真っ黒な月に掛かるはしごは少女趣味で吐き捨てたい。吐き捨てたいのは自分もまるで少女趣味のようなことばかり思っているからだ。消えていくという事は全く等しく、バゼット・フラガ・マクレミッツ、その人以外は皆消えてしまう。
私はこの四日に起こった色々を全く思い出さなくなり、この四日間を成立させるために生じた八ヶ月はなかった事になる。私は後悔している。士郎になんていうんじゃなかった。みんながいるっていいわね。どうしてあんな事を思ってしまったのか、そんなのは決まっている。現実に戻ったらこの場にいる、いた、彼らは殆ど消えてしまうのだ。 私は夜明けが好きだ。何もかもが否応なしに始まって、前に進むしかなくなる。人間は世界の早さには着いていけない。だからこそ世界は夜明けと夕方を繰り返し、人間を追い立てる。今日が終わる、明日が始まる。覚悟しろ、すすまなければならない。私は夜明けが好きだ。 橋の上で、私達は消えていく無限の残骸を見ていた。黒く淀んだ体は薄れ、点滅する赤い瞳は減っていく。溜め込んでいた宝石は殆どなくなって、これからどうしよう、と考えて笑ってしまった。これからなんてものはどこにもないのだ。実際、現実では宝石なんて使われていなくて、この事態自体が起こっていない。 目を細めて、お寺の向こうから上ってくる朝日を見つめる。梯子も月も、すでに朝の光に薄れてしまっている。 「みんな、無事かしらね」 「どうかな、まぁ、きっと無事なのだろうさ」 笑う声は多少の嘲笑を含んでいるように思えた。それは別にこの状況の、私達や自分を笑っているのではなくてただの癖に過ぎないのだろう。 山の向こうから夜が明ける。太陽が朝をつれてきて夜を駆逐する。青く透明な空はやがて白い光に覆い隠される。夜明けはいつも、とても冷たい。世界は残酷だ、とため息をつけばアーチャーはやはり笑うだろうからやめておこう。 「夜明けね」 「夜明けだな」 赤い聖骸布も私のコートも煙にすすけてはいるけれど、光を受けて鮮やかに見える。 「夜明けって好きだわ」 呟いた。 「後悔する間もなくて、それに、光が強すぎて幸せな事が始まるように思えるもの」 「まぁ、なに、きっと真実変わらんだろう。世界は生きるもののためにあるのだからな」 おそらく、とアーチャーは笑う。朝日は強く、世界を焔く。端からざらざらと消えていくような気がする。それとも砕けて消えるのだろうか、私にはわからない。別れの記憶は何故だかいつも曖昧だ。 「夜明けに誰かと別れるのはこれで二度目だな」 「あら、初めてじゃないのね。ちょっとやけるわ」 ふっと息を吐き出すように笑えば、珍しく素直だな、と驚きの混じった声で言われた。 「私はいつも素直よ」 「凛、それを本気で言っているのなら、自己像を改めるべきだと進言せねばならん」 ふん、とアーチャーの小言を聞き流して、私は持ってもいない記憶を愛おしく思う。世界はいつも残酷だ。夜明けの別れは太陽の光でかすれて、なにやらとても幸福なものに思えた。これでいいのだと、納得しろと私に詰め寄るし、私はだまされる。そうして消えてしまう。 「みんないるっていいわねぇ」 消えるのまで一緒なんて、笑うわ、と感謝のつもりで呟いた。 |