081220 アクアリウム/四部承太郎と幽霊花京院inグランドホテル 丸い形のガラスってどういう風につくるんだろうねぇ、と指紋もつかない手でガラスを触っていたら、承太郎はぼんやりとした声で何かを呟いた。 「何か言った?」 「いや、確かにそうだなと考えていた」 花京院は承太郎の言葉にすこし驚いて目を開いてから、君にも知らないことがあるんだねぇ、と間延びした口調で付け足す。球体のガラスの中身は一部の隙もなくスノードームのように水が入っていて、小さな半透明の海老や、水草が生えている。 「でもこれ作ったの、承太郎なんだろう?」 「俺は計算をしただけだ。実際に作ったのは研究所だな」 ふぅんと、花京院は面白くなさそうに呟いてから、黒いくぼんでいる台座にそれを戻した。花京院が触った後など微塵も残らず球形のガラスは台座に収まっている。 花京院はサイドテーブルに頭を載せて、横目にアクアリウムをずっと見ている。もう一度今度は持ち上げずにガラスを指先でたどる。ガラスの中の半透明の生き物が壁を登って落ちていった。そこを指で触れて、全体を撫でる。どこにも穴が開いてない。それは完璧な、どこにも出口のないガラスの入れ物だった。 「どうやっていれたんだろうねぇ、これ」 「さぁ」 「えさとかやらなくても大丈夫なの?」 「中の生物が死ぬまではな」 けれど死んだら、それまでだ。水草を食べる生き物がいなくなれば、藻は増える。やがてアクアリウムの中の窒素が足りなくなり、酸素が増えて、白くにごる。バクテリアも死滅して、そこで終わりだ。 聞くと花京院は眉をひそめてから、君もそういうことをするんだね、と小さく呟いた。花京院の言葉に承太郎が笑うのは、そのむやみな言葉にもう慣れてしまっているからだった。 承太郎は花京院にはあまり注意を払わずにぼんやりと学会誌を読んでいる。 「なんか似てるよね」 花京院は滑らかな動作でアクアリウムに触れ続けるが磨きぬかれたガラスには指紋のあと一つつかない。 「なにに?」 承太郎は花京院の言葉に問い返す。花京院はサイドテーブルに乗せていた頭を起こしてから、ゆっくりと承太郎のほうを向いた。ホテルの部屋にいるときの花京院の動作は何もかもゆっくりとしていて承太郎にはつかみどころがないように映る。 「さぁ、なんとでもいえる、けど」 けどね、と花京院はゆっくりと呟いた。 「一つの生き物に拠る世界構築には無理があるんだなぁ、って」 君の手でも、それは無理なのだと、おもっただけだと花京院は言う。承太郎が笑ったのは、花京院の言動に、もう慣れてしまっているからにすぎない。 081220 シシ神承太郎、サン徐倫、たたらばの人花京院、アシタカは出てきません。もののけ姫パロ? 生きているだけなのだと誰もが口をそろえる。この場所は住みやすい。脅かされても自由が保障されている。小さく、しかし頑丈に組まれた柵たちは獣ではなく人間を拒むために作られている。山から湧き出た清水が川となり、くぼ地に流れ込み、湖をつくる。ここでは水には困らない。食べ物にも困らなければ、迫害されることもない。長は有能な方だ。下界にくらべりゃ極楽さ、と女が笑う。四日五晩タタラを踏み抜いても、と。 住居を作るのには木材が必要だった。砂鉄を取り出すには森を切り開かねばならなかった。鉄を溶かすには火が、火をおこすには木材が、鉄を固めるには水が。土は痩せ、樹木は姿を消し、湖はやがてにごっていく。見張りに毎晩たつものが、夜中に交代に来たものに向かって笑う。 山の肌の茶はあんな色だっただろうか。もっと湿って暗い色をしていた。今や乾いて、薄い茶色をしている。今夜もショウジョウ達が木を植えにきている。 「根付きはしまい」 もののけ達は森を切り開く人間を拒む。 生きているだけなのだと誰もが口をそろえる。 鉄は軍事力と結びつく。天朝の力は弱くなり、国々は小競り合いをしだす。軍事はすなわち金になる。製鉄は金の卵だ。ここにいる限り、住む場所にも、食うものにも、まして水にも困らない。 「このタタラ場は良い場所にある。まだ森は多い。切り開けばさらに砂鉄を掘れよう」 長が言う。ここは良い村になろう。民衆は喝采を持って支持をする。当然だ。かつてすんでいた場所よりも、タタラ場は暮らしよい。売られた人間はなおさらだ。病の人間にはなおさらだ。 「このまま鉄を作り続ければ森は痩せよう。もののけをかき分け、神を踏み越えるのは、その時だ」 鉄のやじりをもって長は言う。森を切り開くには、この場所はあまりにも神聖だ。数少ない古代から手のつけられない深い森の奥には山の主ももののけたちも、そうして神さえいる。 それをしってなお長はさらなる勢力をもって、さらなる展望を目指して、山を切り開く。 見張りに立つものは笑う。 「もののけ達が今日も木を植えている」 明日は山犬がくるだろうかと、花京院は見張りに立つものの声を聞く。 「来るならば夜明けに」 神の娘が山犬を引き連れて、タタラ場をつぶしにやってくる。 生きていく場所を守るために、何もかもが必死なだけなのだと誰もがいう。 081220 現人神承太郎、神官兼職人花京院、承太郎の娘徐倫、将軍ウェザー 神とは生き抜くための手段であったと、神の娘は思っていた。神は生き抜くための手段だと、神が思っていたかは定かではない。飾り付けられた父親の、人間には程遠い彼方にある力をみても、徐倫はそう思っていた。 作られたものにどれほどの価値があるのか。 それはもちろん、決定するのは君ではないから、意味が無いねと神官で職人の男が笑う。君が美しいのは彼の子供だからに相違ない。 「神は子供をつくるのものなの?」 「もちろんだよ、徐倫、そして失敗をすれば川に流しもする」 いや、神は存外に残酷なのだと、細工を作りながら笑う。鋳造された鋼に、針ほどの鋭い、おなじ鋼で文様を彫っている。気が狂うほど細かいそれは、近くで見ると気味悪く、遠めからみると美しい。このくぼみにはね、宝石がはまるんだよ、と小指のつめ先ほどの穴をさして男が言う。 「こんなところにはまるような小さな宝石は磨けないわ」 「磨けるもんだよ」 それも一人でやるのだろう男を徐倫はすこしばかり不気味に思う。 「花京院は、父さんの、作る時だけ一生懸命ね」 徐倫の言葉に花京院は、すこし不思議そうな顔をした。それから、口の端をゆるめて、おそらく笑顔といえるのだろう表情をつくって徐倫の頭をなでる。 「君の口からでる言葉は、良い響きだね」 君を愛せるのは、彼の子供だからに相違ない、と花京院はつぶやく。 神とは生き抜く手段にすぎない。最初はそうだったはずだ。貧しかった国の、理不尽な世界を納得するための方便だったはずだ。すべては神の試練だ。乗り越えたならば祝福が与えられる。 祝福という名の豊かさがやってきたのは、神のおかげなのだろうか。人の力だろうか。 「信じていなかったのか、自分の父親だったんだろう」 将軍が雨にぬれた体を拭きながら徐倫に問いかけた。神の娘は飾られたまま黙り込む。 「信じるには、いびつすぎた。中にいると」 おそらくそうだったのだろう。徐倫は彼女の父親を信じていないわけではなかったし、彼のもたらす力が偽りであると思ったことはない。だがそれは、決して神の力ではない。ただそのような人知を超えた力があって、そこに神などという意思は存在しないのではないか。 「もっと、大きなものではないかと思っていたの。花京院によるところが多すぎた。彼を止める力もない」 今の私は彼にとって、代用にもならない代用品だ。 「徐倫」 君を愛せるのは、彼の子供だからに相違ない、という花京院の言葉を徐倫は思い出せる。いつでも。 神は死んだ。 とは、八百万の神がおわす高天原においてはあまり意味の無い言葉である。神は死んで生まれ変わる。子供を残すし、いつでも復活をする。古い神は死んでも新しい神が生まれる。異教をとりこんで、のみくだし、それさえも神とする。 迫る森は偉大だ。氾濫する水は恐怖だ。降る雨は恵みで、差し込む太陽の暖かい。 神は死んだ、という言葉にどれほどの衝撃があろう。 「神は死んだ」 「死んだのは父さんよ」 花京院の言葉に徐倫は答えた。 「神託を受け取るだけの人間だったはずだわ」 君は、と花京院はつと徐倫に視線を向ける。一瞬徐倫は、花京院が盲目になったのではと考えた。瞳孔のそこから傷ついた顔をしている。 「そう、だ。死んだのは神じゃあない」 でも、と花京院は付け足す。 「やはり、神は死んだ、徐倫」 神は死んだ、と言う言葉は八百万の神が存在するこの国でどれだけの意味があろう。だが、それは、この男にとって何の意味もない慰めだと、徐倫はようやく思い知る。 作られたものにどれほどの価値があろう。守り隔離されていたものに、どれほどの真実が宿ろう。離れ届かないものはゆがんでいくしかないように。 神は生き抜くための手段でしかなかったのではないか。 「でもね。徐倫、それを決めるのはもちろん、君ではないよ」 花京院が笑う。 081220 探偵ジョルノとその同級生仗助、と助手承太郎 少年探偵であるところのジョルノ・ジョバーナは懐中電灯をもって、洋館の中を歩いていた。真夜中の月明かりに廃屋の洋館は雰囲気抜群で浮かび上がって、ジョルノの後ろに隠れるようにしがみついてた仗助を震えさせた。 ジョルノとジョルノの隣にいる承太郎は普段と変わりなく淡々と、もう朽ちかけた扉を破壊しては中を探っているようだった。 「承太郎さん、僕いっつも思ってたんですけどね」 「なんだ」 ジョルノの言葉に先頭を歩いていた承太郎が短く答えた。仗助は声も出ないようで、そもそもなぜついてきたのか、心底謎であった。夏だから、軽い気持ちの肝試し代わりだったのだろうか。 「どうして、こう、映画とかテレビの登場人物はわざわざ夜中に幽霊屋敷に行くのかなと思ってたんですよ。昼間いけばいいのに」 「…まぁ、最近のホラーは昼でもでるけどな」 「でも、昼間は大通りに出れば勝ちみたいなところあるじゃないですか」 その場合どんな勝ち負けなのかはジョルノにもわかっていない。承太郎はジョルノの言葉にうなずきつつも、まったく躊躇なく洋館の中を歩き回っている。 「で、夜中にこんなところにきてわかったのは、やっぱり昼間じゃ出ないからなんですよね、幽霊とか」 「目撃しにきてるからな、夜中になるのは仕方ないな」 納得だとうなずく承太郎にあわせて、納得ですねとジョルノも答えた。なにをどう納得したのかは仗助には不明だった。 「……い、いい加減に、そういう話はやめてください!」 ので、勇気をふりしぼってそう叫ぶと、声は意外と大きく響き、沈黙が訪れた。その沈黙の合間を縫って、ぎぃ、と上の階から音がした。ひっ、と仗助はうめいて声を飲み込む。 「幽霊か?」 承太郎がジョルノにそう聞くと、ジョルノはすこし考えた後に、静かに呟いた。 「犯人かもしれませんよ?」 ジョルノの言葉に、仗助は泣きそうな顔をしたようだった。 |