バトロワパロ






 花京院は自分に与えられたそれをひどく恐ろしいと考えていた。真っ黒い拳銃は、花京院の手のひらの中にずっしりと重く収まっていた。換えの弾倉は三本あった。今中に入っている物を会わせて四本だ。一本に八発入っている。単純に計算して三十二発もっていることになるな、と花京院は考えた。
 殺傷能力を持っている武器が当たったことを花京院は素直に喜べなかった。能力があるということは誰かの命を奪うことが出来ると言うことだ。決定権があるということは、状況が選択できるということだ。選択は迷いを生む。迷いは隙を生んで、死はそこめがけて襲いかかってくる。
 もしも割り当てられた武器がなべのふた、とかそういうふざけたものであれば、花京院はドラクエかよ、と吐き捨てて思い切った行動をいくらでもとれただろう。主催者に立ち向かうことも、できたかもしれない。そうだ、生き残る確率が低いのであれば、みなで生き残る策を探すだろう。
 だが拳銃はそれを覆す。うまく使えば生き残ることができるかもしれない。それは希望だった。同時に、失敗をすれば後がないという絶望と焦燥感を連れてきた。
 恐怖で喉の奥が乾く。花京院はごつごつとした拳銃を額にあててから深く息を吸った。どうして自分たちなのだ。なぜ殺し合わなければならない。なんでこんなことをしなくちゃいけない。
 だが答えはやってこない。ただ、殺し合わなければならないという事実と、手の中の拳銃があるだけだ。
 知らない人間ならば撃とう。知っている人間ならば、相手を見て話し合おう。吸った息を深く吐いて、なにもかもを決心したように目を開けるとそれを待っていたかのように茂みから人影が出てきた。
「誰だ」
「俺だよ、花京院」
 引き金に指をかけて、茂みに銃口を向けると、両腕を上げた承太郎が出てきた。花京院は驚いてから、最初にあえたのが彼でよかったと安堵のため息をついた。
「最初にあえたのがお前でよかった」
「僕もだ」
 そう言って、銃口を下げようとして花京院はぎくりとする。こみ上げてきたのは恐怖よりもむしろ恐ろしいほどの焦燥感だった。
「あ、ちょっと、待って、承太郎」
「花京院?」
 もう一度花京院は引き金に指をかけて承太郎の顔に銃口を向けた。力をこめている。どこまで力を入れれば引き金が引けるのか、すこし恐ろしかった。
「おい」
 ぱん、と乾いた音がして、銃弾が承太郎の頬をかすめた。承太郎はその行動にすっと目をすがめて、ゆっくりと上げていた両腕をおろした。花京院はじりと一歩、銃口を承太郎に向けながら後ずさる。
 承太郎は花京院の様子をいぶかしげに見ながら、一歩こちらに踏み込んだ。
「止まれ」
「おい、お前」
「止まれって、言ってるだろ!」
 承太郎は花京院を見つめたから、仕方がなさそうにため息をついて、うつむいた。しばらく沈黙が続いて、承太郎が顔を上げると彼は笑っていた。ゆっくりと口の端が弧を描く、恐ろしい笑い方だった。
「なぁ、花京院」
 承太郎が一歩、花京院の方へと向かう。彼の足元の小石が蹴られて花京院の方まで転がってきた。
 承太郎が何を言おうするのと花京院が引き金をもう一度ひくのは同時だった。二発目の弾丸は撃った花京院本人が驚くほど正確に承太郎の左目を射貫いて、彼はがくんとのけぞった。真っ白い喉が見えて、心臓に悪い。
 もしも人間ならば脳を傷つけられて、あるいは銃弾の衝撃で脊髄が折れて死んでいる。だが承太郎はおろした右手で頭の後ろを支えながら頭を元の位置に戻した。左目のあった場所にはぽっかりと穴が空いて、木の断面とささくれだった表面が見えた。
「どこでわかった」
「首輪をしていない。頬の傷から血が流れない。大分間抜けだって言わざるを得ないよ」
 花京院の言葉を聞いて、承太郎は、承太郎の姿をした何かは、左手で口を覆ってくぐもった笑いを発した後に、我慢しきれないように大声で笑い出した。
 それからため息をついて、足下の小石を拾い上げた。
「間田はまぁ、ちょっと小心者なんだ。俺は確かに死なないが、傷がつけば治らない。銃弾二発とこれじゃあ、ちょっと割に合わないな」
 半壊ともいっていいような承太郎の顔を自分がやったのだと思うと花京院は胸くそわるい気分になった。拳銃なんかを持っている自分も、こんなことをさせたその間田という男も、まとめて殴り飛ばしたいと思った。そう思いながらも花京院は顔の壊れた承太郎に銃口を向けたままじりじりと後ずさって逃げる機会をうかがい続けた。
 もしも次に会う人間がいるのなら、それは承太郎がいいと半ば祈りながら。
 承太郎は笑いながら、もてあそんでいた小石を突然花京院に向かって投げつけた。それは唐突ですばやい動作だったので、引きずられるように花京院は引き金を引いてしまった。どこに当てるか考えずに発射された弾丸は固定されていなかった腕を衝撃で上へと押し上げた。
「まぁ、武器があるっていうのは」
 承太郎は銃口が上にむいたままの花京院に向かって飛び込んできた。花京院はしまったと舌うちをしたくなるが、そんなことをしている暇もない。彼はこちらに向かってくる。体格差は無視できない要素だ。
「こういう隙を生むよな。心理的な隙だよ」
 承太郎が左手を突き出してくる動きが見えて、花京院はとっさに殴られると考えた。もしくは首をつかまれる。つかまったら終わりだ、それは理性的なものでもなにもなく、ただの直感だった。花京院は承太郎の腹に向かって走り出した。後ろに駆け出せば背中を見せることになる。ならば前に向かったほうがいい。マウントポジションが取れれば、こちらには銃もあるのだ。
 承太郎は、花京院の行動に半分ぐちゃぐちゃになった顔のまま片目を見開いて、おかしそうに笑った。
「だから、こういう隙だよ」
 がっと、左手で彼がつかんだのは、拳銃だった。彼は花京院をなぐろうとしたわけでも、首をつかもうとしたのでもなく、ただ拳銃を奪おうとしていたのだ。承太郎の左手の指はすぐに引き金の間にさしはさまれる。
「引き金が引けなければ、銃弾は発射されない。抵抗を封じるには、まず武器を奪え、だ」
 しまった、と思う前にすでに銃はがっちりと彼につかまれていた。拳銃を離すことに花京院は一瞬躊躇する。
「そして、奪われそうになる武器に、人は執着する」
 その一瞬を狙われて、地面にたたきつけられた。目がちかちかとして、当たり所がわるかったのか、口の中から血の味がする。いつのまにか閉じている目を開けると、引き金に指をかけ銃口をこちらに向けて、承太郎が笑っていた。
 顔の上半分は逆光で見えなく、弧を描いている唇から笑顔なのが知れるくらいだった。
「花京院、不思議じゃないか?」
 いつ撃つのだろうと眺めていた銃口から銃弾はいまだ発射されなかった。承太郎の突然の言葉に、何が、とかすれた声で返す。
「さて、あの空条承太郎に、俺はどうやって近づき、そしてコピーしたんだ?」
 ぎくっとした。
 のどが冷たく乾いていく。その青ざめた表情がよほど面白かったのか、顔の見えない彼は、笑いながら、間田は本当に性格がわりぃな、と承太郎のようにつぶやいたのだった。
 花京院は今まで発射した弾の数を頭の隅で確かめるように数えていた。目の前の彼に二発、先ほど一発、本当に弾が装填され撃てるのか確かめるために撃った最初の一発、計四発撃っている。ということは弾倉にはあと四発入っているということだ。偶然にすがっても四発という確率はなかなかによけきれない。
 それに花京院は、自分に銃口を突きつける男の言葉にひどく動揺をしていた。
「どうやって?」
 男の言葉を問い返すと、引き金に指をかけたまま彼は体を震わせた。笑っているのだ。自分の上に馬乗りになっている体は固い木のような感触がして重みはあれど、暖かさはない。
「空条承太郎を間田はかつて殺そうとしたことがある。最初は自分の街から出て行くように仕向けるつもりだったらしいがな。うまくいかなくて殺さざるを得なくなった。ボールペンで延髄を突き刺すつもりだったんだとさ」
 オタクっていうのは、変な知識を持っていて怖いよなぁ。後始末も考えず実行するから始末もわるいしよ、と承太郎の声で仕方なさそうに喋り続けている。
「かつて?」
 彼が喋る時間がすなわち自分の生きていられる残り時間だった。むやみに引き延ばして何かあるのか、花京院にはわからなかったが、やらずに死ぬより遙かに良い、はずだ。
「そう、かつて。その頃の承太郎は、今の俺より、多少年かさだったみたいだな、お前の知るあいつは違うみたいだが」
 まぁ、どっちでもいいだろう、と承太郎はつまらなそうに目を細めて付け加えた。太陽が目を刺して涙が出そうだった。
「でもまぁ、空条承太郎と一緒にいた東方仗助に、倒された訳だが。それも相まって間田は嬉しかったみたいだぜ」
 何度か瞬きを繰り返すと意識しない涙が目の縁を越えてこぼれた。砂埃が入ったからかもしれない。承太郎はそれを認めてから、楽しそうに笑みを深めた。太陽の光にも大分慣れた視界は、承太郎のその笑顔を映し出す。
 承太郎の顔をした、何者かは息を吸う。
「あの」
 全くそれは承太郎に似ていない。彼はそんな風には笑わない。
 やめろ、と引きずり出した声に、満足げなため息を聞いた気がした。
「空条承太郎を今度こそ殺したんだと」
 あは、は、と切れるように笑い声がした。どきっとして確かめるように視線をやるとそれは承太郎の姿をした男の口から出ていた。乾いて、狂気じみた、どうしようもない響きだ。
「まさかって思うだろ。俺も思うよ、間田も思っただろう。まさかあの、空条承太郎が、間田ごときに殺される? 嘘だろ、この俺の、足下で冷たく横たわる男の体は一体だれのもんだって」
 花京院は反射的に彼を殴ろうとしていた。嘘だと、反射的に思った。聞いても何も信じられる訳がないこの目で見なければ、なにもかも。ならば、見てしまったら、どうしたらいいのだと、考えないように頭の隅に押し込めた。首から血を流して、背中を足で踏まれる彼の姿がどうしてこんなにはっきりと想像できるのだ。そうして次の放送で名前を呼ばれるところがどうしてこんなにも。
 花京院の動きに承太郎は、おっと、動くな、と呟いて引き金を引いた。ぱん、と耳元で衝撃がして、右耳の奥まで痛い。もしかしたら鼓膜が破れたかもしれない。あと三発、と花京院は祈るように思った。
 ぎゅっと、不意に承太郎が眉根を寄せた。
「これを俺に、言わせるんだから趣味が、悪い」
 それはひどく傷ついたような顔だった。こう言うのが本当に心底嫌で、けれど言わずにはいられないと、言っているような。
「だけど、さよならだ、花京院。あの世で本物の俺にでも会ってくるんだな」
 引き金にもう一度指がかかる。見なければ信じられない。けれど、もしも本当に承太郎が死んでいるのなら、生きようとあがくことは無意味に近い。花京院はそう思う。出来るなら、この承太郎の姿をした何かも、その間田という男も殺してからいければいいのだけれど。
 あと三発。花京院はもう一度脳裏で繰り返した。銃口は額の真ん中にあてられている。承太郎は花京院に馬のりになっているし、引き金は彼の指にかかっている。見逃してくれる気はなさそうだ。
 目をつぶることは出来ない。彼の、顔があまりにも痛ましい気がして、なんだか自分が彼にとって大事な物だったような錯覚を起こせて幸せだったからだった。
「さよならだ」
 落ちる言葉も、悲しげに聞こえて、花京院はひどく満足してしまった。銃撃音が、まるで宣告のように辺りに響いた。



「爪が、甘いんだよ、お前ら」
 お前もお前だと、そのまま声が聞こえて、花京院はいつのまにか閉じていたらしい目を開いた。すると目の前には承太郎がたっている。馬乗りになっていた彼はいつの間に立ち上がったのだろう。いや、今までの彼とその承太郎が決定的に違ったのは、頭からだくだくと血を流していた事だった。こめかみの切り傷からあふれた血がそのまま頬を伝い、顎に流れてしたたり落ちている。左手には、彼よりも幾分か小さい気絶した学生を引きずっていた。
 人間だ、生きている。
「何諦めて、目閉じてるんだよ」
 承太郎の言葉に、左を見れば飛ばされたらしい、顔の半壊した承太郎が横たわっていた。もう人形は肩も外れて、だんだんと人間の形を失っていた。花京院の頭の横に、ぽっかりと丸く銃弾の撃ち込まれた後があった。焦げ臭い匂いが今更して、感覚と血流が一気に戻ってきた。右耳がひどく痛む。
「じょう、たろう?」
 顎からしたたる血を面倒くさそうにぬぐいながら、承太郎はああ、そうだよ、と忌々しそうに呟いた。そして花京院の足下に落ちている拳銃を拾って、お前はいいものを当てたなと付け加える。
「というか、こういうもっともらしい武器もあったんだな」
 納得してしげしげと眺めている承太郎に、本当はもっと聞くことがあるはずだと思いながらも、花京院は君は違ったのかと、目を丸くして問うた。
「なべのふた」
「は?」
「俺に割り当てられたのは、アルミの鍋のふただったんだぜ」
 役に立たないにもほどがあると口をとがらせて漏らす承太郎の様子を見ていたら、花京院は、なぜだかひどく安心して大声で笑い出してしまっていた。