ギャングパロ5






 必要なものはそれほど多くないけれど、あったほうが良いものは多いと仗助は強く考えている。例えば好きな音楽だとか、自分の髪型だとか、客用のコップや食器や、まだ教えていない秘密を発見しておくことだとか、あとは、そう彼が前に言ったことを思い出しておくことも、それからそれを出来るようになっておくことも、喋っていなかった面白い話をまとめておくことも、どれもこれもあったほうが良い。
 おいしいごはんと陽気な雰囲気もその一つ。
「なんじゃ、仗助、朝から騒々しい」
「じじい、忘れたのか、今日承太郎さん来る日じゃん」
 顔を洗って歯を磨いて、部屋のものをあっちやこっちへとせわしなく移動していた仗助に声をかけたジョセフはしばらく考え込んでから、そうだったの、と呵呵と笑った。承太郎から電話がかかってきたのは、仗助が留守電を入れてから一週間と少したってきたころで、仗助はいつになく承太郎の来訪を喜んでいるようだった。いつもならば連絡を入れてから遅くても一週間以内には返信があるのだが今回はそれを過ぎてしまった上に一度延期になったので(なんでも怪我をしただとか、花京院が言っていたのをジョセフは聞いていた)、今日のこの日が待ち遠しかったのだろう。
 そんな事を考えていると、仗助が立ち止まってジョセフの顔を覗き込んでいる。ジョセフはなんじゃ、と笑って聞くと仗助はちょっと真剣な顔になった後にへらりと笑って力の抜けた声で言った。
「じじいのはくじょーものー」
 それを受けて、ジョセフもゆるく笑った。そうやってリビングで笑いあう二人の顔は親子だけあってなるほど良く似ていた。

 じじいよく聞け!と仗助は指をびしっとさして叫んだ。何年か前の冬の最中のことで、テーブルにはミネストローネが置いてあった。ラビオリの上にはチーズとパセリが乗っていて、それはジョセフの娘であるところのホリィの得意料理だった。
「なんじゃ、仗助」
 ジョセフはラビオリを口に運びながらそう聞いた。仗助は子供用のクッションの上に座っていて、半ば体をテーブルの上に乗り出す形だった。隣では花京院がそんな仗助の必死な姿に何か笑いのツボをつかれたらしく、声を殺している。ポルナレフは目を見開いてなんだなんだと事の成り行きを見守っていたし、承太郎は相変わらず表情を変えずにスープをスプーンですくっていた。
「俺はじじいのむすこじゃん」
「そうじゃなー」
 何を当たり前な、とジョセフは思いながら答えた。仗助は少し考えた後で、たどたどしく続きを喋る。
「でも、承太郎さんはじじいの孫なんだよな?」
「そうだな」
 ジョセフは大げさなほどに首を動かしながら答えた。これで承太郎がまだ幼く、仗助がいい年だったら何の疑問もないが、生憎承太郎はもう成人をしていて、仗助はまだ十にもなっていなかった。
「じゃあ、おれ承太郎さんの叔父さん?甥っ子?」
 あれ?と言葉にあるイメージに戸惑う仗助にジョセフはやはり呵呵と笑ってあってるぞ、と付け加えた。
「お前は俺の叔父さんだよ」
 仗助の隣にいた承太郎が、ふと呟いて、疑問に頭を膨らませている仗助をなでた。全く優しい手つきで、仗助はすこし体を強張らせて(それは尊敬する彼の琴線になにやら触れたらしいと思うからであったが)、しばらくして頷いた。頬を輝かせて、そうなんだとか、へへとすこし笑ったりしている。
「じゃあ、承太郎さんって俺の甥っ子?」
「そうだよ、叔父貴」
 なんだかそんな仗助が面白くなってきたらしい承太郎は、からかったようにそう答えた。仗助が新たな言葉におじき?と首をかしげているのをみて、ついに何かを堪えきれなくなった花京院が声を出して笑った。君達本当に面白いねぇだとかなんだとか。
「なんだよ、かきょういん!」
「ぅくく…!…こら、仗助、目上の人にはさんをつけるんでしょ?」
 そう花京院が言うと、根が素直な仗助は不満そうな顔をしながらも、花京院さん、なんだよ!と律儀に言い直した。花京院はそれに更に笑いを誘われてしまう。
「なんか、納得いかねぇ!」
「こら、仗助、落ち着け」
 半身を乗り出していまにも花京院に掴みかかりそうな仗助にポルナレフが言うと、仗助はきっとポルナレフを見返す。ポルナレフはあわてて、ひっくり返りそうになった仗助のミネストローネを手に取った。
「だってポルナレフおじさん」
「どうして、俺だけおじさんなんだよ!」
 大して年はかわらねぇのによーポルナレフさんだろと、ポルナレフはぐちぐちと言いながらラビオリを食べている。そんな風景を見て承太郎はかすかに笑っているとジョセフは思う。仗助はなんだか納得の行かない顔をしたあとに、そうだ!と思いなおして口を開いた。
「承太郎さんの、お母さんってどんな人だったの?」
 俺の姉さんなんでしょ?と仗助は無邪気に聞く。ジョセフは少しだけからだが強張ったような気がしたが、生来の気性がそれを覆い隠して、不自然とは取れない間の沈黙の後に陽気に口を開いた。
「陽気な子じゃったよ」
 だがそれは一言にしかならなかった。ジョセフは内心酷くあわてたような気持ちになって、お前によく似ていると付け加えた。仗助は首をかしげたが、それは本当だった。実の息子の承太郎よりも、仗助はホリィに似ていた。いや、それはホリィがジョセフに似ていて、そんなジョセフと仗助が酷く似ているからそう言えるだけなのかもしれなかった。
 仗助は面白くなさそうに、ふぅんと呟いた。そうして、そうなの?と横にいる承太郎に聞いた。承太郎は何かを思い出すように目を細めてから、しばらくして口を開く。
「あぁ、そうだな、お前と無邪気なところが似てるぜ」
 低く優しい声だった。
 それは、何年か前の冬の日の話だ。

 あれから仗助は、ジョセフにも承太郎にも決してこの類のことを聞かなかった。子供は存外に鋭いものだから、何か剣呑なものを読み取ったのかもしれなかったし、興味がなくなっただけかもしれなかった。
 ホリィ・ジョースター、あるいは空条ホリィについてジョセフが考える機会は今となってはもう少なかった。ホリィはジョセフの若くして死んだ妻との間にできた娘だった。彼女は妻によく似ていて、陽気で無邪気で優しく、親の欲目と笑われるかもしれないが美しかった。名前の通りに育ってくれたとジョセフは思っていた。
 やがて彼女は子供を生んだ。男の子で、名前を承太郎と名づけた。ジョセフははじめての孫を喜んだし、深く愛した。子供はすくすくと育って、母親や自分を呼ぶようになり、それは本当に幸せな日々だった。Una vita fortunata!その日々が続くとジョセフはもちろん思っていたし、疑うなんて露ほども考えなかった。当たり前だ。この人生のあと一歩先が絶望の暗闇だと一体誰が考える。なだらかに進む道はなだらかに終わりまで続いていると人は楽観的に信じ込む。
 けれど現実はそうではない。これも当たり前に、崩れるときは崩れてしまう。
 十六年前の夏のことだった。めずらしく蒸し暑い日が続いていた。抗争がようやく落ち着いて、水面下でざわざわと浮き足立ったそれが沈静化し、人々の顔も心なしか穏やかに見える晴れた日だった。ホリィはジョセフに軽やかに言った。夜に会いましょう、パパ、承太郎にも久しぶりにあって。そう、とても良いニュースがあるのよ!でもそれは秘密ね、会った時に言うわ。びっくりして!ご飯を作って待ってるからね!
 ホリィの声はいつでも弾んで無邪気で、聞いているだけで人の心を和やかにさせた。ジョセフは電話越しにわかったよ、楽しみにしとると伝えて電話を切った。目の前には怯えた男が一人居た。武器も何もかもを取り上げられて、震えて懇願していた。やめてくれ、俺は幸せに生きたかっただけなんだ、愛した女と結婚して子供を持って、穏やかに生きて、穏やかに死にたいだけなんだ。だってそうだろ?あんたもそうなんだろ?
 男はまるで壊れたように喋り続けていた。マフィアにはそれぞれ破ってはならない掟がある。絶対的に約束は遵守しなければならない。ジョセフは笑った。掟は絶対で、やぶれば死ななければならない。男の人生のためではなく、ただただファミリーの存続の為に。男は女を愛して、足抜けをしようと誓っていた。子供も生まれるから金が必要だと横領し、抗争のどさくさにまぎれて逃げるつもりだったのだ。しばらく男の声を聞いて、ジョセフは引き金を引いた。男は沈黙して、もう二度と喋らない。
 ジョセフは時折、彼を逃がしたならば全ては無かったことになったのではなかろうかと思った。だがそれは夢に過ぎないし、事実は決して変わることもない。
 その夜、ジョセフは彼の娘の死体を見た。綺麗なものだった。寝ているようだった。ベッドの上に綺麗に寝かされて、苦痛も無い穏やかな顔をして冷たかった。静かだったし、家の中が乱れた形跡もなかった。小さな銃傷があって、それは縁がめくれて星のように見えた。一発だけ、リビングの壁に銃痕がめり込んでいた。床には血だまりがあった。台所には作りかけの料理があった。ジョセフはただ孫が帰ってきたら一体どうしたらいいのかを考え続けた。だが、孫は帰ってこなかった。何年も何年も、ジョセフは打ちひしがれて待った。終いには、おそらくみな死んでしまったのだろうと思った。
 あの夜、男を見逃していれば、もっと違った生活もあったのかもしれないとジョセフは思う。ドアを開ければ、夕食の匂い、ホリィの陽気な姿と承太郎の声。そこでジョセフは永遠に知り損ねた良いニュースを聞くことが出来る。だがそれは夢に過ぎない。

 結局のところ承太郎は生きていたし、ジョセフは人生で二度目の結婚をした。子供も出来て、名を仗助と名づけた。仗助は承太郎にひどく懐いた。よく電話をしたいとせがむし、仗助と承太郎が出会ってから、承太郎はよくジョセフの家に来るようになった。承太郎と再会してからの数年間、時折やってくる承太郎を迎え入れるという形をとっている。
「じじい、暇なら手伝えよー」
 承太郎がやってくる日が今日、というわけで、仗助は朝から奮闘しているのである。ジョセフは笑いながら、暢気に返事をした。

#


 ジョセフの家は郊外の緑の多い地域にある。クリーム色の壁紙は太陽の光を受けて柔らかく、よく手入れの行き届いた庭が見事だった。長さをそろえられた芝の上に白く華奢なテーブルと椅子が一組置いてある。承太郎はその椅子に座って、自分の膝の上に仗助を乗せて、何かを教えているようだった。面倒見の良い兄と、素直な弟の幸せそうな風景に見えた。
「それじゃあダメだ」
 承太郎の声に仗助は首をかしげる。承太郎は仗助の手に触って、優しく握り方を正した。
「親指の付け根がグリップの後ろにちゃんとあたるようにしろ。照準がぶれる」
 そうでないと反動をまっすぐに受け止められないから、指を痛めることも多い、と付け加えると仗助は真剣な顔で頷いた。承太郎が仗助に渡した銃はPPKで、小型のわりにグリップが握りやすくなっている。威力はそれほど高くなく、男一人を一発ではおそらく殺しきれないだろう。
「安全装置は外していても、引き金を引ききらなければ大丈夫だ。逆に撃ちたいのなら最後まで引き金を引け。一発目は重いが、二発目からは軽くなる」
 ハンマーをコッキングしたままならば、シングルアクションと同じだ、と淡々と説明をして承太郎は仗助の手のひらに収まっている銃を優しく左手でなでた。その手は仗助がときどきはっとするほど優しくて、幼いながらも困る。首をかしげて、けれども銃に触れることは嬉しいので真剣に聞きながら頷く。
「承太郎さん」
「なんだ?」
 けれども仗助は承太郎の左手に巻かれた包帯が気になっていて、承太郎の説明が途切れたところで話しかけた。綺麗に巻かれていたのに、仗助がPPKを振り回したからか、引っかかって外れかけていた。ちらりと見えた傷跡はまだ治りきっていない。
「これ、どうしたんすか?」
「…ああ」
 仗助がそう聞いて初めて、承太郎は包帯が外れかけていたことに気がついて、仗助にPPKを持たせてするすると巻きなおした。随分と手馴れた仕草だった。仗助には甲しか見えずに、それはめくれて星型のように見えた。
「かみさまみたい」
「かみさま?」
 仗助がぽつりと呟いた言葉を承太郎はそのまま返した。仗助の言葉のふわふわとした感じに気持ちが引っ張られているのをぼんやりと感じていた。
「十字架にかかったときの、手の傷みたい」
 茨の冠、胸を刺されて、ユダヤ人の王よ。肩が外れて、横隔膜を肺が押し付け、息も出来ず、叫ぶ。かみよ、かみよ、なぜわたしをおみすてになったのですか。
 承太郎は仗助の言葉を聞いて、何故だか笑ってしまう。
「よく聖書なんか覚えているな」
「じじいがよく読むんだ」
 仗助の手の中にあった銃を承太郎は優しく取り上げる。承太郎さん?と仗助が不思議そうに聞き返した。なんと答えればよいものか、少しだけ困っているとジョセフと話していたらしい花京院がいつの間にかやってきていた。
「承太郎、ジョースターさんが呼んでたよ」
 振り返ってああ、と良いタイミングで来てくれた花京院に承太郎は内心感謝をしながら、仗助を抱えあげて庭に下ろした。家のほうを見ると、ジョセフが陽気に笑って手招きをしている。太陽はそろそろ空の真ん中に差し掛かる。料理中の良いにおいがして、承太郎は口の端を緩める。


「なんだよ、じじい」
「あー、すまんがすこし料理を手伝ってくれんか?」
 承太郎がキッチンにいたジョセフに声をかけると、ジョセフは粉まみれになりながらそう答えた。すでに生地はパスタマシーンで薄く延ばされて、後は具を入れて包むだけとなっていた。承太郎は、ああ、と答えて、ボウルの中に入っていた具を生地にのせて器用に包む。今日の昼はラビオリらしいな、と承太郎は手伝いながら思う。
 キッチンの窓から見える庭では仗助と花京院がなにやら話しているようで、あの二人は気が合うのだか合わないのだか承太郎にはたまにわからない。仗助を見ている承太郎にジョセフは気づいて、生地を伸ばしながら、最近どうだ?と承太郎に聞いた。
「かわらねぇよ。あー、でも寝床移した。DIOがうぜぇから」
 そうか、大変だなとジョセフは返して、それに承太郎はいや、と簡潔に言った。別にいつものことであるし、またそういう事も起きるに決まっている。もう本棚は置かないし、本も詠み捨てていこう。どうしようもなければ、この家に置いておくのでも良い、と承太郎はぼんやりと考える。
「怪我をしたと聞いたが」
「もう少ししたら治る」
 別にもう支障もない、と包帯の巻かれた左手をひらひらと振るとジョセフはそうか、と同じような答えを返した。しばらく無言でせっせと料理を作っていると、仗助の歓声が聞こえる。花京院がおでこをおさえた仗助を見ながらけらけらと笑っていた。承太郎は、仗助に先ほどまで教えていた色々を思い出して話しかける。
「仗助のやつ、筋がいいな。じじいは教えてないのか?」
「乞われたら教えるつもりなんだがな、どうもお前がいいみたいじゃよ」
 承太郎はそれを聞いてため息をついた。どうも人にものを教えるのは得意じゃないのだ。なれないし、どうしていいかわからない。
「じじいのほうが、向いてると思うんだがな。俺はスパルタで教わったしな」
 承太郎の言葉に反射的にジョセフは誰に?と聞き返しそうになって、けれども聞かなかった。
「そうか」
「ああ」
 元々承太郎はあまり喋るほうではないから、ジョセフといても何かをしたりしながら(今のように料理を作りながらだとか、ポルナレフと遊んでいる仗助を見ながらだとかだ)ぼんやりとしていることが多かった。次々と出来上がっていくラビオリをゆでる準備をしながら、承太郎の意外な手際のよさにジョセフは今更ながら驚く。
「随分と慣れた手つきで作るんじゃな」
 あぁ、と漏れるようなため息を承太郎がついた。
「母さんの得意料理だっただろ、よく手伝ったぜ」
 ジョセフは伊達に長い間生きていないから、動揺も綺麗に隠すことが出来た。ジョセフの娘、承太郎の母親、について二人が語ったことはそう多くない。だからジョセフは承太郎に、ホリィは死んだのだと伝えたこともなかったし、記憶のなかった承太郎がそれを今どのように受け止めているかもまったく知らなかった。
「そうか」
「ああ」
 承太郎も同じように、ジョセフがホリィのことをどの程度知っているかを知らなかった。承太郎の記憶の中にホリィの死体というのは出てこないけれど、死んでしまったのをおぼろげに知っていた。もしもジョセフがホリィのことをまだ生きていると思っているのなら、それがただの行方不明であると考えているのならそのままで良いと考えていた。今更、もう一度記憶を掘り起こすには今は何もかもが足りなかった。そして、承太郎が仗助やジョセフに会いに来るときは、いつも何かが足りない時だった。
「じじいが作るのと全く一緒で、ここで初めて食べたときはびっくりした」
 その言葉がまるで幼い子供のようで、唐突にジョセフは脳裏で小さな可愛い孫の延長線上に彼が居るのだと納得した。それに今はじめて気づいたような気持ちだった。だがジョセフは長く生きていて、動揺を押し隠すのなど容易かったから、そうかと陽気に笑った。
 ホリィ・ジョースター、あるいは空条ホリィは本当に無邪気で優しく、ジョセフにも仗助にもよく似ていた。いつのまにか庭で飛び回っている仗助とそれを仕方なさそうに追い回す花京院を見ながらジョセフは、承太郎はホリィが最後に言っていたあの良いニュースを知っているのだろうかとそんな事を考えていた。

 仗助は承太郎が行ってしまった事が不満なのか、やってきた花京院に向かって露骨に詰まらなさそうな顔をしていた。
「かきょういんー」
 やってきた花京院に向かってそう呟くと花京院はほほえましそうに笑って(その余裕なところがまた仗助には気に入らない)、仗助の額を人差し指ではじく。いてぇ、と目を瞑って叫ぶ仗助に花京院は更に微笑みを深くした。
「仗助、目上の人には?」
「花京院、さん」
 はい、よろしい、と花京院は笑って椅子に座った。仗助は今度は花京院の真向かいの椅子に座って、なにやらジョセフと承太郎のことを見ているようだった。花京院はそんな仗助の素直で一生懸命な顔を見ながら何をやっていたの?と聞く。
「銃の撃ち方ならってた」
「撃ち方?」
「グリップの握り方とか、安全装置の外し方とか」
 ふぅんと花京院は頷いて、わかりやすい?と尋ねた。仗助はそれに頷いて、優しいし、と付け加えた。花京院はなんとなくおかしくなってしまう。承太郎は年の離れたこの叔父になぜか甘い。
「俺、早く承太郎さんと仕事とかしてみたいなー」
 仕事?と花京院は首をかしげる。頭の中でどんな類のものが仗助にはイメージされているのだろうと考えたけれど、仗助の視線がまっすぐとジョセフと承太郎に向いているので、まぁ割としっかりとした想像なのだろうと花京院は思った。そしてジョセフのちょっとした仗助に対する過保護を考えてどうだろうかと思う。叔父に甘い承太郎や、息子を愛しているジョセフがそういう職業に仗助をつかせたがるとはあまり思えなかったからだ。
「でも、ジョースターさん許すかな?」
 花京院の言葉に仗助は一瞬目を見開いて、少し考えた後に落ち込んだそぶりで、俺、たよりないのかな、と呟いた。花京院は仗助のそんな素直さにほほえましいものを感じながら、そういう事じゃないと思うけどねと返した。快晴の空は暖かい陽光を注ぎ込んで、まったく風景は幸福そのものだ。
「多分ね、怖いんじゃないかな?」
 こわい?と仗助は首をかしげて呟いて驚いたように口を開く。
「じじいにもこわいことがあるのかー」
「なに、ジョースターさんは仗助から見ると怖いもの知らず?」
「うん、そんな感じ」
 じじいは、いつも陽気で楽しそうで、夜中も元気だし、ホラー映画見ても怖がらないし、淡々と仕事をしてる、と仗助は喋る。そうかな?と花京院は返しながら家の中でなにかを喋っているジョセフと承太郎を見た。ぎこちなくはない、幸せそうで、でも承太郎はこの家には帰らないんだよなぁと花京院は思う。仗助がいるからでもなく、居所がないわけではなく、でも何かが彼をここに引き止めないのだろう。
 二人の間をつなげる存在の不在を二人はどう感じているのだろうと時折花京院は思う。仗助の朗らかさは、いつか彼ら二人が言ったとおり、その人によく似ているのかもしれない。そしてそれを失うのが怖いのかも、とそこまで考えて花京院はため息をついた。いくらなんでも邪推がすぎる。
「大人になるとね、怖いものが変わるのさ」
「変わるの?」
 仗助の不思議そうな顔をみて花京院はほほえましく思い、つい頭をなでる。
「そう、変わるの」
 花京院がそういうと、仗助はしばらく何かを考えた後、じっと花京院の顔を覗き込んだ。仗助の瞳は承太郎と違って、綺麗な青色だった。ジョセフと同じ色している。
「俺、承太郎さんのこと好きだけど、承太郎さんはなんだかときどき困ったように見える」
「…へぇ…、何に?」
 花京院は仗助の言葉にすこし驚きながらそう聞き返す。仗助はうーんと小さくうなって、自分の心の中にあるそれに正しい言葉を捜しているように目を細めた。それから弱弱しく呟く。
「俺に、じじいに、この家とか、わかんないけど」
 ふぅん、と花京院は顎に手をついて答える。そして困ったように笑ってしまった。その言葉を自分が聞いても本当に意味がなくて、そんな花京院をみて仗助はもう一度首をかしげた。昼の料理の良いにおいが、二人のところに漂ってくる、優しい昼だった。