深夜の通販、遠坂邸





 住宅地である冬木市の夜は静かです。遠坂邸は坂のどんづまりにある幽霊屋敷とも言われる洋館ですから、それはもう深夜ともなれば秋ならば虫の鳴き声などがしますが、それ以外は全く何の気配もしません。ただ時折窓に風があたってがたがたと揺れるくらいでありました。それにその屋敷はどんなにつよい風が吹いても決してその門を開けようとさえしませんでした。屋敷にはいつも重く固まった空気が横たわっていて、冷たいそれを遠坂邸の主人は肌に馴染むと気に入ってもいました。
 月の出ない深夜、遠坂邸では屋敷の住人である遠坂凛がぼんやりとした顔でダイニングで頬杖をついておりました。普段は寝不足は肌に悪いとはやく寝ることを、できるできないは別として、心がけている彼女ですが、今日ばかりはそうはいきませんでした。彼女は魔術師であって、そして魔術師が怪しげなことをするのは、月のない夜に重く暗い洋館の一番奥で、という相場があったからです。相場は相場になるだけあってちゃんとした理由もあるのです。彼女が魔術師として一番力を発揮できるのは新月の何の気配もしない夜の事でしたから。
 ですが深夜までは今しばらくの時があり、遠坂凛はぼんやりと明かりもついていないダイニングでテレビを見ていました。一人で見るテレビのつまらなさといったらそれはひどいものです。もちろん大人数で見たほうが楽しいものではありますが、なんとなく頭を空っぽにしたくて、彼女は何をするでもなくぼんやりとテレビを見ていました。テレビの中ではおしとやかそうな女性が、笑いながら仏壇の紹介をしておりました。なんでも人間国宝に丁寧に仕上げを頼んだもので、綺麗に金箔をはったリンと磨き上げられたリン棒つきです。丁寧にリンの響きのよさまで集音マイクで拾ってくれて、商品アピールに余念がありません。
「仏壇って縁がないわよねぇ、家と」
「君の家は仏教ではなさそうだからな」
 何時の間にやら凛の目の前にはアーチャーが紅茶を片手にやってきていました。先ほどまでキッチンで紅茶を淹れてくれていたのです。アーチャーは英霊で睡眠などは必要としないので、凛の夜更かしにはいつでも付き合ってくれますし、付き合ってくれた翌日も、これまたきっちりと凛を起こしてくれます。もちろん朝食の用意も忘れません。
「そうねぇ、家はクリスチャン…なのかしらね、教会にお墓があることを考えると」
 そういいながら凛は紅茶を優雅に受け取りました。常に優雅たれ、とは遠坂家の決して破ってはならない家訓でしたし、凛はその能力を全て用いていつもどんなときも優雅たるように努めていましたから、その紅茶を受け取る仕草も完璧この上ないものでありました。
「わからないのか」
「わからないわよ、あの神父を間近に見てるとキリスト教を心の底から信じることはできないわね。まぁ、向こうのほうは生まれた時に洗礼をすませてしまったりするし、日本にきてもそれが惰性で続いただけだと私は思うけど」
 それに魔術師は神の存在を認めてはいても、創造主という存在は認めないから、面倒くさいのよね宗教と魔術って、と彼女は言いながら、向かいで自分と同じようにぼんやりとテレビを見ているアーチャーの顔を眺めました。全く、睡眠が必要ないなんて羨ましい事だ、と凛は思いました。あの辛い寝起きを体験することもなく、時間の消費を嘆く必要もありません。けれども、寝る直前のあの幸福は中々に代え難いものだとも思っていたので、難しい問題だ、と少し思いました。
 テレビでは相変わらず仏壇のアピールを女性が続けていました。
「百三十六万!すごい値段ねー」
 てかてかと暗闇の中でテレビが白く光ります。画面の中ではオレンジ色の文字が躍っていました。今買えば、お線香もついてくるというサービスぶりです。
「仏壇の値段として妥当かもしれん。冠婚葬祭の類は金に糸目をつけない傾向はある」
「妥当かもしれないけど、高い買い物じゃない。深夜の通販番組でうっかり買わないでしょ?それに糸目をつけないならなおさら専門店にいってゆっくり選びたいじゃない。いくら人間国宝でもね」
 凛は「うっかり」することがとても得意ではありましたが、宗教が違うのか、冠婚葬祭には神経質なのか、それともお金が絡んでいるからかはわかりませんが、深夜の通販番組でうっかり仏壇を買うという事はないようでした。アーチャーは確かにそうだな、と答えて、自分が淹れた紅茶を飲みました。最近彼は凛と一緒に居るときは一緒に食べたり飲んだりすることが多くなりました。作ったものを食べてくれる人間がいるだけでも彼は幸せでしたが、それを眺められるのを凛が好まなかったからでありました。
「でもこの洗剤とか便利そうよね、ねぇ、アーチャー欲しくない?」
「君が買いたいというのなら、特にとやかく言わないが、それをしっかり使って掃除をしてくれるんだろう?」
「いやよ。どうしてアーチャーがいるのに、私が掃除しなくちゃいけないのよ」
 彼女はいつでも彼女でありました。やはりうっかり深夜の通販番組で要らないものを買ってしまうし、そもそももう彼女の絶好調の時間である二時を過ぎています。相変わらず深夜の冬木市は静かで、月のない夜空は一際星を輝かせておりました。風が時折を窓を揺らしますが、坂のどん詰まりに立つこの家の門を開けることさえできません。人々から幽霊屋敷と恐れられるこの家は今日も重く、暗く、冷たく、人を寄せ付けないまま建っておりました。
 けれどダイニングのテレビからは相変わらず軽快な音楽でお買い得かよくわからない多機能ではあるけれど使い勝手がどうなのかいまいちよくわからない商品のアピールが白々と続いているのでありました。