ギャングパロ6





1.DIO
 子供が一人ベンチに座っている。足をぶらぶらとさせて、鳩のむらがる広場でだまっている。近くに親らしき人間がいないというのに、子供はそれに不安を感じているようには見えなかった。DIOはその様子を噴水を挟んだ向かいから何ともなく見ていた。申し訳程度に生えた樹木がDIOの肌に木漏れ日を投げかけて、ちりちりと痛んだ。元からあまり日光は得意ではない。赤い瞳には太陽の光は眩しすぎるのだ。
「珍しいですね」
 DIO様と揶揄した調子でも、尊敬をこめた風でもなくダニエル・J・ダービーが話しかけた。DIOは鷹揚に笑って、何を答えるでもなかった。ダービーもDIOのその様子を気にすることもなかった。彼の弟であればそもそもこんな風に話しかけはしないだろうが、だからといってダニエルも決してDIOの機嫌を損ねるようなことはしない。
「何を見ているのですか?」
 もう一度、ダニエルは質問をした。陽の光は肌や目に多少の痛みをつれてきたが、それ以上にDIOは気分がよくダービーの質問に答える。鳩はくるくると鳴いて、噴水で水を浴びている。
「あの子供を」
 見ている、と。ダービーはその答えに少し怪訝な顔をしたが、それ以上追求してもDIOは答えないだろう事がわかって重ねて質問はしなかった。藪をつついて蛇を出すのは、DIOの下につく誰もが恐れていることでもある。子供は不安げな顔一つせずただベンチに座っている。多少東洋の血が入っているのか、少しだけ目だって見えるし、子供の顔は贔屓目にみても整ったものだった。噴水の光をあくことなく見ているのか、緑がかった瞳がこちらをじっと見ているように見えた。
「ジョナサン・ジョースターと出会ったのは私がまだ十代の時だった」
 その告白はあまりにも唐突だった。ダービーは聞いているのだとDIOに伝えることで、今DIOが語りはじめた話をさえぎるのと、何も反応を返さないのとどちらが危険かを考えて、結局は何の反応も返さないことを選んだ。DIOは反応が返ってこないことをさほど気にしなかったようだった。
「時代はまさに過渡期だった。没落していくもの、成り上がるもの。ジョースター家はまさに没落し消え行くものの代表のようだった。奴隷の上に成り立つ優しさ、その慈悲、ジョナサン・ジョースターはまさしくその精神を受け継いだ人間だった」
 DIOの生き方や育ちを知るものは今となっては少なかった。彼はあまりにも長く、変わらぬ姿で君臨し続けている。ダニエルの親のそのまた親から。彼らは小さな頃からボスの恐ろしさや偉大さや、その求心力を聞いて育った。刷り込みのように、だから誰も逆らえない。このような長い間にわたって、そのカリスマを誰も疑わないところはDIOの才能なのだろう。
「彼は私と正反対だった。いや、正確には私といたからより純粋になったとも言えるだろう。彼は全き聖人だった、私の悪辣さを映し出す鏡だった」
「気に入らなかったのですか?」
「いや、私は彼を気に入っていた」
 目がな、とDIOは呟いた。目が美しかった。
 DIOは目を細める。
「彼は自己を尊いものだと考えていた。またそれ以上に人々が尊いのだと。私は彼に善性を見た。見ずにはいられなかった」
 子供の下に一人の女性が近づいた。おそらく母親なのだろう、会話が漏れ聞こえる。心配したのよ、はぐれるなんて。
「汝の敵を愛せ、汝を害する者のために祈れ」
 DIOが呟く。そして笑った。
「時折私は彼が本気でこんなことを言い出すのではないかと思った。あまりにも彼は稀少で尊かった。気味の悪いほどだ。そしてのたれ死んだ」
 美しい女と結婚したばかりだったのになぁと、DIOは付け加えた。彼の視線の先では子供と母親が何かをしゃべっている。そんな様子を見ながら、ダニエルは言いよどむ。何を言ってよいかまったく見当がつかなかったからだ。
「愚かな男だ。私が殺した」
 それは全く自然な言葉だった。DIOにとってその事実など、食事を取ることとどう違いがあるのかと思わせるほどの軽さで、違いなど存在しないことをダービーはわかっていた。
「DIO様、あなたは彼を」
 気に入っていたのではという続きはDIOの言葉でさえぎられた。
「いいや、憎んでいた。気に入ってはいたが」
 そう答えて、一言付け加える。
「あの子供と目がよく似ていた」
 小さな声でDIOは笑った。彼の笑い声はいつでも背筋が凍るものでしかない。ダニエルはなんとも答えられずに、口元で手を組んでくるくると騒がしい鳩を眺めた。陽光の穏やかな幸せな午後の広場だ。
「ああ、しかし遅い」
 取引相手の登場の遅さに、DIOはつまらなそうに目を細める。ダニエルは乾いた唇を舐める。
 DIOは現れた相手をあっさりと殺して、抗争が巻き起こる。

 水面下で巻き起こったそれは結局郊外の孤児院一つの倒壊とともに終わりを告げることとなった。


3.ジョセフ・ジョースター
 その抗争は小さなものから大きなものまであらゆるものを作り変え置き換えた。DIOはDIOで数十人の部下を失い、その代わりにあらたな客と商品を得た。臓器売買の拠点を一つ失い、代わりに麻薬の工場を得た。子供を一人拾い、また奪った。
 ジョセフ・ジョースターは娘と孫を失い、数年たってから妻を得た。子供が出来た。名を仗助と名づけ可愛がった。仗助は自分に良く似ていた。この頃になってジョセフはようやく行方不明の孫は死んだのだろうとけじめをつけた。一歩先が暗闇かもしれないのなら、また一歩先も光なのかもしれないと信じた。
 それから更に数年がたって、彼は一人の子供を見た。青年にはまだぎりぎり届かないがしかし少年でもなかった。緑色の瞳をして、すこし背伸びをした風なスーツを身にまとって、DIOの傍らに佇んでいた。瞳は乾いて何の感情も見出せず、これは極論ではあるがヴァニラと似通うものが見出せた。
 ジョセフの経過報告は順調だった。彼はカポとして武器密輸のチームを組んでいた。じりじりと緊迫感を高めつつある国境線などいくらもあり、疲弊して崩れていく戦線などどこにでもあった。DIOはそれを聞きながらひどく上機嫌だった。報告書を読み上げる自分の声もまた傍らの人間と同様に乾いていた。だが脳裏では一つの可能性がわんわんと騒いでいた。もしかして、あれは、いやしかし。
 状況は何もかもろくなことにはならなそうだった。ジョセフ・ジョースターはDIOのことを詳しくは知らなかった。知らなかったというよりも彼は一つの適した言葉を持っていた。DIOは悪意だった。そしてそれが全てだった。あとは彼に付随するおまけに過ぎないのだ、彼は彼の悪意を持って生きている。それを活かす才能を全て持っている。
 ジョセフはもう一度脳裏で繰り返す。あれは、いや、しかし。承太郎ではないだろうか。傍らに立ったまま彼は何も言わない。DIOはまるでその人間がいないかのように振舞う。
「わざわざご苦労だったな、ジョセフ・ジョースター」
 傍らにたつ男が目を細める。それに縋っていいのかどうか、ジョセフにはわからなかった。そして部屋を後にする。
 その後一度、ジョセフは彼に会うことになる。話しかけ、彼は恐る恐る確かめる。お前の名前はなんなんだ、答えてくれ。男は眉をひそめて嫌そうな顔をした。ボスの部屋で会ったときよりも格段に表情が豊かだったがそれでも冷たかった。あんたに答えなきゃいけないことだろうかと男は答えた。瞳の奥には嫌悪が渦巻いていたが、それはジョセフに向けられたものではなかった。いいや、いいんだとジョセフは答える。あんたはわしの孫に似ているんだ、もう死んでしまったのだろうと思っているが。男はしばらく考えて、あんたに家族はいるかと聞いてきた。ジョセフが何故そういったのかといえば、やはり確信があったからとしか言いようが無かった。彼は口を開いてつぶやいた。かつていた、みな死んだよ。それは悪いことを聞いた、と男は言った。罰の悪そうな顔をしていて、その顔は自分の下から娘を奪い去ってもういない男の顔に少し似ていた。いいや、だが今は新しい家族がいるんだ。子供もいる。
 大事にしてやってくれ、と男は平坦に呟いた。そうして名前を名乗った。
 それはまさしく彼の孫の名前だった。ジョセフは雷に打たれたような衝撃を浴びせられて思った。そうだ、DIOは悪意なのだと。男と孫は似ていなかったとも似ていたとも取れた。だが子供の頃の雰囲気など欠片も残していなかったし、ひどくぎこちなく見えた。まるで仮面をかぶって動かされているように、感情の動きがぎこちない。一回まっさらにしたあとにあえて付け足したような、ゆっくりとした反応。
「ジョセフ・ジョースター」
 男はジョセフの名を呼んだ。DIOとよく似たイントネーションだった。もたらされたものはただただ圧倒的な驚きだった。孫は生きていたのだという、喜びではなかった。


4.花京院
 その抗争の話は人から聞いた程度にしか花京院は知らなかった。まだその頃彼は安穏と暮らしていた。安穏というのには多少の疑問が残るが精神の不安と引き換えに得た衣食住はそれなりに彼の生活を向上させていた。単純に彼はその頃孤児院で暮らしていたのである。
「孤児院?」
「いやもう酷かったね、シスターは良い人なんだけど、人の善いところをすこし信じすぎてる感じ?上級に殴られる蹴られるは当たり前だもん。マンホールの中で暮らすのよりは多少はましって程度で」
 食べ物には困らないし、犯罪は犯さなくてすむし、ちゃんと寝られるし、お風呂とか入れるしねぇ、と花京院はなんでもない風に付け加えた。つまらなさそうにそれを聞いている承太郎はやはりつまらなさそうに煙草をくゆらしている。
「君には想像がつかない?」
 笑ってそう聞くと、承太郎は何かを思い出すようにしばらく黙ってから、いやとだけつぶやいた。その言葉が肯定か否定か花京院にはわからなかったしどちらでも良かったので笑ったままでいた。グラスの中の水晶みたいな氷がとけて鳴る。
 孤児院はなんてことのない郊外にあって、広大だった。庭がすばらしく広く、鬼ごっこやかくれんぼをやると絶対に見つからない人間が出て、夕飯時に泣きながら帰ってくるか、一年に一、二回行方不明になったままだった。
「川が流れてるんだけどね、下流で見つかったりしてたよ、死体で」
「…そりゃまぁ…斬新だな」
「でも出るほうが稀だったからね、夏の肝試しには困らなかった」
「たくましい」
「鬱憤が溜まってるんだよ。で、それでまた行方不明者が出るんだ」
 懲りないなと承太郎が答えた。そうだよねぇと花京院は笑う。
「結構なペースで人が入れ替わるからね、毎年あるんだよ、そういうの」
 孤児院はちょうど郊外の緩衝地帯にあった。縄張りのその線周囲一キロの真っ只中。どちらのファミリーについていても不思議ではなかったし、臓器売買は金になるから案外中立の立場でもとっていたのかもしれない。お金のある方が私達のお客様です、というのもありえない話ではないだろう。
「でもまあ、その抗争の余波でつぶれちゃってね、文字通り。爆弾どーんで床抜けて、屋根も倒壊してみんなぺちゃんこだよ。地下に大きな空間があったんだ。それで生き埋めになって死にました」
 みんな一人残らず。
 花京院は笑ったまま、承太郎の口に咥えられた煙草を手に取った。フィルターぎりぎりまで吸うのはよくないよーだなんて笑っている。
「いやぁ、丘の上で笑うボスの姿と言ったらいっそ神々しかったね、だってレスキューとか呼ばなかったからね。周囲一、二キロ四方何もないんだし」
 DIOのそんな姿が容易に想像できたのか大仰に眉をしかめて承太郎は嫌な顔をした。
「ああ、アイツなら喜び勇んでそこにいただろうさ」
「偶然が好きな人だからね、偶然そこにいて偶然生きていた子供を拾ってくれました」
 丘は緑がしげってまるでヒースのようだった。風が吹き荒れて爆薬の匂いを弾き飛ばして、漆喰の砕かれた欠片が花京院の前にころころと転がった。うめき声がどこからか聞こえてきて、涙が出てきたがそれは悲しみからのものでも、まして憎しみでもなく、また安堵でもなかった。ただの生理的な反応だった。
 DIOはまだ小さな花京院を目に止めて笑った。彼の後ろにはまだ若い東洋人がいて、DIOに何か話しかけられると花京院のほうへと歩いてやってきた。そうして手を差し述べていった。一緒に来るか?
「もちろん僕は頷いた。どこも変わらないからね」
 彼はやさしい人間だったが、であって数週間でいなくなり、花京院はまったく別の人間の世話になることになった。そこで彼は生きていく手段の殆どを手に入れた。
 そうかと承太郎はやはり興味の無いように呟いた。花京院は依然笑ったままで、グラスから酒を飲む。
「君はその頃何をしていたか覚えているの?」
「普通に暮らしてたさ」
 普通に?と花京院が聞き返すと承太郎は頷く。普通って何?と重ねて問うと承太郎は肩を竦めた。なんだかんだと二人もアルコールに巻かれているのかもしれない。
「覚えていないからそう思うだけだ。きっと覚えなくてもいいくらい平凡な期間だったんだろう」
「君は記憶力がいいのに、覚えていないなんてことがあるんだろうか」
「人間誰しも全てをおぼえてなんかいられない」
 でも君は、と花京院は続けた。でも君は真っ白じゃないか。自分の誕生日は覚えている? 母親の顔は? 花京院は緩やかに歌うように喋る。その緩やかさは性急さよりもよほど性質が悪くて、承太郎は息がつまる。花京院はそんな様子を見て答えを求めはしなかった。そういえば、と小さな声で言う。
「君を狙う人間は多いよ」
「何の話だ」
「アンダーボスはね、ボスの直属を嫌うものさ」
 好きでなったわけじゃねぇよ、と吐き捨てるように承太郎は言う。花京院はそれを聞いてけらけらと笑った。
「服従の掟を破れはしない、構成員ならなおさらさ」
 今はまだ表面化しない。もしかしたらこれから先もしないかもしれない。なんたってボスはあらゆる意味で完璧だからね、アンダーボスも今は何代目なんだっけ?
 花京院はくすくすと笑う。
「お前は」
 承太郎は煙草を取り出しながら、そう呟いた。咥えて、ジッポを取り出す。金色の使い込まれたものだった。
「勘違いしないで欲しいのは、僕は君の敵じゃないってところだよ」
 だから、とライターに手を添えて奪った。承太郎は抵抗をしなかった。くるりと回すと底に二つ穴が開いている。ジッポをあけると弾奏がある。蓋を閉めると引き金が出た。単純な造りのものだった。
「それで殺されるのはちょっとね」
「いや、それで足止めをして逃げようと思っていた」
 22口径の小さな弾じゃ、人を殺しきれないからな、とふざけたように呟く。花京院も答えて笑った。ジッポをテーブルに置いて、けらけらと笑い続ける。またグラスの中で氷がなった。
 そういえば、と花京院は囁いた。
「君と最初に会ったときも、君はこれをもっていた」
 そうして、子供を殺したんだ。
 承太郎は笑う。記憶力の良い彼は、忘れてなどいない。誕生日も母親の顔も、思い出せはしないのに。


2.DIOと花京院
「私は楽しみを奪われるのが嫌いだ、承太郎」
 花京院は呆然としながらボスの部屋の革張りのソファに座り込んでいた。彼の足元には女が血を流して死んでいた。ボスの傍らに立っていた男は小さなオイルライターで表れた子供を打ち抜いた。子供に近寄っていたDIOの顔には多少の血液がかかっている。DIOはひどく静かな顔で頬の血液を拭って、舐めた。
「悪趣味が過ぎる」
「子供を殺すお前も大概だ、承太郎」
「母親を殺させるなんて、悪趣味が過ぎる」
 子供は肋骨の間を綺麗に打ち抜かれて事切れている。それを認めた女は一瞬で目を見開いてから靴に仕込んでいた刃でDIOを襲った。花京院は女を撃ち殺した。女は予想もしない方向からきた衝撃に目を更に見開いて、それから笑った。ボスの思い通りにならなかった事がせめてもの意趣返しだったのだろうかと花京院は想像した。
 DIOはしばらく黙っていたが、立ち上がる。承太郎に近寄って、彼の懐から小さな銃を取り出す。短いバレルには英文が刻印されている。しばらく面白くなさそうに銃を弄ってから、DIOはおもむろに引き金を引いた。小さな弾は肩にあたって、承太郎はよろけて壁にぶつかる。
「私は、楽しみを邪魔されるのが嫌いだ」
 グリップでこめかみをなぐられて、彼はずるずると床に落ちる。二度、三度、引き金が引かれて、承太郎の身体が跳ねる。花京院は目の前で起こった一連の流れにただ口を閉じている。何が起こっているのかわからないのもあったし、その銃口がむけられるのには勘弁願いたい。
「…あぐっ!」
 撃たれた足を踏まれて承太郎が呻いた。DIOはそれでもやはりつまらなそうな顔していた。
「お前は良い子だろう、承太郎、私の手を煩わせないでおくれ」
 だがは声は優しく柔らかく、だからこそ気味が悪い。DIOは床に座り込んだ承太郎に、かがんで視線を合わせた。
「DIO…!」
 承太郎は呟く。諦めたような響きはなかったが、だが憎しみにとらわれたものでも、理不尽を嘆く声でもなかった。DIOはそんな承太郎を見て、楽しそうにため息をついた後に、テレンスを呼んできてくれと花京院に言った。
 どしゃぶりの雨が降り続いた最後の日だった。


5.仗助
 仗助が承太郎と初めてであったのは小学校にあがってしばらくしたあたりだった。前の日の夜にジョセフが突然言ったのだ。明日は孫が来るんだと。仗助の父親であるところのジョセフは仗助の周りの友達の父親よりも幾分か(というよりも大分)年が上だ。だからじじいはなるほど本当にじじいだったのだ!と多少の納得を覚えて、来る人間がどんな人間かを想像していた。
 自分は息子で彼は孫なのだから、もしかしたら弟みたいな感じなのかもしれない。今までどうして会わなかったのだろう。一緒に暮らすのだろうか。色々と想像をしたが、実際出会ってみたら自分より遥かに年上の男だったので仗助は正直な話かなり驚いた。仗助を見て承太郎はひどく穏やかに笑って、ああ、あんたに似ているよ、じじい、と呟いた。
 承太郎はそれから手を差し出して、よろしく、仗助と告げた。仗助はその手を握り返しながら、はじめまして、と返した。ジョセフが複雑な顔をしていたのを仗助は覚えている。承太郎のつるりと上滑りした目のことも。

「承太郎さん、今日は泊まってく?」
 久しぶりにやってきた承太郎に仗助ははしゃいでそう告げた。承太郎はどうだろうな、と穏やかに返して、ジョセフは泊まっていけばいいと笑いながら答えた。そしたら僕も泊まろうかなーと花京院が暢気に付け加える。
「花京院…さんは、帰ってもいいよ!」
「さんをつけても、満面の笑みがむかつくねー、仗助は!」
 包帯をした左手で承太郎は笑いながら仗助を抱き上げた。仗助、そんな事はいうもんじゃねぇぜ、と言われれば仗助はだまらざるを得ない。
「だが花京院も大人気ねぇな」
 承太郎の言葉に花京院はけらけらと笑う。
「いやいや、ついね」
 仗助はなんとなく釈然としないものを感じながらも、承太郎さんが泊まってくれるならばまぁいいや、と結論付けた。


2.5.DIO
 館が承太郎は嫌いだ。暗く湿っぽく、嫌な思い出しかないからだ。記憶は所々かけているし、DIO曰く甘やかしているらしいそれもべたついて気持ちが悪い。熱のせいで喉がひゅうひゅうと鳴っている。風邪ならば気楽なものを傷からの発熱だなんて、反吐が出る。
 同じ部屋でDIOが椅子に座っているならなおさらだ。
「承太郎」
 熱を出すのは好きじゃない。目の奥が熱くて脳が正当な判断を下さない。頬をすべるDIOの手のひらが冷たくて気持ちが良いなどどうかしているが、知らず頬を寄せてしまう。
「私はお前が憎いわけではないんだ」
「…てめぇ…」
 愛しているさ、愛しているとも、とDIOは囁く。館の明かりはどうして蝋燭なのだろう。ゆらゆらとゆれる影が、悪夢を引きつれてやってくる。泣き喚く子供も、懇願する母親も、脳をゆさぶる。
「だが、私の手を煩わせないでくれ、お前は」
 可愛いなぁと気持ちの悪い口調で言う。手のひらが冷たくて意識が曖昧になる。子供をどうして殺したのか、なにと重ねたのか。揺れ動く脳裏に記憶は答えないまま、DIOは笑っている。





時系列は番号順1.DIO→2.花京院とDIO→2.5DIO→3.ジョセフ→4.花京院→5.仗助で、仗助のがギャングパロ5の時点になります。