眼球 その体躯は白く、しなやかさはまるで若竹のよう、瞳はエリンの海のように透き通る青、輝きはわずか差し込む太陽のように幸福、戦を駆け抜ける姿は獣のように力強く俊敏、われらの英雄、アルスターの光の神子、その手には女王の槍、戦好きの獣、その瞳は幸福のように美しい。 白い指は割合抵抗なく眼窩に沈んでいく。もとより肉のある身ではなく、エーテル体である体は心臓を槍で突くほどの手ごたえもない。それがどうにも気にいらずランサーは鼻を鳴らした。褐色の指はおずおずと自分の眼球に触れていて、それがまだるっこしかったので相手の眼球に沈めた指をひねった。アーチャーは息を飲んで痛みを堪えてるようであったし、陶酔しているようにも見えた。 神経を引き抜かれる感触はいつまでたっても慣れない。痛みを訴える器官そのものが千切れていくし、痛みは増大するのだが減少しているのだかもわからなくなる。苦痛には慣れているし、この行動に異論はない。あるのならばむしろランサーの目の前でどうしていいかわからなくて困っているらしい男のものだろう。 「俺だけ抉ってもしかたねぇだろう」 吐いた声は夜の空気の中で思いのほか冷えて響いた。アーチャーは眉をひそめておびえているように見えた。 「お前がしたかったんじゃねぇのか」 ちがう、と唇が開いてそして最後まで言わずに閉じた。ランサーは笑う。目の前の男に自分はどう写っているのだろうと考えてやめた。どうせ、自分にはできないとか、ふさわしくないとか、そういう下らない事を考えているに決まっているのだ。 「…アーチャー」 名前を呼べば、眼下の男はびくりと身をすくませた。いい加減に面倒くさくなったので、ランサーはアーチャーの眼窩に沈ませていた指を引き抜いて、アーチャーの指が触れていた自分の眼球に抉りこませた。ぐるりと回して、ちょうどたこ焼きをひっくり返すような要領で、ぶちぶちというのは何の音だろうと考える。視界は片方だけ真っ赤になりそして見えなくなった。 ランサー、と密やかに囁く声にランサーは笑う。楽しくて仕方がないといった風に笑う。欲しいものは一緒なのだから何を戸惑う事がある。貰い受けたからといって何もならない?そうだろうとも。与えたからといって何もない?あぁ、その通りだ。何の意味もなく、何の結果も残さず、何ら変わらず、ただ傷を残すだけだ。一夜経れば夢のように傷は治り、目は戻る。 「やるよ、俺の目くらいだったら幾らでもな」 ランサーは笑って、アーチャーの手に瞳を転がす。その眼球は透き通った赤い虹彩を持っている。片目でそれを確かめて、ランサーは笑った。よく似合うと思うぜ、と笑うその顔は太陽の下でも少しも翳ることはないように思えた。 ランサーは白い指をもう一度アーチャーの眼窩に沈ませる。ひくりと喉が引きつるのをかじりとりたいと思ったがやめておいた。ぐるりと回して、自分の目を抉ったときと同じ要領で濃い灰色の眼球を抉り取る。自分の開いた眼窩にアーチャーの瞳を放り込もうとする。 「だめだ」 「なんで?」 酷く痛ましい顔で、アーチャーは搾り出した言葉にランサーは聞いた。聞いたけれど答えを待つつもりはなかった。どうせ、ふさわしくないとか、もったいないとか、君にはいらないものだとか、言うのだろう。 ほら、アーチャーはしばらくためらって言う。 「君には似合わない」 わかりきった言葉にランサーは間髪いれずに返す。 「そんな事は俺が決めるんだ、アーチャー」 放り込んだ眼球は眼窩の中でころりと揺れる。魔力を通して神経をつなげる。開く視界はどこか鮮やかで良く見える、ような気がする。気のせいか。アーチャーの顔を見れば彼は酷く後悔している顔をしている。前から望んでいたのに、かなえられないからこそ甘美だった妄想が現実になって恐ろしく思うように。 想像は欠落を伴わず、現実になれば得る代わりに何かを失うのだ。この場合は、おそらく彼の愛した(それくらいの自負は許されるはずだ)赤い両の目であり、得るものは片方の眼球。 「お前が決める事じゃないさ」 血まみれの手で赤い瞳を持ち上げて彼の真っ黒な眼窩に放り込む。やはりころりと暗闇の中赤い眼球は転がって、そして定着する。開けた視界に、焦点を結ぶ瞳孔に後悔を読み取ってランサーは笑う。 「もらえるものは貰っておけ」 ただでさえお前は受け取らないからな、とそういってランサーは彼にはあまりに似合わない忍び笑いをした。喉の奥で笑いをかみ殺す。 「お前が欲しいといったんだ、アーチャー」 そうして俺も欲しかったよ、と続ける。笑みは深くなるばかりで、そういえば今日の夜は笑ってばかりだとランサーは思う。アーチャーは後悔した顔をしている。ランサーはアーチャーには赤い瞳は酷く似合うと思う。けれどそんなものは無意味だ。そんな事彼は思いもしないに違いない。それすらもおかしい。 明日、あさって、眠って起きれば、霊体化して戻れば、この愛しいオッドアイも元に戻ってしまう。英霊は、サーヴァントはそういうものだ。 その瞳は幸福のように美しい。 求めるものは互いに同じだったけれど、それほど盲目ではなく、賢しいわけでもなく、愚かでもない。私は踏みとどまり、彼は笑い続ける。開ける視界はそれでも美しい。 |