胎内





 そこは真っ白だった。薄皮を一枚隔てたそこにはうぞうぞと蠢く黒いもの、呪い、嘆き、怨嗟、混沌とも呼べぬ泥、があるのは感じられたが、その薄皮は意外に強靭なようで決してこちら側には漏れてこないようだった。
 どこまでも白い空間は、病院の待合室のような空虚さは持っておらずどちらかといえば暖かい。そこには、片腕しかない男が佇んでいた。先ほど腕を失ったばかりなのか断面は組織がむき出しだったが、なにか得体のしれない力が働いているのか、血もあふれ出ず、断面が見えているだけだった。骨の断面まで見え、男はどうして体の内部というのはこんなにも色鮮やかなのだろうと思う。人間の体の表面にはこんなに鮮やかな緑や、赤など滅多に表れないのに、と。
 そんな事を考えていた男の目の前に少女がいつのまにか現れていた、少女は男を取り巻く世界同様に白い髪と肌をして、目だけが赤く透明に輝いていた。しいて言うのならそれは炎というよりも宝石の、停滞した静けさがあるように見えた。
 少女は王冠を頭に載せて、天の杯と呼ばれるドレスを着ていた。白いすそには短剣符の模様があしらわれていた。男はその姿を初めてみたような、いつか見たようなどちらともつかない気持ちがして眉をひそめた。どちらであろうとその記憶は磨り減ってしまって戻る事はない。
 「はじめまして、アーチャー。そしてお帰りなさい。」 
 「イリヤスフィール」
 男は呟いた。少女の名はイリヤスフィール、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。少女は男の声を聞いて少し驚いたように目を丸くした後にしょうがないのね、というように目を細めてため息をついた。
 「お帰りなさい、アーチャー」 
 もう一度、少女は囁く。
 イリヤスフィールはゆっくりとアーチャーに歩み寄り、その小さな手をもうすでにない左腕のあたりでさまよわせた。アーチャーは何故だか酷く申し訳ない気持ちになって、イリヤスフィールにむかって困ったように笑って、片膝をついた。二人は目線を合わせていたが、アーチャーはなんとなく困っていて、イリヤは笑っていた。左腕のあたりをさまよっていて小さな掌は滑らかにアーチャーの頭に移っていた。その白い髪はぱさついてイリヤスフィールの皮膚を引っかいた。イリヤスフィールは外見に似合わない、少し困ったような微笑みを浮かべていった。
 本当に、馬鹿ね、シロウ、と。
 アーチャーは驚かなかった。訂正したいとも思ったが、外れては居なかったのでいう気にはならなかった。ただ、イリヤのその声が聖女のように優しいと、聞いた事もないのに思って、少女の美しい顔を眺めていた。