ラッパを吹きならしやってくる





 世界の終わりに、美しい剣と凛とした女と歯車になりきれない男がいる。
 
 女が握るその剣は、ごつごつとあらく削られて、宝石の原石をそのまま取り出したようだった。万華鏡のようにくるくると色を変え時折瞬く七色のプリズム、光そのものが剣の形をしているだけのように思えた。それを握る女の横顔は優しく柔らかだったが、その横顔にはめ込まれた青い瞳は眼光ばかりが厳しくて、そのせいで彼女の顔は凛とした強気なものにも見えた。
 彼女の前には一人の男が立っていた。男は褐色の肌をし精悍な顔立ちで、白と黒の剣を持っていた。女の剣ほど華やかでも美しくもなかったが、鍛え抜かれた鋭いフォルムをしていた。燃え盛る釜の側で熱い鉄を何度も鍛え、冷やし、それを極限に繰り返した果てに出来たように思われる剣だった。
 男はもはや存在感も薄く、なかば空気に溶けかけていた。女は男を見て、一つため息をついた。彼女の手からは今にも剣が取り落とされそうで、指はゆるく握られた形でそこからぴくりとも動かない。腕の筋肉や神経は剣の使用のせいでズタズタだったのだ。けれど女はそのような事を感じさせずに立っていた。
「疲れた」
 ぽつりと女は呟いた。女が訪れたときにはもうすでに世界は終わりを迎えていて、男の仕事は全く綺麗に完璧に終わった後だった。幾数もの平行世界を超えて、女は千にも近い数の終わりをみた。どれもが彼によるもので、全く彼の仕事は完璧だった。彼女はいつも男の慈悲や手加減の全く見られない終わりに降り立って、男を見守るのだった。
 もしも仮にその情景を見たものがいるのなら、彼女は天使のようだったというのかもしれない。世界の終わりのラッパが吹き鳴らされ、そして最後にわれらを救いにやってきたのだと、感激のあまり叫んだかもしれない。それほどに彼女は凄惨で美しく、胸を締め付けるほどに慈悲にあふれていた。終わりを見つけたもの特有の先のない表情だった。だが男のおかげでそんなものを見るものは誰一人として生き残ってはいなかった。焼かれる焦土と、生命を吸い尽くされた人々は形もなく、世界に飲み込まれていく。
「疲れたの、ねぇ、アーチャー」
 女の腕はぴくりとも動かなかったので、消えいく男の髪を梳くことも頬を撫でる事も出来なかった。男はゆっくりと瞳を閉じていく。
「終わりはいつも乾いていて、貴方の世界にいるような気がするの。ねぇ、貴方に追いつきたいけど、どこにいっていいかわからないの。どうしていつも、貴方は投げ捨てて契約をしてしまうのかしら?私はアーチャー、貴方に会いたいだけなのかしら?それともエミヤシロウをとめるため?」
 女は自らに問うたが、答えは出なかった。男の記録に自分は残るだろうかと考えた。いいや、おそらく残らない。記録は持ち帰られた後で、この残骸は滅びる世界の一部とともに外に投げ出され永遠に見つけられることはないのだ。
「どちらだかわからなくなってしまった」
 男は消えて、女がもつ剣がきらめいた。無数の平行世界のどこかで世界の終わりがはじまっている。世界の終わりから終わりへと隣り合うそれをどこまでも渡っていく。自分の元居た世界はどこだったか、女は忘れてしまった。けれど、大丈夫だ、と彼女は思っている。彼女は彼のように終わりがないわけではなく、まして死なないわけでもない。果てが見えることは彼女を安らかにさせた。そこまでの鈍重で意味の見出せぬ歩みが、どれほど辛くても、進んでいるのだと信じている限りは挫ける事はなかった。
 けれど何が進んでいるのだろう。祈りの達成か?それともただの時間?
「疲れた」
 世界の終わりがいずれ自分の終わりになる事を女は厭ったが、しかし願った。世界を滅ぼし、人間を殺し続ける彼が、自分の終わりに何か慟哭してくれることを望みそうだった。それとも、そんなものを彼はもう何回も見たのかもしれない。そうやって、彼の為に死んでいく自分を、彼の前で何回見せたのだろうと考える。
「シロウは、ずるいな」
 何もかもをおいていって、追いかける自分すら追いつかせないだなんて。
 宝石剣が光る。世界の終わりが呼んでいる。

 世界の終わりはひっそりとして、生きるものの気配は何も残っていない。