さよならさんかく、また来て四角 1













「っわぁ」
 なんだか悶々とした夢を見た気がする。
「良い夢分類?」
 いや、それなら一富士二鷹三茄子ってくらいがいいもんだ。こういうのは古い習慣に則った方がいいのだ、そうに決まっている。
 大体、日の出とともに起きられるわけがないのだとぼさぼさの頭に手をやって仗助は自分の部屋の天井を見ていた。リビングのテレビの音がわやわやと耳に流し込まれて、あけましておめでとうございますー、とかタレントの呑気な声が聞こえる。
 窓からはさんさんと長い光が差している。枕元の時計を見れば九時過ぎだ。昨日夜遅くまで起きていた割には早めに起きれた方だ。
 のそのそとベッドから抜け出し着替えてリビングに向かうと、承太郎がぼんやりとソファに座り込んでテレビを見ていた。普段あまりバラエティの類を見ない承太郎のその姿がなんとなく珍しくて仗助はぼんやりと永舞えている。
「なんだ、今頃起きたのか」
 こちらをじっと見ている仗助を不思議に思ったのか、承太郎は仗助を見遣って言う。仗助は、はあ、とぼんやりとした答えを返しながら、顔を洗ってこようかな、と考えていた。
「おはようございます」
 で、あけましておめでとうございます、と付け加えると、なんとも締まらない挨拶もあったもんだと、承太郎が呆れた顔をした。まぁ、確かにテレビに映し出されたバラエティ番組くらいは締まらない挨拶であっただろう。
「あけましておめでとう、仗助」
 お前、初詣行くだろう? と聞かれて頷いた。康一やらと行こうといったのは二日の事で、元旦は何の用もない。なら支度しろと、結構問答無用で迫られて、仗助は慌てて洗面台に向かった。
 ひやりとする温度にようやく目がいくらか冷めて、鏡に映った自分のぼんやりとしていた顔に苦笑してしまった。
「あけましておめでとう、かぁ」
 さて、仗助と承太郎が一緒に暮らし始めて、もうすぐ一年になる。

 東方仗助と空条承太郎は兄弟である。正確に言えば、戸籍上の兄弟で、連れ子同士の再婚同士、突然顔を合わせてこんにちは、というのが十年以上前にあった。親同士ははらはらとしたらしいが(当然だろう、仗助はまだ幼かったし、承太郎は思春期とも言える年齢で、問題なく受け入れられると思う方が無理でもあった)、二人はわりとすぐに仲良くなった。承太郎はまだ幼い仗助に不満をぶつけても仕方がないと割り切ったのか、それとも最初から問題にしていなかったのかは仗助にはわからないが、優しく接してくれていたし、仗助は仗助で兄弟がいればもっと自分の家は明るくなるかもしれないと幼心に考えていた、その理想の兄そのままかもしれないというのもあって、承太郎にはよくなついた。
 承太郎が成人して家を出てしまった折には、寂しくてたまらなかったし、仗助自身が家からすこし遠い高校を受けて、承太郎の家から通うことになった時にはやはり喜んだ。
 わりとおおざっぱな両親は、子供に手がかからなくなるのを喜んでか、年末年始は夫婦で旅行に行ってしまった。承太郎と仗助はそれこそ正月くらいは実家に帰る気でいたので、肩すかしを食らった感はあったが、それなら仕方がないという事で、特に代わり映えのしない正月を過ごしているのである、が。

「すげぇ人」
「まぁ、元旦だしな」
 明治神宮あたりまで行くのも億劫だと、近所の神社に仗助と承太郎はやってきたのだが、そこもすごい人手だった。出店が本殿前まで参道にそって続いている。餅つきもやっているらしく、大勢の人間で賑わって楽しそうではある。
「あ、あんず飴売ってますよ、承太郎さん」
「そういうのはお参りしてから、買えよ」
 本殿に行くまでの参道にところ狭しと並んだ出店にきょろきょろと視線を奪われながら、仗助ははしゃいでいた。なんだかんだとお祭りには心が躍る。承太郎を眺めれば、なんとなく楽しそうに見えて、お互い様だよなーとぼんやり思った。
 承太郎の言葉に、はーい、とのんびりとした返事をしながら、出店で物を買うのはお参りをしてから、というのは承太郎の家庭からやってきた習慣で、それでもこんなに馴染んでいるなぁと仗助は思う。
 人混みの間を縫って、本殿にたどり着くと、あまり暖かいとは言えない財布の中身からお金を取り出して賽銭を投げ入れる。
 二礼二拍手一礼なのよと、由花子あたりが言っていた気がするがどこから出た知識なのかわかりもしない。あいつの言うことは康一に喋ること以外は嘘と本当が半々だ。
 ぱんと手を打ち合わせてから、何を願うか何も考えていなかったことに気がついて、どうしたもんかと一瞬悩む。世界平和、家庭円満、恋愛成就? いやいや、今年も良い一年でありますように。
 振り返ると少し離れた位置で承太郎が仗助を待っていた。仗助は承太郎のそばまで歩いていきながら、へらりと笑う。兄弟二人で初詣なんてわびしいなと露伴あたりなら言うかもしれないが、そんなことはない。
「承太郎さん、お賽銭、いくら入れました?」
 そう言うことはあまり聞くなよ、と承太郎は呆れながらも四十五、と返す。
「四十五?」
「始終ご縁がありますように、で四十五は縁起がいいんだ」
 ちなみに十は遠縁で避けられているらしいぞ、と承太郎が付け加えると、仗助はえーという顔をする。
「俺、十円入れちゃいましたよ」
 まぁ、所詮験担ぎだからなぁ、と承太郎は笑う。
「そうかもしれないっすけど」
 しかし初詣に来るという行事が験担ぎ以外のなんだというのだろう、と仗助は考える。見上げると冬の薄い青空が見える。
「あぶないぞ、仗助」
 上を向いてぼんやりとしていたからか、人とぶつかりそうになった仗助の腕を承太郎は引いた。ぼすっと承太郎のコートにぶつかって、仗助は慌てる。
「あ、すいません、承太郎さん」
「謝るくらいなら気をつけてくれ」
 お前はただでさえぼーっとしているんだからな、と笑う承太郎に、そんなことはないっすよ、と仗助は返しながら、しかしなんだかこういうのはいいなと思っていた。

「失せ物」
「出ず。あきらめるが吉」
「旅行」
「時期は遅けれど、南西がよし」
「待ち人」
「来ず」
「学業」
「努力怠ることなく精進せよ」
「…なんか大吉って気がしないっす」
「まぁ、確かになぁ」
 一年を占うという意味でおみくじを引いた仗助の結果を読み上げながら承太郎は笑っている。人のおみくじだと思って、楽しそうだなと、すこし切ない気持ちで仗助は思った。
「学業のところは、別に当たり前の事が書いてあるだけだろう」
「そういう問題じゃないっすよー」
「正月早々厄落とししたって事にしとけ」
 笑いながら承太郎は仗助の手におみくじを返し、ついでに結んでいくか? と聞いた。
「大吉なのにっすか?」
「お前、そこにこだわるのか」
 承太郎はため息をついて、飴でも買ってやるから気を取り直せとまるで子供をあやすようにいう。
「いいですよー、自分で買いますから」
 おみくじを買って、出店でお菓子と葛湯を見繕い、家に帰ると部屋はぼんやりと暖かく、つけっぱなしに鳴っていたらしいテレビからは相変わらず、バラエティ番組が流れている。振り袖で着飾った芸能人が、笑いながらあけましておめでとうございますー、なんて朝と全く同じように喋っている。仗助はそれを眺めて、笑いながら葛湯をもったままの承太郎に振り向いて、改めて口を開いた。
「あけましておめでとうございます、承太郎さん、今年もよろしくお願いします」
「今年もよろしく」
 葛湯でも飲むか? とビニール袋を持ったまま承太郎が言った。





続きます