悪食な平行線






 サーヴァントの肉体は厳密な意味での肉体ではない。暑さも寒さも感じるし、呼吸もすれば、自律神経も正常に作用する。心臓も動いているし、感情も揺れる。本当はそんなもの無くても存在できるのに。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、五感は正常すぎるほど働いている。
 藺草の匂いがする。懐かしく、優しい。膝の上の頭は重いし、さっきから髪の間をさまよっている指は温かい。ぼんやりとした頭は何を考えているのだか、とランサーはため息をついた。嬉しいことは嬉しいのだけれど、なんだか違うような気がする。大体アーチャーは硬い男の膝なんかで寝ていて楽しいのかどうか。少なくとも自分だったら楽しくないだろうなとランサーは思う。寝るのならやっぱり柔らかな女の膝がいい。少なくともランサーはそうだ。
「君の」
 縁側からは冷たく気持ちの良い風が吹いてくる。膝に頭をのっけている男の体が温かいので寒くは無い。もともと寒さに強い体質ではあるけれども、それにしても暖かい体をしている。ランサーはアーチャーの呟きに、なんだよ、と乱暴に返した。あんまりにも彼の声がやわらかいので、少し動揺した。
「頭の中には何が詰まっているのだろう」
「はぁ?」
 何を言っているんだろうと思っていると、アーチャーは説明をする気は無いのかまた眠そうに目を閉じた。日の光がさんさんと差しているというのにこの男は眩しくないのだろうか、とぼんやりと思った。閉じられた瞼に生える睫まで白くて、嫌になってしまう。綺麗だけれど、色は。
 私の、と目を瞑ったままでアーチャーは呟いた。眠る直前のすこしばかり舌足らずな言い方だった。ランサーはなんだか優しい気持ちになる自分に落ち着かないまま、アーチャーの言葉を待った。
「頭の中には、つまらない脳みそがつまっているけれど、君の頭の中には何が入っているんだろう」
 髪の間をさまよっていた褐色の親指がゆるゆると頭蓋の継ぎ目を押さえつける。そのまま爪を差し込まれそうで、ランサーはすこしひやりとする。アーチャーは大概冷静で、どちらかといえば事態を抑えるほうに回りがちで気がつかないのだが、結構ぶっ飛んでいるからされないとも限らない。好奇心は変なところで旺盛な奴だから。
 けれどランサーはアーチャーの指をはらいのける気になれなかったので、ランサーはかわりに膝で幸せそうに眠っているアーチャーの髪を手持ち無沙汰に触ってみた。きしきしとして固く、とても痛んでいた。なんだかな、とランサーは思う。思ってため息をついた。
「ただの脳みそだよ。灰色のさ、片手で持つにはちょっと重くて、両手だと軽すぎるようなのだよ。お前と同じで」
「信じられない、君と私が同じだなんて」
 心の底から驚いたような声だったので、ランサーは髪をいじっていた手を止めた。相変わらずアーチャーの指は頭蓋の継ぎ目で止まっている。とても暖かい指だ、彼に似合わず。
「馬鹿にしてんのか?」
「まさか」
 ただ、と眠そうにアーチャーは瞼を上げた。灰色の瞳は焦点があわないままだ。差してくる光が眩しいのか、穏やかな日々になれないのか、すこしだけぎこちない仕草で髪の間に指を滑らせる。すこしこそばゆい。そもそもどうしてこんな事になったのか、ランサーにはよくわからない。糸の切れたように眠りについた原因も、どうしてそんなに幸せそうなのかも。
「ただ、同じだなんて信じられないだけだ。この体の中身が、君のような人物と同じだなんて」
「馬鹿か、お前は。誰だって同じだよ。脳みそだけじゃなくて、血液も内臓も、みんな一緒だ。違いなんかあるか」
 そうかな、と笑うアーチャーがランサーには腹立たしい。なぜ違いなどあるとおもうのか。汚れは成果で洗い流せると言った姿を忘れたわけではないけれど、とランサーは思った。本当は誰より洗い流したかったのはおまえ自身ではないのかと、言うつもりもなかったし言えなかった。
「大体違うなら、何が入ってると思ってんだよ」
 そういうと、アーチャーは少し驚いたように目を見開いて、数秒黙った。ゆらゆらと瞳が揺れて、眼底までも光が差し込んでいる。冷たそうで、綺麗だな、と思う。一つ一つの色がアーチャーは本当に綺麗だ。そうしてふっと笑いを深くした。あぁ、とため息をつく。
「考えていなかった」
「お前なぁ」
 頭を撫でていた掌が滑らかに頬に滑り込んできた。熱くはなく、秋の日差しのように、ただ暖かい。似合わない、と思う。本当は似合うと思ってやりたいのだが、けれど似合わない。
「君の頭の中だったら、美味しく食べられる気がする」
「何の話だ」
 そのまんまだ、と聞き取りづらいほどの小ささでアーチャーは呟いて、頬に添えていた手を離した。ぱたんと力が抜けたように腕は落ちて、瞼は閉じられる。褐色の瞼に白い睫が生えている。手持ち無沙汰で触っていた髪はきしんでいる。なんだかランサーはどうしたらいいかわからなくなる。
「悪食なやつ」
 そう呟いて、ぼんやりとしている。衛宮邸の居間に、誰もいないのはひどく珍しい。アーチャーがやってくるのも珍しければ、寝てしまうのは更に珍しい。全ての可能性を集めたって起こり得そうにない。
「ってか、馬鹿な奴」
 全くさわり心地のよくない髪から手を引いて、どうしたものかなぁと伸びをする。いつまで男の膝で寝るつもりなのだろうとか、あれは一体何の話だったのだろうとか、考える。
 膝で眠るこの男が暖かくて幸せそうなのが、妙に納得がいかない。
「もっと別の事、考えろよ」
 独り言が多くて、嫌だね、全くと呟くと縁側から風が吹いてくる。日々は平穏すぎて、何か大事な事を忘れている。




なんとなく一緒のものだと思えないアーチャーと、同じに決まってんだろなランサー。
平行線。コネタか迷ったのですが、こちらで。