百年睡魔
森博嗣の百年シリーズパロ三つ。ネタバレとかはあるんですが、そもそも読んでないとわからない。
ロイディ=承太郎、サエバミチル=花京院って感じで…あくまで感じですが。
1.終わらせ方がわからなかったよ! 「花京院、おきろ」 承太郎は片手で僕の体を揺らしていた。視界は左に右にとそれて、天井が揺れている。橙色の照明が綺麗で目を細めた。 「花京院、再度睡眠に入らないでくれるとありがたい。今は六時五十八分四十九秒だ」 「そういうときは七時前だっていえばいいんだよ、承太郎」 「了解した。次からはそうしよう。花京院、七時前だおきてくれ」 「早速の応用だ」 「実践から得るものは多いと、花京院は言った」 「そうだったかな」 「お前の意見はころころ変わるから修正が面倒だ」 窓の外は海ばかりだ。そろそろ夕日が沈むのか空は赤みを帯びていた。花京院は瞬きをして睡魔を追い払うように努め、それからのろのろとベッドから起き上がった。黒いアーチ型の装飾にゆがんだ自分の顔が映りこんでいた。 「ウォーカロンでも面倒なんて、思うの?」 「お前の擬似にすぎない……ああ、いわゆる物まねだ」 「いいね、まねるのは、学ぶことの基礎だよ。君には必要ないかもしれないけどね」 承太郎は花京院の言葉にすこし困った風に眉を寄せた。造形されたもの特有の隙のない容姿は妙な威力を発揮する。花京院はシャツを羽織ながら、眉を寄せる。 「なんでそんな顔をしているの?」 「最良の反応にたどり着けないときはこうした方が良いと花京院が言った」 「昔に?」 「そうだ。意見の変更でもあるのか?」 「いや、ないよ、承太郎、君の反応は大体において的確だ」 「そうか、ならいい」 花京院がドアの外に出られる服装をしたのを確認した承太郎は、ベッドサイドの茶色いテーブルからカードキーを取り出す。花京院はそんな承太郎を横目に見ながら、夕食が七時であることをぼんやりと思い出していた。 「大体において、という言葉を君は許容するんだね」 「大体において、という言葉は80%前後だと認識している。誤差は5%程度だ。大体において、という曖昧さやお前の判断を認識分類するためのメモリ構築にはだいぶエネルギーを裂いている。これくらいは許容範囲だ」 「そう?それならこれからもがんばってほしいな」 「了解した、努力しよう」 ドアを開くとせまい廊下が続いていた。クリーム色の壁紙や、しかれた赤絨毯、二メートルあるかないかの天井と、豪華な照明が狭さをいっそう強調しているが、ホテルらしくて花京院は嫌いではない。きっと夕食はあたりさわりのないフルコースだろうと、そういうものも嫌ではない。 「ご飯おいしいかな」 「それを俺に聞いても仕方が無い。ウォーカロンは食事をとらない」 承太郎の言葉に花京院は笑いながらため息をついた。 「そういう時はね、おいしいといいねって言えばいいんだよ」 「おいしいといいね」 「アドリブはきかせてほしいかも」 「うまいといいな」 「ほんとにねー」 花京院が笑いながらそう答えると、承太郎は眉を寄せて困った顔をした。エレベーターは昔ながらの古いもので、階数表示には金色の矢が使われている。これは古いというよりかはアンティーク調の飾りだろう。スイッチをおすと音もなくやってきた。 「それも正解だよ」 「間違っているというときもある」 「含まれない20%のうちで?」 「その通りだ。そのランダムさは理解できない」 「ふぅん、わかりやすいと思うけどね」 「花京院たちはそうだろう。脳というのは有機的回路の集まりだ。無機で作るのは難しい」 「有機と無機の違いなんてあってないようなものじゃないか」 エレベーターに乗り込みながらそう答えると、承太郎は無表情で、ともすれば真面目ととれるだろう顔で口を開く。 「それは違う。正確には無機とも有機ともとれない物質が存在するにすぎない。グラデーションのようにはなってはいない」 「そうかな?」 「データはそうなっている、が、それも古いものには違いない。花京院が望むのなら近々アップデートをしてほしい」 「現代用語の基礎知識みたいな?」 「そういうものがあるのなら」 エレベーターの扉が開く。一階はホテルの廊下と違って吹き抜けになっている。御影石の床がフロントの前に下がっているシャンデリアの光を反射していた。 現代用語、というよりも若者言葉みたいなものでしゃべる承太郎を想像したら噴出してしまった。 「花京院?」 「いや、ごめん、アップデートはいいや」 「そうか」 2.三部的な出来事とかが起こったんです。徐倫はスタンドなし。花京院は使える。 カキョーインはいいなぁと、あてつけるように徐倫が言った。花京院は自分の家のリビングでコーヒーを飲んでいたところだった。徐倫は柔らかな青いソファに座って、アルコールを飲んでいるようだった。安そうな缶のきらめきが花京院の目を射る。 「いいなぁ?」 「昔は親子ですかー、なんて聞かれてたのにさ、いまや恋人ですか?ってやめて欲しいっつーのよ、どっちもお断り」 酒が入っているからか、幾分か断定的な口調で徐倫は息をまいた。彼女が花京院の家にくるのはそれほど珍しいことではないし、一緒に出歩くといったことも、それこそ彼女が小学校に入る前からやっていることではあるのだが。 「ひどい言い草だなぁ」 「私の父さんは一人だけなのよ、恋人は…まぁ、カキョーインじゃないことは確かね」 「まぁ、君と僕は年が離れすぎてるからね」 「そう、今いくつ?」 「君のお父さんと同い年」 どっちの?と徐倫は聞いた。花京院も徐倫も時折不用意にその話題に触れる。まるでかさぶたを剥すような行為に痛みにも似た快感を覚える。いやそれはもしかしたら、彼によってもたらされるもの全てが二人にとって良いものであるだけなのかもしれない。 「生きてたら、のほう。だって僕は君のお父さんと同い年だったんだからさ」 「それで外見は変わらないんでしょう?詐欺だわ。二十代後半って感じ?」 そりゃ、まぁ、と花京院は首をかしげながら、積まれたレポートに目を通している。そんな花京院の姿を見ながらソファの上で寝転ぶ。あつーい、とゆらゆらゆれる天井に手をかざしてみるのを、花京院はほほえましいと笑う。 「全身アンドロイドみたいなもんだからねぇ」 「それが羨ましいってのよ」 「でも、脳は老化するしさ」 「それが何だって言うの?若さは全てを不問に処すでしょ」 姿は?と聞き返すと、そう、と徐倫はうなずいた。 「カキョーインの間違いだってね、不問に処されるのよ」 そういうと花京院は眉をひそめて嫌な顔をした。徐倫は反して優越感に包まれた。というのに頬は無様にも引きつって、表情は歪む。アルコールは自制心を取っ払うし、よくないのだ、と徐倫は夢うつつの頭で思ったけれど、それは思っただけで消えていく。 「大体カキョーインは何して暮らしてんの?」 「フリーのジャーナリスト。たまに研究」 「研究?」 「SPW財団超常現象部門における、空条博士の研究後継」 徐倫ははじかれたようにソファから立ち上がって、なにそれ、と低い声でつぶやいた。 「そのままだよ。君だって自分の父親がSPW財団に援助を受けてたのは知ってただろう。設立者が彼の祖父に多大なる恩を感じていたからって、見返りもなしに援助だけするわけがない。まぁ、これは、彼にとっても必要だったとは思うけど」 意趣返しだ、と徐倫は思った。目がくらむほどいらいらとするのはこういう時だった。花京院の知っていることと徐倫が知っていることはいつもいつも大きな開きがあった。情報量において。 「大体超常現象部門って何よ」 「そのまんま。いわゆる科学では解明できない不思議な力とかを調査研究する部門。君の父さんの専門分野とは、まぁ、関係はないよね」 そういってこれ見よがしにレポートに目を通し続ける花京院に徐倫はため息をついた。最初につっついたのは自分なのだから、と落ち着こうと勤めた。別段矛をおさめたわけではないけれども。 「そうだな…ジョースターさんに聞いてみたらどうかな」 「おじいちゃんに?」 「もしかしたら教えてくれるかもね」 花京院は笑って結んだ。徐倫はもう一度、泣きそうな顔をしていると自覚しながら、花京院はいいなぁ、とつぶやいた。 いいなぁと幼くつぶやく徐倫に、花京院はいつも深く同意した。承太郎はいつも彼女のものだった。彼女と彼女の母親のものだった。花京院はいつも、あぁ、徐倫はいいなぁ、と思っていた。 生きている肌も髪も目も、その血筋も、顔も、瞳も、承太郎の娘というその立場ですら羨んだ。病的だと自嘲もしたが、消え去ることのない思いだった。それが消えるとまでは行かずとも薄れたのは、彼に罪の意識があるからだった。 「でもさ」 徐倫は気を取り直すためにだろう息を吐いてから花京院に話しかけた。花京院はいつも徐倫の言葉におびえていた。いつ糾弾されるのかと、恐怖して、あるいはそれを待ってもいた。崖のふちにいながら、早く突き落としくれと思うのに似ていた。 「カキョーインにバックアップが必要なのはわかるよ。それがウォーカロンなのは、ちょっと不思議だけど」 「あ、うん、そうだね。でも便利だよ、寂しくないし」 そう、と徐倫はかみ締めるようにつぶやいて、もう一度、でもね、と付け足した。 「でもね、どうして、外見を父さんにカスタマイズすんの?」 それは徐倫が長年聞きたいと思っていたことのひとつのだろうと花京院は見当をつけた。花京院がまだ自分の体を持っていて、承太郎も徐倫の父親として存在し、弓と矢やDIOの残党についてまわられていた頃には存在しなかった疑問のひとつでもあろう。 「それが花京院の希望だったからだ」 先ほどからずっと二人の会話を聞いていたウォーカロン、もとい承太郎が口を挟む。まったく物と同じようにそこにいたものだから存在をすっかり忘れていた徐倫はあからさまにぎょっとした後に、きりきりと目じりを吊り上げる。 「あー、もうあんたは黙ってて!大体、父さんはもっとかっこいいでしょう、カキョーイン!」 「えー…これでも、かなり費用かけてつくったんだよ。まぁ、確かに承太郎そのものではないし、永久に無理だけどさ、そういうのは」 「それはそうよ…でもカキョーイン、そういう問題じゃ、ないと思う」 正直、ちょっと気持ちが悪いと思うの、とつかれきった母親のように徐倫はつぶやいた。花京院自身罪悪感がまったくないかといわれたらそうではないのだが、薄れているのも事実である。おもわず作ってしまった当初は落ち込みも極限までいって、太陽が直視できなくなり、そろそろ鬱になるなと思ったところで、夢を見なくなった。 「でも…そうだな、僕には必要なんだよ。君には母親も、優しいおばあさんも、ジョースターさんもいるだろうし、かつてはその人たちはとっても僕に優しくて、そりゃもちろん今もやさしいけどね、でもそれは受け取ってはいけないような気がするんだよ」 「どうして?」 徐倫はわかっていて聞いた。花京院から懺悔や後悔を引き出すのはいつも徐倫だった。それは結局この二人が、本当の承太郎に対して抱く気持ちが似通っていたからだ。 「だって……うーん……僕が承太郎を殺したようなものだからね」 「いつも花京院はそういう」 「君がいつも聞くからさ」 だったら、と徐倫は口を開いた。酔いが頭の中をぐるぐるまわっているのだか、それとも興奮からさめてしまっているのだが、全くわからなくなってきた。レポートにいつの間にか花京院は目を通し終わっている。 「何があったのか、いい加減教えてくれてもいいと思う。誰も、言ってくれない。どうして父さんは死んだの?どうして花京院は体を失ったの?父さんはどうしてそんな研究をしていたの?ねぇ」 徐倫は花京院に問いかける。 「どうして、父さんは死んだの?花京院は、何をしたの?」 花京院は笑ったまま、おそらく答えない。 3.思い出よりも美しく。っていうか、記憶が事実を歪ませる、けどだからなんだ。 「でもね、本当に父さんはもっとかっこいいと思うのよ」 「徐倫、君の思い出が美化されすぎてるだけなんじゃないの?」 「カキョーインも相当だと思ってるんだけど。カキョーインの思い出の中の父さんって…なんか…こう…」 「…なら、映像見てみようか」 「…え、そういうの持ってるの?」 「君の家にはないの?」 「あるけど…違うわよ、私がいいたいのは、どうして花京院が父さんの映像持ってるのかって話よ!」 「あー…えー…そう、あのね、徐倫、僕と承太郎は何年の付き合いだと思ってるんだい、写真のひとつや二つ、映像の三つや四つあるさ、なかったら承太郎が作れなかったじゃないか」 「そうだけど、ってなんか納得いかない」 「まぁ、とにかく承太郎に探してもらおう」 「あー…本当に、父さんと同じ名前でそのウォーカロン呼ぶのやめてよね!紛らわしい」 「…この姿をした物体を承太郎以外どうよべと…」 承太郎がもってきてくれました。というわけで二人で鑑賞しました。徐倫の誕生パーティのときの映像でした。 「…」 「…」 「うーん…これは」 「…花京院、認めるしかないわ、私たちは父さんを見くびっていたと」 「…まさか、思い出の中よりも映像がかっこいいとは」 「本当に、父さんはかっこいいわ」 「…なにか特別に変わっているようには思えない」 うっとりする二人の後ろでウォーカロンだけが首をかしげていたのでした。 |