第二夜/仗助






 承太郎さんはかっこいい。承太郎さんは強くて、正しい。承太郎さんは尊い。承太郎さんは可愛い。承太郎さんは愛しい。承太郎さんは大人で、頭が良くて、何でも知っているように振舞って、本当に全てを知っているみたいに喋る。
「承太郎さん」
「仗助?」
 少し右肩上がりになる口調の最後には疑問符がついている。
「今日も早いですね」
「ああ、だって」
 時計を指す、時間は待ち合わせの三十分以上前だ。
「お前がわからなくなると困るだろう。俺はお前を探して呆けるのはいやなんだ」
 承太郎さんは人の顔をおぼえられない。

 遅い夏がやってきて、生垣にバラが咲いている。黄色も赤もピンクも、小ぶりなものも大振りなものも、生垣に群がるように咲いていて生命力がそこからこぼれ出て何もかもなくなるように仗助には見えた。承太郎は仗助の隣を歩きながら、これからの季節の話だとか、人の声の調子とかそういうことを喋っている。
「今日はこれからどうするんだ?」
「あんま考えてなかったっす。お茶でも飲みますか?」
 それもいいなと答える承太郎さんの横顔を見ながら、どうしてこの人は人の顔をおぼえられないのだろうと考えた。正確には、わからないのだという。どういう事かと聞いた仗助に、承太郎は笑って答えた。
「こうやって咲くバラの花一つ、一つをお前は識別することが出来るか?」
 それと同じだと。
 承太郎は決して嘆いたりはしていなかった。嘆くのは仗助の仕事だった。仗助は承太郎の色々な感情、悲しみだとかさびしさだとかどちらかといえばマイナスの感情だった、を汲み取って発露するためにいるのではないかと思うことがあった。そのときも仗助は、ではこの人は待ち合わせに自分よりも遅れてきたら自分を見つけられないのかと、悲しい顔をしていた。承太郎はそれにすこしだけ困った顔をして、仗助の頭を撫でた。仗助は感情の動きはわかるのだと、ぼんやりと思った。
「傷がついていたならばわかる。枯れかけたバラと、今さいているバラの違いくらいは」
 けれども、似たものはわからない。同じ年代、同じ性別、承太郎は人の顔が覚えられない。正確には識別できない。けれど大丈夫なのだと承太郎はいう。
「声は覚えられる。手のひらの形も、顔以外に見るところなんてたくさんある」
 でも貴方は、承太郎さん、待ち合わせの時間のそれよりももっと前にくるじゃあないですか、と仗助は言えない。言えるわけもない。

「もうすぐ夏ですねぇ」
「ああ、バラもさいてるしな」
 仗助はふと思う。
 季節は感じられますか、俺といるのだと確信していますか、時間はどのように感じられますか、貴方は生きていますか。

 ここを現実に感じていますか、と。
 聞いても仕方がないとわかっているから仗助は口を噤む。他の話題を探して、お茶ならあそこに行きましょうきっと今頃はパンがやけた頃ですよと喋り続ける。
 誰だって夢の中でここが夢だと確信がもてるだろうか。まして現実の中で、ここが現実だと胸をはって言えるだろうか。
「そんな事は関係がない」
 と、承太郎さん、人の顔の、見えない貴方なら言うでしょう。

 承太郎さんはかっこいい。承太郎さんは強くて、正しい。承太郎さんは尊い。承太郎さんは可愛い。承太郎さんは愛しい。承太郎さんは大人で、頭が良くて、何でも知っているように振舞って、本当に全てを知っているみたいに喋る。
「仗助?」
 言葉の最後には疑問符がついていて、仗助は困ったように笑う。
「おいしいカフェがあるんですよ、承太郎さん」
 承太郎さんは人の顔がわからない。

 二夜目。