盂蘭盆 雨は夜半過ぎにあがった。空気は湿気を含んで、それでも冷たく、承太郎は秋のような涼しさに目を細めた。花京院がいなくなると空気の密度が低くなってがらんとしているように感じる。寂しいのかと自問して、寂しいのかもしれないと自答した。雨は上がっても、雲は払えなかったらしく空を見上げても濃い灰色の塊が空を覆っているばかりだ。吹かれる風に目を細めた。 夢、とつぶやくと、思いのほか心細い声だった。 夜にホリィはお盆のために用意してほとんどを片付けて、きゅうりの馬は本当にどこにいったのかしらと首をかしげていた。馬は花京院が乗ってきたんだと承太郎は思った。花京院っていうのは、あの血まみれでつれて帰った奴のことだよ、すぐに倒れたからよく知らないかも知れないが、と承太郎の脳裏には浮かんだけれど口には出さなかった。どうしてだろうな、と言ったきりだ。 時計はもうすぐ十二時を指す。今日が終わる。 夢、ともう一度承太郎はつぶやいた。見られそうにないと思ったからだった。そんなものを見ることは出来なそうだった。自分が許せない、そんな風に許しを乞うのは、釣り合いもとれなければ、辻褄も合わなかった。 あたりは静寂に包まれていた。風にそよぐ草の音もしない。 不意に首筋の辺りが冷たい。蛇のような指がはっている。慣れしたんだ指の感触だった。細い指の形、食い込む綺麗な爪と、氷のようにつめたい指。 「ねぇ」 花京院の声が耳朶をうった。冷たく潤んだ声だった。 「僕ね、あきらめが、悪いんだ。お土産がいらないのはね」 君をつれて帰ろうと思ったからだ、と花京院が言う。首筋を絞める手には触れられる。だが力が強い。呼吸が出来ない。スタンドを出せと脳裏で誰かが言った。それを押しとどめる意志も同時に存在した。 「一緒におでんを食べようよ、承太郎。お金は僕が出すよ。夢なんか見なくてもいいよ、太鼓橋までは遠いから」 ねぇ、と声は甘い。あまりに力が強い。首が折れる。 時計はまだ十二時をささない。 空は晴れない。 |