神様、どうか、願わせてくれるのなら、この空の下のあの人がせめて私を覚えていますように。私を私であらせようとしたときの、あのどうしようもなかった力技が彼を蝕んでいませんように。たとえ、あの愛しい赤茶けた髪が白くなろうとも、あの肌が焦げようと、瞳が理想からあせようとかまわないのです、かまわないのです。 神様、どうか、こんな私にも願わせてくれるなら、この空の下のあの人が、後悔などしませんように。今日も彼が人間を愛し、この世界を愛し、人々の幸福を愛し、そして出来るのなら、彼自身を愛すことが出来ますように。いつか、彼に、彼の進む道の果てを見せ付けたあの悲しい人になりませんように。どうか、最後に、何処にも行かずに失われた魂が入っていた体がこの地に帰ってくれればそれでいいのです、いいのです。 神様、どうか、祈らせてくれるなら、この世界の彼の無事を祈らせてください。私の願いなど聞かなくてもいいのです。祈りなど聞き届けなくてもいいのです。こんな私が生きていくのを許していただかなくてもいいのです。 ただ、ただ、願うことを、祈ることを、許してくださればいいのです。時は何の問題もなくめぐり、何度も来る春に、私は彼の無事を祈り、そして喜びます。私は彼のそばにいることも、彼の力になることも、彼の枷になることも、なににもなりませんでした。そしてそれでかまわないのです。満足しています。 願うのなら、彼が私のことを覚えていてくれることを。無理ならばこの地が彼の故郷であることを奪わないでください。彼自身が彼から奪うことをどうかふせいでください。あなたがこの世界を作ったのなら、世界の正義という理想を目指して組み込んだ、神様、あなたなら、どうかその正義という名前に愚かしくも殉じる彼を優しく抱きとめてください。 えぇ、神様、彼が貴方の御手にゆだねられても私はかまわないのです。貴方が私から彼を奪いそして、何処とも知れぬ夢の果てなどというものに連れ去ってもかまわないのです。どうか、彼から幸福を奪わないでください。彼が気付きもしない、持っていてもすぐに与えてしまう幸福を彼につなぎとめてください。それが私でなくても、いいのです。かまわないのです、神様。 貴方のつくったこの失敗作みたいな世界の、馬鹿みたいな理想に囚われた、愚かしいあの人を、どうか、どうか。 そう、ねがわせてください、かみさま。 |