて、白くて細い腕に吊り下げられながらぶらんと揺れている様はアーチャーには申し訳ないが少し面白かった。桜はフードの中の顔を覗き込んで、アーチャーと目を合わせる。 「本当に、ネコだけは首だけになっても、全然可愛くないですね、アーチャーさん」 「君の首狂いも褒められたものではないと思うがね」 何か含みのありそうな二人だ、と士郎は思った。アーチャーは俺には絶対にしないような優しそうな笑みで少女を見ているし(逆にとてもうさんくさい)、少女はふくれっつらで怒っている。桜はネコの首をぞんざいに投げ捨てながら、士郎に向かって喋る。 「わかったでしょう、先輩?悲しまなくても良いんですよ、アーチャーさんの首がはねられたくらいで」 桜はもう一度細く白い指で士郎の頬を愛しげに撫でた。やはりその顔は悲しそうで痛々しいものに、士郎には見えた。 「ごめんなさい、先輩。アーチャーさんが邪魔をしてしまったものだから手元が狂ってしまって。次は、はずしません」 その手にはいつの間にか鎌が握られている。士郎が酷く驚いたのは、桜が鎌を持ったのが何時であったのかわからないのもあったけれどもそれよりも、桜の後ろにぼんやりとたっている首のないネコの胴体に対してだった。ネコの体は桜から鎌を奪い取る。 「何するんですか!」 桜はそう叫んだけれど、体はなんの反応も示さずにそのまま城の外へと鎌を持ったまま走っていってしまった。 「体には耳がないからな、聞こえるはずもなかろう」 少し離れた場所にいたアーチャーの他人事のような言葉に、桜はそういう問題じゃありません!だからネコはきらいなんです、と叫んでから、ドレスを着ているとは思えない身のこなしでネコの胴体を追っていった。 「行っちゃったな…」 「行ってしまったな」 女王に放り投げられたままのアーチャーが言った。士郎は首を拾い上げて、ぞんざいにほこりを払った。アーチャーは一瞬とても嫌そうな顔をして、しかし体がないので払いのける事もできずに大人しくしているようだった。 「体あったほうがいいと思っただろ?」 「…ふん、体だってたまには頭のいう事聞かずに自由にやりたいだろうよ。好きにさせるさ」 そういうものだろうか、と思いながらも、さすがに首の切断面をずっとさらされているのは色々と気が滅入るのでそこらへんにあったナプキンで首の付け根を覆った。しっかり覆われたのを確認すると片手で抱えた。とても嫌そうに顔をしかめていたけれど、我慢してもらう事にした。 「じゃあ、公園に帰ろうか」 そう士郎が言うと、首だけのアーチャーは少しだけ焦った声で、そうだな、と言った。 |
ほんと、すみません。女王桜とネコ弓とアリス士郎で。
首だけ弓と桜のやりとりがかけて楽しかったです。