電波さん
電波には電波。
「明日はれるといいっすねー?」
「なんでだ?」
「だって晴れたらきもちいいじゃないっすか」
「ああ、なるほど。そういえばお前は何故空が青いか知ってるか?海が青いかだったかもしれんが」
「えー、そういうの理科の時間にやったかな、覚えてないっすねー、波長の長さがどうのこうのって奴でしたっけ?」
「波長の長さで空が青いのなら、何故夕焼けは赤いのか」
「やっぱり波長なんじゃないすか。赤は短いんでしたっけ?」
「違う、長い。そういえば赤紫は人間の幻覚だというが」
「ちょっと気持ちの悪い色っすからねぇ〜」
「虫にはタンポポは白く見える」
「そうなんすか?」
「空が青いからだ」
「突然なんすか、承太郎さん」
「海が青い理由だ」
「なんか屁理屈みたいですね」
「海が青い理由が空ならば、どうして空は青いのか」
「…なんででしょうね」
返り討ち。
突然だけど、承太郎さんが電波になった。電波になったというか電波を受信しだして会話が不能になった。猫耳が生えたり、子供になったりするよりかは幾分納得のいく出来事ではあるまいかと思ったけれど、やっぱりどっちもどっちだ。それに猫耳が生えたらびっくりするけど触ってみたいし、子供になったら可愛いんじゃないだろうかと思う。じじいは電波を受信する素敵なラジオもどきの承太郎さんを見ながら言った。
「寝て治らなかったら大変だのう」
「寝たら治るもんなのかよ!」
そういうのでとりあえず会話(というよりも意思疎通かもしれない、でも通じているような気も、微妙にしないでもない)が不能になった承太郎さんに話しかけながら寝てもらった。で、なんとなくまんじりとしながら待っている間にじじいから昔の話を聞いた。飛行機で墜落したとか墜落したとか、ケバブ食べたとか、脳の中身スタンドで見たとか、磁力でくっついてホモに間違えられたとか、それでばあさんに殴られたとか、あと人を子供にするスタンド能力者がいたらしいとか。
これはびっくりだ。なるほど承太郎さんが子供になったのなら、電波を受信することもありえるかもしないなと少し納得した。それにしたって、きっと、子供の承太郎さんは可愛かったと思う。間近で見ていたじじいはうらやましい限りだけど、でもそういえばこの人は俺の子供の頃とか知らないんだもんなーとか考えたら、なんともいえない気分になった。
じじいの思い出話は結構長かった。老人は昔のことはよく思い出せるというけれど多分本当なのだろう。究極生物カーズ、なんてもう凄すぎて笑ってしまうような敵の話をされたときは、スケールが違いすぎるものだと思った。老人の朝は早い、したがって夜も早い、はずなのだけれどもじじいは全然眠らなくて俺は朝まで話に付き合った。じじいの話の中ではいろいろな人が生きて死んでを繰り返していた。親友の話、スターリングラードで死んだらしいドイツ将校、彼の祖母、母親、SPW財団設立者、エジプトの旅の仲間の話。半分が死んだと言っていた。承太郎さんはそれをどう思っているんだろうと思ったけれど、聞いても今では答えてくれまい。なにせどこかのアンテナが木星あたりの電波を受信して、きっとわけのわからないことを言うに違いないのだから。
それにやっぱりそうでなくても、聞ける自信は全くない。露伴あたりだったらズバズバ聞いたりするのだろうか?
結局、承太郎さんは目を覚ましても絶賛電波受信中だった。別に普段と変わらない承太郎さんはでもやっぱり自分の変調には気づいているようで、外に出ようとはしない。これを知っているのは、突然会話が通じなくなったときに一緒にいたじじいと、じじいがあわてて連絡を取ってくれた俺だけだった。一つだけ良い事があるといったらそれは、多分、普段はあまり喋らない承太郎さんがよく喋るというそのことだけに違いない。
電波には電波。
「空が青い理由をちょっと考えたんですけど、あれですよ、きっと木星の彼方から電波が送られてるからじゃないですか?」
「木星か、木星はいいな。何せ巨大だ」
「そうです。木星ですよ。ガスでなんか縞模様のあれっすよ。そういえば金星は赤いですよね。地球から木星は見えるんですっけ」
「見える。見えなければ電波は届かないだろう。ああ、しかしあれか、電波は不可視だったか」
「ちなみに承太郎さんはどんな電波を受信してるんすか、ヘルツ数を教えてください」
「キロメガギガテラベタエクサのうちのどれかだな。多分17あたりだ」
「メガあたりから人間には聞こえなさそうっすね」
「可聴領域を越えているから電波なんだろう。ラジオじゃないんだからな」
「ラジオで聞けるヘルツ数だったら聞きたいんですが」
「何を?」
「承太郎さんが絶賛受信中の電波をっすよ。それとも空が青い理由でしたっけ?」
「ああ、それはいいな。それはいい。お前にもアンテナがつけばいいのにな。もしくはこれがとれたらいい」
「これ?」
「細い細い三角形」
「見えないっすね」
「電波は不可視だ」
「可聴領域も飛び越えてるんすよね」
「傍受可能か?」
「多分不可能です」
「残念だな。困った」
「…明日、晴れるといいっすねー」
「何でだ?」
返り討ち。
のち、繰り返し。
青空の彼方から海色の電波。
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