愛しているのなら





 オーケー。わかった。お前をこの際、さっくりあっさり殺してやるよ。腕を付け根から後ろに向かって折ってやる。そのまま治るまで放置してもいい。あがらなくなった腕だってめでてやろう。その眼球の奥、脳みそに届く直前まで槍で貫いてやろうじゃないか。心臓なんて後回しだ。内臓まで食ってやろう。俺は自分の内臓を見たこともあるし洗った事もあるが、なんだか他の動物と変わらなかった。うまそうだった。自分の流された血も、腸詰の中にいれてくっちまいたいと思うくらいだった。お前だってきっとそのくらいあるさ。大丈夫さ、未来人。色鮮やかであろうよ。
 この時代の食い物は変な味がする。なんだか舌がぴりぴりするんだ。空気は薄灰色をしているし、あぁ、そうだ、お前の瞳みたいな色をしている。いや、お前の目よりももっと薄い。もっと薄くてどうしようもない。でもお前の目もこれくらい薄かったら、きっとぼんやり、そこらへんに混じってわからなくなって、そしたら俺に目をつけられることもなく、幸せだっただろうよ。そうにちがいない。そうしたらきっと、ぼんやり生まれてぼんやり生きて、ぼんやり死ぬはずだっただろうよ。お前のあの忌まわしい記憶、火の海、縋りつく腕、焼かれて濁った目、たんぱく質の焼ける匂い、肉みたいって思わなかったか?子供は肉が好きだろう?なぁ、ちょっとでも思わなかったか?
 どうでもいいか。確かにな。
 もしもお前がこの世界の、この空気くらい薄汚れてぼんやりして、そして正しかったら、きっとその海の中で死ねただろうに。父母の腕の中で、何もわからず死ねただろうに。痛みと熱さと煙に巻かれて、訳もわからず死ねただろう。誰も見捨てる必要なんかない。生き残る意味など探さなくても良い。永遠の苦痛をさまようこともなく。むしろお前自体が生まれない。
 英霊エミヤは存在しない。

 お前がそれほどに尊く、貴重で、愚かでなかったら。いいや、お前が信じ尊敬する親父が、お前に理想など残さなければ。それも違うか。お前が焼けこげた骸の中から取り出した、その理想。後悔と自虐ばかりで自分の人生を彩るつもりなら、その前に俺がお前のその手を食ってやろう。心臓は後回し。この時代の食い物は変な味がする。ピリピリする。食べていると体が作り変えられていくような気がする。胃の底に体の奥に沈殿して、変化を嫌いそうになる。ぼうふざい?なんだそれあははは。
 でも、そうしたらお前の死体はやっぱり腐らなかったんだろうか。いつまでも、ぶらぶらぶらぶら、首輪みたいに荒縄が、かかったまま。お前の為に投げ込まれた銀貨はきっと三十枚。そんなちっぽけな贖罪も希望も、投げ捨てろ。いっそ絶望してしまえ、アーチャー。絶望なんかとうにしていると、嘘ばかり吐く口から出しても仕方ないだろう。嘘は俺につくものじゃない。自分につくものだ。自分をだましきれ、絶望していると信じろ。
 いつか誰かが止めてくれるなどと、いつか誰かが思い出させてくれるなどと、いつか誰かが殺してくれるなどと、そんな事を思っていてどうする。そんな希望は持つな。そうだ、お前がその手で坊主を殺してもお前は消えることは出来ない。隣り合い、幾枚も重なる層、平行世界の中で、探り当てられるのか、自らを。違うだろう。お前はわかっているはずだ。
 お前が召喚された時点で、その世界はお前の世界ではないと、本当は知っているんだろう。お前の記憶に自らの姿なんかなかったはずだ。その髪もその肌も、その目も、その外套や、固有結界の形も。そうだ、お前は生きているときそんなものを自分以外で目にしなかっただろう。それが答えだ。一はいつか十になるかもしれない。百になり、千になるかもしれない。だが0は永遠に0のままだ。お前の存在と同じだ。

 だから俺が殺してやろう。俺だけがお前を殺そう。必ず心臓を貫く槍で、お前の心臓を貫こう。幾千の平行世界、上限のない数の分だけ、お前を殺そうじゃないか。お前の死体の上に投げ捨てられた銀貨三十枚も、お前の骸が砕け散ったそのカケラの数よりも。
 あぁ、約束しよう。ここにそう約束しよう、アーチャー。何をしても駄目だとお前がいうのなら、そう信じるなら、そこに希望を抱くなら。お前の為に絶望を狩ろう。その喉首を噛み千切って持ってこよう。
 さぁ、英霊エミヤ、お前に安息の眠りを齎そう。空間を捻じ曲げる穴のように、全ての光を吸い込むその中に。お前を放り込もう。お前が絶望するそのときまで、俺はお前の可能性を潰し続けよう。

 せめてこの世界で、今このときだけは、俺の目の前で、本当に殺されるのだと信じてくれ。世界が始まるその前の、安らかな眠りが訪れるのだと、思ってくれ。お前を愛する俺を、少しでも愛しているのなら。