噴承/桜の森の満開の下 噴上裕也と彼が出会ったのはまったくの偶然であった。もちろん世の中には「スタンド使いは惹かれあう」なんていう突拍子もない法則があって、それに則るならば出会いは必然といえたかもしれない。必然というには少しばかり運が勝ちすぎる出会いだったが、偶然というには彼らには繋がりがありすぎた。第一に噴上裕也と彼はスタンド使いで、第二に共通の知り合いがいて、第三に噴上はその知り合いを襲っていて、第四にまた助けたのだった。共通の知り合い、この場合は東方仗助であるが、から噴上のことを少なからず聞いていた空条承太郎はだから出会ったことに驚きはしても噴上裕也という人物、彼に付随するスタンド、あるいは能力に驚きはしなかった。 矛盾するようだが噴上裕也は全く彼、空条承太郎と無関係だった。噴上は決して承太郎の人生に何かしらの影響を与えることはなかったし、それは承太郎も同様だった。二人は杜王町である夏ひょっこりと偶然のように出会い、必然として分かれた。二人は互いのことを忘れるまでもなく、また覚えているまでもなかった。気にかけないというのが正しい表現で、ひっきょう彼らの間には何もなかった。 彼ら共通の知り合いである東方仗助も、彼にとっては叔父であり、また噴上にとっては友人であったけれども、それが二人を繋ぐことはなかった。 「何もなかった?」 「そう、何もなかった」 本当に全く、と噴上は付け加えた。彼らを繋ぐものは何もなかった。従って残るものも続くものもなかった。卑怯だが彼は気楽だったと思う。 「承太郎、さん、そう承太郎さんと会ったのは真夜中だった。俺は暇で暇で仕方がなくてバイクで走ってたんだ。でもスピードはそんなに上げてなかった。ハイウェイスターが追ってきたらあっという間に追いつかれて養分吸い取られるくらいにはたらたらと走ってたよ」 「お前がか?」 「そう、俺がさ」 イライラする夜だった、と噴上は付け加えた。湿気は身体にまとわりついて、夜の闇は全く見通しがきかなかった。ぺたぺたと隣で暢気にしかし楽しそうに走っている自分のスタンドがいっそ憎らしく見えたほどだった。 「なんだか変な夜だった。暗闇には何かがいそうだったよ。ピアノ線みたいに細い悪意がそこら中に張り巡らされて、スピードを出したら足をすくわれそうだった。俺はライトを消して、のろのろと走っていた。風はぬるくて気持ちが悪くて、走っている意味もないと思った」 「迷惑な奴だ、あぶねぇじゃねぇか、人を轢いたらどうすんだ」 「お前をつれてくればいいだろ」 冗談じゃねぇよ、と話を聞いていた仗助は吐き捨てた。季節はもうすでに秋が息絶えて冬が始まろうとしていた。噴上が話しているのは古くはないが新しくもない思い出話だった。それも全く意味のない、向かうところのないものだ。 「いや、俺は人を轢きそうになった。それが承太郎さんだった」 てめぇなぁと仗助は過ぎたことに怒るにも怒れない妙な響きで言った。噴上はそれを聞いて笑って、あぁ、そうだ、と答えた。 「承太郎さんは、お前と同じことを言っていた。そんで、ライトをつけないなんてあぶないな、と俺のスタンド握りながら言ったんだ。それが出会い」 空条承太郎のスタンドに握られてもがく足跡が暗闇にまぎれて見えなかった事を噴上裕也は覚えている。 夏の夜は夢をつれてくるものだ。その年のその夏のその夜、杜王町は前の年と変わらぬように殺人鬼を抱いて沈んでいた。何も見えない夜で、例年と違うことがあるとしたら殺人鬼のかつての人となりがあらかたわかっていて、彼を倒そうと思っている人間が多く集まっているという事だけだった。 これに空条承太郎は深く関わっていたといえるけれど、噴上裕也はそうでもなかった。彼らはいつも示し合わせたわけでもないのに夜に会い、ただ話をした。噴上はそういう夜はいつもイライラとして、自分や街にまとわりつく細い網目のような悪意に窒息しそうだと思っていた。あるいは悪意に同化して、誰かを酷く傷つけたくもなった。 「そういう時に会うんだ」 「偶然にしては出来すぎてるな」 「だけど承太郎さんは、そういうものを図ったりはしねぇよ、そうだろう?」 噴上の言葉に仗助は少しだけ不満そうな顔をしてから、そうだなと同意した。噴上にとって彼は自然現象と同じだった。雨が降ることと変わりない。それは今日でなくてもいい、明日でもいい、昨日でもよかった、けれど雨は必ずいつか降る。それと一緒だった。噴上はそういう時、承太郎に会った。 「それで話をする」 「どんな話をだよ」 「別に他愛のない話だよ、明日は晴れるだろうかとか、来年はどうしているだろうかとか、互いの年を聞いてみたり、俺は学校のことを話したり、そうお前の話もした」 承太郎が仗助の話をするとき、何か柔らかいものがよぎるのを噴上は嗅ぎ取っていた。それは文字通り柔らかな匂いがした。愛情と似ていて、けれどそれよりももう少し浅ましかった。噴上から見て承太郎はなんというかストイックで欲望とも願望とも無縁に見えたのでそれは少し意外だった。 「承太郎さんはお前を褒めていたよ。頼りになるやつだってさ」 仗助はそう聞いてすこし複雑そうな顔からしばらくしてようやく嬉しそうに頬をゆるめた。犬のようなやつだと噴上は思い、承太郎が好ましいと思ったのは仗助のこういうところなのかもしれないと考えた。 噴上には関係のないことではあったが。 「そう、そうしてるとな、時間が過ぎていく。空が白むまで何も中身のない話をして分かれる」 イライラとすっきりしない夜に、二人で風に当たりながら何の意味もない話をしていると、何かが意味を持ちそうになる気になった。とめてあるバイクの光具合や、スタンドのぺたぺたとした質感、夏の息苦しさ、未来の話、彼の人生、夏の夜の細い悪意、明日の天気や、海の様子や、意味のないもの全てに意味が宿って輝いていくような気持ちになった。 「俺と承太郎さんはその夏、何回か夜にあったよ。花が咲いていたときは花見をした。女と遊んで残った花火をしたこともある、でも結局昼には一度も会わなかった。お前とはよく会ったのにな」 「あぁ、あの夏はよく会ったな」 「あれはなんでだろうな、やっぱりスタンド使いは惹かれあうのか」 さぁ、と仗助は呟いた。真実はどこにでも転がっているが、それを知る人間はいないに等しい。噴上も仗助の言葉に同意した。わかるはずもない。 「最後に承太郎さんと会った日も、やっぱり夜だった。でも夏の終わりごろだったような気がする。残暑が厳しいとかテレビで言ってからな」 花が咲いていたのだ、と噴上は呟いた。きれいな白い、こぢんまりとした花だった。花びらがふりしきるような木には見えなかったのにそれは花びらを一枚一枚落としては律儀に地面に横たわっていた。 「いつもは承太郎さんが俺を止めるんだ。あぶねぇなって言って。だけどあの日は俺が先に気がついた。あの人はぼうっと立ってた」 噴上が承太郎に先に気づいたのはそれが最初で最後だった。それから先彼は一度も承太郎に会わなかったし、多分これから先も会うことはないだろうと漠然と思っていた。彼と自分の間のつながりは薄すぎるのだ。仗助ならばこれから先いずれ会う機会はあるだろう、承太郎のあの柔らかさがそういっている。けれど自分にはそういうものがないのだと噴上は理解していた。 「俺は声をかけた。承太郎さんはすこし驚いたような顔をして、どうした、と俺に問いかけた。聞き返したいのは俺のほうだったよ」 「なんでだよ」 「だってあの人はすごく心もとない顔をしていた。いや、そう見えただけなのかもしれない。俺はイライラしていたし、それに夜だった。夜の街灯に照らされる人間の顔なんて心もとなく見えるもんだしな」 噴上は承太郎に、どうしました、と聞き返した。承太郎は聞き返されたことにも驚いて、それから笑った。夏の暗闇の細い悪意がこぞって一瞬できた隙間にむらがるのを噴上は感じた。それは二人の間にあった、何もない、という距離のことかもしれなかったし、互いの心であるような気もした。 「俺達は話をしたよ。やっぱり何の意味もない話だった。夏の夜は蒸し暑いだとか、イライラするとか、もうすぐ夏が終わることについて。その間中ずっと花びらが落ち続けてた。夢みたいでくらくらした」 境目があやふやになり、果てが見えはじめて、終わりが遠くなった。あらゆる意味は手のひらからこぼれて、世界から自我が隔絶されていくような夜だった。もともと意味などないはずだったのに。 噴上は承太郎を眺めて、改めて彼は完璧だと思った。そこには何も介在しなかった。彼が何か内側に抱いても、外には漏れてこずに、またそれを彼は嘆いても居なかった。なんとなく噴上は承太郎の頬にふれ、夏だというのに冷たい肌に驚いた。悪意が二人を注視していた。何か決定的なバランスを崩すのをじっと眺めていた。 「風が吹いて、俺と承太郎さんは笑ったよ。意味がないなぁと思った。それで終わった。その日は夜が明ける前に分かれて、そしてそれっきり」 それっきりと噴上はもう一度繰り返した。季節は秋から冬に移り変わる直前で公園のベンチで喋るには寒すぎたし、噴上と仗助はもう長いこと二人で喋ってすっかり身体は冷えていた。 「それは」 立ち上がった噴上を、仗助は冷たい瞳で見ていた。青い綺麗な瞳で、昼日中では輝いて見えた。あの人の目を昼の陽の下で見たことがなかったと噴上はふと思う。 「恋じゃ」 「ねぇよ。だって俺と承太郎さんの間には本当に何にもなかったんだ」 さみぃなぁと噴上は呟いて歩き出した。仗助は納得の行かない顔でベンチに座ったままだった。あの日、最後の夜、座っていた場所で今更思い出話をしたところで何になるだろう。 何もないのは最初から決まっていたことだった。一番最初にあった日に噴上は承太郎に何か動かしがたいものを見た。永久に変わることのないかたくななもので、噴上はそれを変える気などなかったのだ。あの日はイライラしていて、いやいつ会うときもイライラとして、その動かしがたさは拳をぶつけるのに最適だったにすぎない。 「なんにも」 どこにも行き着くことのない夜のことだった。 |
噴承…なのか?一応噴承のつもりで書きましたー。
nさんと宮間さんに!えー…こんなのでよければもらってやってください。
楽しかったです。噴上はかっこいいなぁ!