ギャングパロ6.5





 多分最初は痛み。でもそれは感情とは繋がることのないただの感覚だった。痛い、痛い、痛いけれど、別にたいしたことでもねぇな。承太郎、と目の前で吸血鬼みたいな顔をした、動脈からでる血みたいな目をした、真っ白な蝋で出来たみたいな冷たい肌をした、男が笑っている。爪の先が赤いのは、大方ヴァニラにでも塗らせたのだ。それか己の血なのだろうと承太郎は思う。嫌な想像をしたと思って目を細めると、DIOは面白そうな顔をした。承太郎は息を吐く。痛いからじゃない、怯えているからじゃない、お前が嫌いだからだ。嫌いすぎて吐き気がするんだ。口からは痛みを堪えるうめき声が漏れる。
「麻酔か氷つかえよ」
「面倒くさいじゃないか」
「DIO死、ね」
 言葉が途切れたのは、DIOが耳にピアスを突き刺したからだった。ああ、このサディストめ。何がいいんだ、本当に。こめかみに力がこもるのをDIOはその冷たい手で優しくなでる。
「そんな事を面と向かって私に言ってくるのはお前くらいだろうな」
「それは俺がお前を知らないからだろうよ」
 ブラックアウト、薄明かり漏れる暗闇から、承太郎は出てはこれない。屋敷の外、館の外、には、何があるのか。銃の使い方、人の殺し方、DIOとの遊び方、遊ばれ方。母親、父親、家族に、知ってるけれど記憶がないから。実感の篭もった経験は全部全部痛ましいと誰かが笑う。テレンスだったかヴァニラだったか、ダニエルだろうか、一回だけあったことのある黒髪の女?甲斐甲斐しくも働くケニーGだっただろうか!
 ハッピーバースデー、承太郎。雨の降ったところを見たことが無い。館の外、屋敷の外、出たことが無い。あの大きく冷たい扉を開け放つ気力がいつもないのだ。迷路のような広場を抜けて、吹き抜けの天井にさわるほどの、赤茶色の扉のその向こう。ここよりも素晴らしいのだと、確実に知っているのに、DIOが言うのだ。ここから でていっては いけないよ。
「もう一つだな、承太郎」
「ばかか、てめぇ、死ねこのやろう。麻酔か氷でもつかえよ」
 緑色のピアスは私が選んだのだよ、承太郎。石は良いものを、土台は金で、お前の為にお前の為に。そう囁きながらDIOはその力で、もう一つ。痛い、痛い、痛いけれど、たいしたことはねぇ。
「そんな事を私にいうのはお前くらいであろうよ」
 つめ先が赤いのは、申し訳程度に流れる血のせいなのかもしれないと承太郎はおもう。大した事はないし、気をつければ化膿もしないだろう。DIOはすこし斜めになってしまったな、などと呟いてもう一度抜いて、またそれをのめりこませる。呻いても仕方ないのに、痛みは勝手に身体を反応させるのだ。だがそれは感情とは決して繋がらないただの感覚にすぎない。
「だっててめぇは死なないからな」
 こんな言葉もDIOの好む遊びの一つにすぎないのだ。

 母親、家族、祖父、雨、晴れ、太陽、海に噴水、鳩や…知っているのに記憶にない。実感の伴う経験は痛々しいものばかりね、こんなところで、と誰かが笑うのだけれども、やはりそれもDIOの遊びの一つにすぎないのだ。
「Tanti Auguri a te」
 お誕生日おめでとう、承太郎。お前が立派になったからここ数年分をまとめて、なんて、馬鹿にしたようにDIOが言う。お礼の言葉はと催促されて吐き出すように答える。
「di molto grazie,Sig」
 足元では黒髪の女が死んでいる。