カウントダウン4







「アーチャーって可愛いなぁ」
 しみじみと語尾にハートマークをつけてランサーは言った。その腕の中で抱かれているアーチャーは、なぜか小さい。子供の姿をしている、というのにそれは衛宮士郎そのものではなくて、肌も褐色だし、髪も白い。瞳も褪せたままだ。アイスグレイみたいだ、とランサーは思うし、そのがらんどうみたいな色がとても好きだ。ギルガメッシュの宝物庫は青い色の猫型ロボットのポケットと一緒なのだ。何でもでてくる。便利。ちなみに子ギルは、侮れなくて苦手だ。貸し一つ、与えてしまった。ちょっと面倒くさいな、とランサーはとりとめもなく思う。最近頭の中身がどろどろに溶けてしまったようで、うまく物を考える事が出来ない。
 暑さのせいだろうか。フローリングの床は、体が汗でべたついている事を意識させるし、ここはアパートの一番上の部屋だから、空気はすぐに暑さで篭ってしまう。冷蔵庫とキッチン、あとはがらんとした広いだけの洋間に、やすいパイプベッドが一つ。アパートの名前はホテル・ロータス。本当に大げさ。
 ランサーの腕の中で、大人しく座っているアーチャーにランサーは微笑む。すごく不満げで、おまけに泣きそうだ。腕も細いし、最近は移動するときに絶対抱えてやることにしてる。だってちまくてかわいいんだ。手も小さくて、爪だってなんかやわらかい。膝小僧の裏とか好きだったんだけど、今はもう見れない。残念だ。アイスグレイの瞳、潤んでて、思わず食べてしまいたくなる。そういえば最近、何か食べただろうか、魔力みたいなもの。聖杯のバックアップって偉大です。ありがとう。ルーン魔術も忘れかけている。知識が虫食いのようになっている。今は枝のルーンだけあれば、それでいい。忘れないように頑張ろう。
 アーチャーは相変わらず、疲れたようにランサーに抱え上げられている。どうして小さいものはこんなにも可愛いのだろう。遺伝子に訴えかけられている。そう思うように仕向けられている。
「ほんと、かわいい!やばい!」
 能天気にそういうランサーにアーチャーはかつてはよく怒った。ひさしぶりにこんなにも怒ったな、と思うくらい怒ったけれど、もうどうでも良くなった。頭の中で罵詈雑言を浴びせる程度だ。こんな感じ。馬鹿が、鬼畜が、頭打って死ね。豆腐にうずもれて窒息しろ。ラーメン気管に詰まらせろ。もしくは蜂に二度刺されて死ね。そう思いながら黙っていると涙が出てきた。子供の体は感情の許容量が少なくて嫌だ。すぐに泣いてしまう。痛くても、辛くても、怒っていても、絶望していても、気持ちよくても、悲しくても涙が出る。ちなみに今流れてる涙はなんだろうと考えると、多分悔しさなんだろう。凛はどうしているだろうか、とぼんやり考える。探していてくれるかもしれない。現界の媒介になっている以上なんらかの影響を感じ取ってくれれば、という楽観。希望。
「泣かないでくれよ、虐めたくなるから」
 そういってランサーは満面の笑顔でアーチャーの目じりに指を這わせた。普段の弓兵とは違って、なにもかもが小さく精巧にできているので余計に壊したい衝動にランサーは駆られていた。
「これ以上何をするというんだね」
 声は涙でくぐもっている。別に好きで流しているわけではない。体の都合だ。感情の高まりを抑える術を忘れてしまった。箍がはずれて、脳みその中身がだらだらと耳から出て行きそうだ。そのうち全部でてしまって、きっとこの状況にも慣れてしまうのだろう。適応。人間は罪深い。
「してほしいこととかある?」
 そうだなぁ、と少し考えたふりでランサーは言う。アーチャーは奥歯をかみ締める。霊体化も出来ない。魔力の流れを操られている。傷は痛むし、熱はでる。無力な子供に戻った気分だ。肉の器を取り戻して、不便まで一緒くたに背負い込んだような。死んでまでなぜこんな事になるのだろう。
「元に戻してくれ、せめて霊体化できるように」
「嫌だよ、全部戻っちゃうだろ。サーヴァントって便利だけど、なんか不便だな」
「ランサー!」
 叫ぶ声はすごんでも高い。ランサーは手の中の動物の、一時の抵抗に喜んだ。喜んで、優しい手つきでアーチャーの腕を取り、舐める。しょっぱい、ような気がする。聖杯ってすごい。暖かさも、肉の柔らかさも、全部再現している。システムとして不備があるから、丸ごと下ろされる。必要のない機能も、本当は意志など必要がないのに。サーヴァントは弾のこめられた銃で、引き金を引くのは人間でしかないのに。
 柔らかい。人間の肌の、なめらかな感触。腕の中でアーチャーはびくりと身をすくませる。
「俺は、アーチャーの腕とか手とか好きだからさ。そっちはやめた。足だって好きだったけど、しょうがない」
 まるでまた、どこかを切り落とされるのが怖いかのように、ランサーの腕の中で大人しく座るアーチャーには両足がない。真っ白な包帯が綺麗に巻かれている。最近は自分でまくようになって、その一生懸命さにランサーの顔は勝手にほころびる。
 斬るときはちゃんと痛みがないようにした。すぱっと一瞬。ごとんと落ちて、両足はどっかに消えてしまった。サーヴァントって便利だ。死体隠蔽なんてしなくても大丈夫。でも傷口をさらしっぱなしはちょっと困るので、包帯だけはまかせてもらった。細い足の、太ももの半分くらいから先がなくて、そこに包帯を巻くとなんだかすごいいやらしい。ときどき包帯を替えるときに、つい噛みついてしまって、勝手にすくんでしまうのだろう体が愛おしい。
 ルーンも無理やり飲ませたし、でも何か無理があったらしくて熱出してしばらく寝込んだ。看病してるときはとても楽しかった。バイトにいくのがちょっと残念だったくらい。鍵をかけて、足がないと届かない場所に外からチェーンもかけた。ドアのチェーンって、ちょっと間接が柔らかいと外側からでもかけられる。かえって扉を開けると、必死にチェーンに手を伸ばそうとしてたりして、本当にアーチャーは可愛い。そういう時、ランサーはこれ以上ないくらいの笑顔で、アーチャーの手を優しくとって、口に含む。今まで、必死に扉につけていたのだろう手は汗ばんですこし金臭い。なんだか興奮する。先のない足はだって人形みたいだから。小さいものはどうしてこんなに可愛いのだろう。遺伝子に訴えかけられているみたいだ。
 結界ははってあるから、パスは届かない。というよりもそもそも弓兵は誰とも契約を結んでいないのだ。
「貴様は何をしたいんだ」
「別に、何も」
 何も、起こらなければいいなとおもうだけだ。このだらけきった、しめきられた日々がずっと続けばいいのに。この腕の中でアーチャーがこれから先ずっと、大人しくしていればいいのに。自分の安全だけを考えて、ここから逃げる術ばかりを考えて、外の事は窓からしかわからなくて、正義の話なんてどこにも割り込む隙間がないような。
 それか、こんな危険人物(人物?)の標的が自分に向けられているというそれに、あの下らない自己犠牲を発揮してくれていてもいい。ここにいるだけで義務を果たしている気になるだろうし、それにここにいるのならそれでランサーは幸福だ。
 その証に弓兵は大人しくおびえながらランサーの腕に収まっている。
「ほんと、アーチャーって可愛いなぁ」
 窓から差し込む太陽のせいで、アパートの部屋はとても暑い。湿気も熱気も、空気にまかれてこもる。なんだか頭の中がどろどろで、うまく物を考えられない。知識が虫食いで、色々な事を忘れてしまう。
「なんか、最近、すごくあついよな、アーチャー」
 おかしい、と思う。だって今は十月で、暑いはずなどないからだ。
「いいや、この部屋はとても寒い、ランサー」
 両足のない子供が腕の中で言う。愛しいかたちをしている。このままずっとここにおいておきたいと思う。世界の終わりまで。

 でも、世界の終わりはもうすぐそこ。



黒槍×子弓という謎のCPかつ謎の内容。全くなんの説明もない!
本当にすみません。許されるなら、もう二話くらいこの設定で…書きたいな。