たばこ/web拍手












「好きか嫌いかって言われたら、普通かな?」
 花京院がなれない仕草でタバコをもてあそんでいた。一度ぬれてしけったタバコは太陽に乾かされて今は多少塩の味のするタバコに戻っている。承太郎は花京院がもてあそんでいる一本を取り上げる気にもならずに、ただお前はタバコを吸う奴だったかと聞いただけだった。
「吸わないよ。吸う機会はなかったですから」
 言いながら花京院はタバコを口に加える。なんだかしょっぱいと笑った。承太郎は花京院にオイルライターを投げると、花京院はそれを危なげなく受け取った。じっと石をするような音がして、ライターに灯がともる。救命ボートの上でタバコを吸うとジョセフは嫌な顔をするが、気がまぎれるのは事実だからしょうがない。飛行機から落ちて、香港からの船で、力のスタンドに襲われて、短期間で漂流三回目とは気が滅入る話でもあった。
 夜の闇の中で小さく二つ光がともっている。空には星が輝いていて、プラネタリウムさながらだった。それを楽しむ余裕も、時間としてはだいぶある。花京院と承太郎以外は、ボートのふちに頭をあずけてぐったりと気絶に近いように寝ている。
 花京院は一度深く煙を吸ってから、笑うように咳き込んだ。
「…やっぱり、はじめて吸ってみたけど、好きにはなれないかも」
 それでも花京院はタバコをもみけしたりはせずに、ただ銜えていた。時折先が赤く光るので吸っているのだろう。
「…吸わないに越したことはねぇだろうよ、別に」
 そう?と花京院は首をかしげてから、そうかもね、と一人で納得したようだった。銜えたままで、タバコのパッケージを見ている。海水でぬれてしわくちゃになり、文字を読むのはすこし大変だった。
「あんまり見ない銘柄を吸ってるんだね」
「そこらに売ってただろ」
「日本では、って意味で」
 タバコは綺麗な青色のパッケージをしていた。長さがすこし、日本のものよりも長くて、自販機にこの種類がおいてあるのを花京院は見たことがない。花京院の言葉に承太郎はすこし苦い顔をして、フィルターをかみ締めた。承太郎のそういう表情があからさまにわかることはめずらしかったので、花京院はすこし驚いて目を丸くした。タバコのパッケージに小さく書いてあるタール数は、結構重い。
 承太郎はそれについて、すこし言うか言わないか迷っていたようだったが結局沈黙が長く続いたのでしゃべることにしたようだった。花京院しかおきていない事や、時間が有り余っていることが、承太郎の口を滑らせた。
「親父が吸ってる奴なんだよ」
「あ、そうなの?」
 そうだ、とそれっきり承太郎は口を閉じてしまって、花京院は聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうかと少し焦った。そういえば彼の家には父親の影があまりなかったなとか、ジョースターさんもあまりそれについてしゃべらないなとか、いまさらながらに駆け巡る。
「ジョジョの父親って何をやってるんだい」
 ジャズ・ミュージシャンと端的に答えは返ってきたが、その声にはあまり親しみがこめられてはいなかった。
「へぇ、すごいね」
「どうだかな、俺には良くわからん」
 そういって、すこし忌々しそうにフィルターぎりぎりになったタバコを消してもう一本銜えた。長めのタバコは承太郎の指に良く似合っていると花京院は思う。東洋と西洋がうまく混在している横顔は完璧に近いまでにかっこいいので、彼の父親はどうなのだろうと首をひねる。タバコの煙は喉が妙に渇いてよくないな、と花京院はタバコをもみけした。濡れていまだ乾かない箱に吸殻を捨てた。
 なんだか、と花京院は笑ってしまった。
「君も人の子なんだねぇ、ジョジョ」
 花京院の唐突な言葉に承太郎は眉をひそめて、ため息をついた。当然だろうと言いたげで、そういう感想を引き出してしまったのは自分の言葉からだということもわかっていたので、余計に忌々しそうなため息になった。
 てめぇ、といいかけて、結局承太郎は口と閉じた。そんな承太郎の様子を見て花京院はますます笑みを深くする。海の上でぷかぷかと、ひとまず時間はおだやかだった。