ギャングパロ4
がちんと間抜けな音がして、銃身に銃弾がつまる。ベッドに押し付けられて、銃口を頭に突きつけられていた男は喉の奥で息を飲んで高い声を出した。承太郎は舌打ちをして、銃を放り投げる。最近苛立つことばかり起こる。寝床を変えなければならないことや、休みだったはずなのにボスから降りてきた仕事とか、今こうしてまさに仕留める時にジャムる銃だとか。花京院ならば笑うだろうと承太郎は思った。考えられない僕ならば、ジャムるような手入れなんてしない、と。 ベッドに押し付けられた男は承太郎の表情の変化に少しの希望を見出したのか、関節を決められている体勢で暴れまわる。幾分か湿った音がして男の腕から力が抜ける。関節を抜きやがったと思う前にうつ伏せだった男は身をひるがえして、仰向けになり承太郎の額に銃口を突き付ける。 「死ねるものか」 それはそうだろうと承太郎は思う。それにこの反射神経はなかなかのものではないだろうか。こちらの銃は使えない。相手のそれはサイレンサーの付きのものであるし、承太郎は困ったなと眉をひそめて首をかしげた。銃口はその動きについていけずに、彼の額からすこし外れた位置にそれでもつけたままだ。 承太郎は銃を放り投げた手のひらで男の顔をつかんだ。ぎりぎりと握りつぶすつもりで力を込めると、男の指が震える。男の指は爪も剥がれて、きれいに折れていて、内出血でぶくぶくに膨らんでいる。男の指に引き金を引く力があるのかどうか、承太郎は考えなかった。 「なぁ」 ふと気が向いて承太郎は呟いた。顔を掴まれている男は喉の奥で呻いている。それでも承太郎の額に突きつけられた銃口はそのままだった。承太郎は懐に空いている片手を差し入れて銃を取り出した。それは彼の手の中にあると随分と小さく見えた。グリップが大きくて、もう彼にとっては扱いづらいような形をしている。 「最初に手にした銃をあんたは覚えているか?」 男は突然のその質問に驚いたのだろう。承太郎が頭を抑えていなかったのならばおそらくその頭をひねったはずだ。どうしてそんな事を聞くのだと。承太郎は特別、男の答えを期待していたわけではなかったので、引き金に指をかける。承太郎の指は男の指と違って爪もはがれてはいないし、折れてもいない。 「あんたはどうなんだ?」 男の声は彼の態度とちがって嫌に冷静なので、承太郎は眉をしかめる。舌打ちを一度して、男の顔を持ったままベッドから退いた。男の足は太ももあたりの骨が折れているのだろうか、膝より少し上から曲がってずるずるとシーツの上を擦り、それから床の上に落ちた。苦痛のうめき声に承太郎はご苦労なことだと思う。 なるべく苦しまずにというのがお前の信条なのかと一度DIOに聞かれたことがある。そんな事はない、ただ、そうするのが一番楽なのだ。変なところを撃って、そのまま部屋の中を駆け回られると掃除が大変だろうと思うだけだ。 「俺は」 覚えていないのだけれど。 承太郎は、男の体を持ち上げる。淡く優しいオレンジ色の光。くりぬかれた大理石の浴槽。蠢く喉と、痙攣する足。小さなその銃の、最初の引き金は重い。サイレンサーは付いていないので、顔を掴んでいた自分の手のひらのその上から承太郎は小さな銃を突きつける。 「この銃だった」 そう、らしい。 引き金は想像より重く、男は口の中を打たれてだらんと弛緩する。痛みだかに体が引き攣れて痙攣しているのを見て、承太郎はもう一度手の甲の上から銃弾を打ち込む。銃撃音はほとんど間抜けな漏れた空気みたいな音を立てる。銃の引き金は一発目よりも遥かに軽い。 痛いというよりは熱い己の手のひらからずるりと男の穴の増えた顔が落ちた。ミルク色の大理石の浴槽の中に横たわっている。承太郎はため息をついて、それから、どこに帰ったらいいのかわからなくなってしまう。 花京院は上機嫌にヴィーノを抱えながら、金属製の扉の前にたっていた。目を細めれば青い空が見えたし、上手くいけば今日は高いものがタダで食べられるような気がしないでもなかった。承太郎に返すものがあり、そのついでにこの間の借りでも食事で返してもらおうと思っていたのだった。花京院はめずらしく承太郎が気に入っているらしかった水色の外壁のそっけないアパートの扉の前で、ドアベルを鳴らした。ベルは合成音をならしたが、しかし誰かが出てくる気配はない。 「あれ?」 確かポルナレフからは特に仕事をしていないはずだと聞いていたのだけれどと花京院が首をかしげながらノブを回すとそれはあっさりと開いた。相変わらず何もない部屋が飛び込んできた。床の上に置かれた電話はちかちかと留守録があることを知らせているが、生憎その留守録を聞くような人間はここにはいなかったらしい。 部屋には一人の男が立っていて、がらんとした部屋に置かれた本棚から本を抜いている所だった。花京院はため息をついて、抱えていたヴィーノをその男の背中に押し付ける。 「…不法侵入。ここは貴方の家でしたっけね?」 「もちろん違うが、聞きたいのはそれだけか?」 えぇ、まあ、と花京院は背中に押し当てていた瓶を外して呆れた顔で本棚から本を物色していた男の顔を見た。整った精悍な顔と、黒目に覆われた瞳に、何の用でまた?と聞き返した。 「任務の一環だ」 「また貴方のところのボスですか」 「うちのボスは神経質なんだ。本当は対抗マフィアなど全て潰したい」 「おや、そんな情報漏らしていいんですか?」 「うちのチームははずれ者だからな」 お前のところと違って、と男はそう答えた。花京院とその男は一度一緒に仕事をしたことがあって、面識が無いわけではなかった。花京院は大方ボスの嫌がらせで承太郎が寝床を変えざるを得なくなって、でこの男はその痕跡を探しに来たのだろう。承太郎はそういうものを上手く撒くから、結局ボスからの直通電話が入らない限りはわからない。 花京院はため息をついた。 「お前を締め上げてもいいんだが、少し骨が折れそうだ」 それに、と男は続けた。花京院はため息をつく。 「あの男一人居なくなったところで、お前のところのボスは参るまいよ」 男のその言葉に花京院は目を細めて笑った。 「あー、それは」 まぁ、確かに。 世の帝王であるところのボスの、気に入りの玩具はけれど交換可能なのだ。ただその度合いはとてもとても深いのだろう、今回は、とジョースターさんが苦々しく言っていたのを花京院は脳裏にぼんやりと思い描いた。 そうして、一人では飲み切れなさそうなワインを、どうしたものかと思う。 「まぁ、お仕事頑張ってくださいね」 無駄でしょうが、と花京院が自らのボスを真似てそういうと、男は嫌そうに顔をゆがめた。水色の外壁のアパートも見納めだなぁと花京院は思って、承太郎はどこにいるのだろうと考える。 「部下離れできないボスだこと」 花京院は首をかくんとかしげて笑う。多分ボスは、承太郎が帰ってくるようにこんなしち面倒くさいことをしかけているんだろう。彼が自分の意思で、自らのところへ帰ってくるように。 「承太郎、どこにいるのかなー」 大変なことになっていないといいけれど、と花京院は思う。寝床を変えざるをえなかった直後の彼はいつも少しおかしいからなと。ポルナレフの首根っこを掴んで、酒だけしかのまなかった三日間とか、中々に破壊的だ。そのあとずっと寝ていた、らしい。何時見ても何時見ても寝ているから、ポルナレフは朝起きては首を触って暖かいのを確かめて、最後のほうは葬式の段取りまで考えたといっていた。 「まぁ、生きてればね」 いいけれど。 花京院の腕の中で、ワインがゆらりと揺れる。 「あれ?」 部屋の扉をあけると、うっすらと人の気配がした。ここは承太郎の元寝床ではなく自分の家で、鍵をかけて出かけた記憶があったのでなおさらだった。リビングには何もなく、特に変わっているところもないので花京院は不思議に思う。 「んー?」 ごとりとダイニングのテーブルに瓶を置きながら、花京院は寝室の扉を開けて、刺客に襲われるなんて承太郎でもあるまいし嫌だけれどと思いながら寝室に向かう。懐の銃はまっさらに整備されている。人の気配はあれど、かぎりなく薄い。呼吸音がいやに滑らかなので、多分寝ているのだろう。 「…わぁー…」 漏れた声は平坦で、決して感嘆の声ではなかった。花京院はため息をついて天井を眺める。真っ白な壁紙と取り付けられているオレンジのルームライトは昼では何の役にも立たない。 花京院は視線を下ろして、自分ベッドにこれまたぐっすり寝てしまっている承太郎の安らかとはいいがたい寝顔を見た後に、ぞんざいに包帯の巻かれた左手に気がつく。 「もう」 承太郎は多分、僕のベッドを汚しに来ているに違いない。包帯はとめているところがほどけて、まだらに赤いそれがベッドの端からこぼれている。血は止まった後なのだろうけれど、傷が完全に閉じているわけではないので、シーツの所々に血が付いている。 「あーあー、全く」 花京院は銃をまた懐に戻して、救急箱を取りに行く。病院ほど薬類があるわけではないが、一般家庭よりましだろう。木箱の中の消毒液と、化膿止め、包帯を適当に取り出して、寝室に向かう。ほどけかけた包帯をするすると外しながら、花京院はため息をついた。 別に彼は自分をどうでもいいと思っているわけではないのを花京院は理解している。承太郎はきちんと自分を大事にしている。その足で立って、歩いていくことが他の誰でもない自分にしかできない事をちゃんとわかっている。だからこれはそれとは別の問題なのだ。 穴が二つ、手の甲から平に向けて綺麗に空いていて、大方サイレンサー代わりにしたのだろうことも花京院には簡単に想像がついた。これ系の失敗をあまりやらないと思っていただけに、すこし驚く。 「ボスと君との因縁なんて僕にはどうでもいいんだけどさ」 消毒をして、化膿止めを塗ると、傷にしみたのか承太郎が呻いた。馬鹿みたいに左手が熱いから多分傷からの発熱があるのだろう。承太郎の左手に包帯をきっちりと巻いて、止める。応急処置にしかならないので、起きたらちゃんと病院にいくか、医者でも呼べといわなくてはならないな、と花京院は思う。 「…かきょういん?」 何時の間に起きたのか承太郎が目を薄く開いて花京院を見ていた。ぼんやりとして、どうして自分がここにいて、花京院が目の前にいるのか理解できないという顔をしている。花京院はもう何度目なのかわからないため息をついて、そうだよ、と答えた。 なんだかよくわからないけれど、唐突に花京院は承太郎が寄るべない人間に見えた。彼は別に天涯孤独でも、人を遠ざける人間でもないのに。 「熱が下がるまで、寝ときなよ」 頬に手を滑らせると、承太郎はぼんやりとした顔のまま低く呻いた。多分肯定の返事だったのだろう。 そうして起きたら、君がどうして僕の家に来たのかの、理由が聞きたいよ。 |