彼女は白銀の鎧を纏い、額から血を流し、剣によりかかってかろうじて立っていた。彼女は女と呼ぶにはあどけないが、少女と呼ぶにも雰囲気が似つかわしくなく、どうにも表現しかねたが、それに眉をひそめるような人間はいなかった。そもそも彼女は女とも男ともつかないといわれ、妻を持ち、子が居た。彼女は星が鍛えた剣を持っていて、その力からか年を取らなかった。少女と呼ぶにも似つかわしくないのは、彼女はきわめて中性的な顔立ちで、少年のようでもあり、また鎧を着込み、剣をもって先陣をきるその姿が神めいていたせいもあった。 彼女の目の前には、彼女に良く似た本当に瓜二つの少年が倒れこんでいた。少年の胸には剣がまっすぐに突き立っていた。どんなに彼女と似ていようと、やはり少年は少年以外の何者にも見えなかったので、彼女は少女なのだろうと知れた。そこはゆるやかな丘の頂上だった。なだらかな斜面を鎧を着込んだ倒れた人間達が埋め尽くしていた。どれも平等に命を失っている見え、また実際に失っていた。血に染まった丘などと、そんな表現しか思い浮かばなかった。現実感が無いわけでは無かったが、それよりも強いのは喪失感だった。 彼女もまた少年により傷ついていた。命はいくばくもないと知れた。丘の向こうから太陽が昇ってくるのが見えた。それは新しい世界の幕開けのようにも思えたし、彼女の過ちを全て暴くための乱暴な光にも思えた。倒れふし絶命している少年の名をモードレッドという。彼女の名はアーサーという。アーサー・ペンドラゴンはブリテンの王であった。彼女は傷つき上手く動かない体を剣によって支えていた。剣の下には彼女の息子であるモードレッドが横たわっている。 彼女は走馬灯のようなものを見ていた。石の台座に突き刺さった黄金の剣のことを思い出していたのだった。その剣を引き抜いたものは王となるだろうと。その剣のまわりには幾人もの名の知れた騎士たちが集っていた。そして誰一人として剣を抜けず、やがて彼らは馬上戦で王を決めることにした。彼女はその騒ぎを遠くから見て、そしてもう誰も居なくなり見捨てられたように輝いている剣の前に立って、その柄に手をかけたのだった。 彼女は目を細めて、太陽を眺めていた。強い光は眼球を焼いて、直視し続ければ視力を失うだろうとわかっても目をそらせなかった。傷は痛み、国は彼女を裏切り、そして彼女は守りたいと願った国土を踏み荒らし、踏破した。人々は死に、丘には結果だけが残っていた。彼女の進んだ道の、その果ての結果のように思えた。そこにいくばくかの感情があるならどれほど救われただろうと、太陽を見ながら彼女は思ってしまった。 嘆きや怒りや、悲しみや、喜びがあればどれだけ自分を許せただろうと思ったのだった。感情に押し流された決断など、彼女は何一つしなかった。彼女は国のために、国を守るために、まとめるために、民を滅ぼし、政治を行い、全ての感情を排除した。国をまとめたいと思った気持ちすら捨てた。そうして彼女はカムランの丘で剣を支えに立ち尽くしていた。なだらかな傾斜にはおびただしい死体しかなかった。 遠くで騎士の声がした。彼女の名を呼んでいた。アーサー王、どこにいらっしゃいますか。彼女は太陽を見るのをやめて、声のするほうへ振り返った。すると見慣れた臣下が一人馬にのってこちらへ向かっていた。彼女は少年に刺さっている剣を抜いて、臣下にここにいると告げた。声は冷徹に響き、感情などは欠片も篭っていなかった。彼女は馬上戦のことを思い出していた。これなる剣を抜けないならば、いざ馬上にて。彼女はその時馬にも乗れなかった。 感情をさしはさんだのならどれだけ救われただろう。王として、ふさわしくない決断を一回でもしたならば彼女はそのせいに出来たのだった。けれど彼女は彼女の持てる力全てで国を治めた。その結果がこれならば、私はこの国の王にふさわしくなかったのだと、そう思えた。太陽に焼かれた目はぼんやりとした色しか彼女の視界に投げかけなかった。 馬にのった臣下がやがて彼女のそばまでやってきた。アーサー王、と諦念と絶望の混じった声だった。 「ベディヴィエール」 彼女はやはり冷徹な王のまま臣下の名を呼んだ。体はふらついて、傷はもはや致命傷だった。ここには鞘もなく、湖の加護などはえられない。王として私は至らなかったのだと、彼女は絶望と共に思った。あの剣を抜く人間は自分の他にいたのかもしれないと、そうでなくてもあの場で戦っていた騎士たちの中に本当に王としてふさわしい人間がいたのかもしれない、と彼女は思った。そう思う事が、とても楽だった。 太陽は地平線を離れるにつれ小さくなっていった。彼女はその考えの中のふとした楽さにおぼれそうだった。私は王となるべきではなかった。あぁ、やり直したいと強く思った。こんな結果しかもたらせないのであれば、自分はただの災厄だったのだと。 遠く、地平線の遠くどこかで、声がした。契約を促す声だった。 汝が望み、死後、その代償をもって叶えよう。ここに契約を結ばれよ。 彼女は自らの息子の、額を割った瞬間を思い出しながら、絶望と共に応えた。 |