時差
西に行けば夕日、東へ行けば朝日。 世界が止まっていた。誰も動かず、誰も息をしていない。全てが死んだ世界だった。その世界の中心に男が一人立っていた。金色の髪と赤い目を持ったひどく美しい男だったが、世界が止まっているために誰も彼に気がつかなかったし、褒め称えることも、また認めることも無かった。 世界は夜の真っ只中にあった。男は一人で長い間立ちすくんでいた。世界は停止し、先へ行くこともなく、戻ることも無かった。そこでは全てが停滞し、死んでいて、ただ男が立っているだけだった。男の名をDIOというが、それは何の関係もない事だろう。 星はただ静止して輝いていた。密やかに流れる空気もなにもない。夜の真ん中で、もしかしたら男は途方にくれていたのかもしれないが、それは男以外の誰にわかるわけでもない。ただ男は、永遠に何も決定されない世界に立ち尽くし、昔のことを思い出していた。それは例えば優しい母や、屑のような父や、目障りだった義兄弟のことだった。下らない人間と、人間の枠から飛び出して、まさに帝王となり世界に迎え入れられた自らのことだった。 男はそんな事を思い出して不快そうに顔をゆがめ、吐き捨てるように何かを言おうとしたが言葉は出てこなかった。変わりに男はぐっと腕を回し、自分の体を触ってみた。それは彼の目障りな義兄弟の体で、とっくの当に死んでいて冷たかった。当たり前のことであるが、男はそれに目を細めた。体の持ち主の名をジョナサン・ジョースターと言った。DIOは彼のことを、彼と自分を、彼と彼の子孫について考えた。ずっとずっと長い間考えていて、それはもはや愛やら憎しみやらと溶け合って、ただ理由のない執着と化していた。ジョナサン・ジョースターの言葉を借りるならばそれは奇妙な友情であった。 時間は長い間停止して、動き出さなかったので、男がどれだけそこに立ち尽くしていたのかは男にしかわからない。だがそれは、一日にも一月にも、あるいは一年にも感じられた。時間が動き出せば一瞬にすぎない時と時の狭間から抜け出せていない。 DIOは固まった足を一歩前に出して、どこへ進もうか考えた。たった一人の永遠の夜に耐えられなくなったのかは彼にしかわからない。一歩進めば、中心から遠ざかる。街を出て、砂漠を眺め、彼は歩き出した。 人間ではない彼にとって、食料の問題も、歩き続ける疲労も何のことはなかった。うっすらと月の光が差している砂漠をただ歩いている。美しいが不毛だった。美しいが不毛というのはまさに自分の事のようだとDIOは思い笑った。声はからっぽな空にあっけなく響いたが、DIOは空っぽというものによく親しんでいて、だからそんなものはどうという事もなかった。 いくつオアシスを越え、そして国境を越えたのか、DIOには定かではなかった。だがやがて空には赤みが混じってきていたので、世界は本当に丸いのだとDIOは実感した。時が止まっても、自らが動けば世界は一日を繰り返す。だが十万キロを越えて歩いてやっと一日が終わるならば、それは徒労だろう。 それは夕日の風景だった。終わりに向かう一日が蒔き戻されて、DIOは赤みの増していく日の終わりの空を見ながら昔を思い出していた。それは優しかった母や、屑のような父や、お人よしの義父や、目障りで仕方のなかった義兄弟のことだった。ディオは百年を越えて自分の体の持ち主であったその義兄弟のことを考えていた。日が沈んでいく様がゆっくりと、本当にゆっくりと、巻き戻されていき、DIOは光に足を踏みいれた。太陽の燃えかすのような、情けの無い光だったが美しかった。 百年考えて、愛やら憎しみやらは溶け合って、名前のつかない執着としか判断できなくなった。彼はそれをこう評した。奇妙な友情だと。その男の名はジョナサン・ジョースターといい、それを聞いたのはディオ・ブランドーだったのだが、それは意味のない話だろう。 世界は巻き戻されて、そして動き出す。 |