ギャングパロとか…







承太郎とDIO/スタンドなしで

 からん、と薬莢の落ちる音が響いた。承太郎は空の抜けた最上階の部屋に篭もる音などあるだろうかと思って馬鹿らしさに笑ったが、暗闇でもそれを見逃さなかったらしいDIOは答えて笑った。
「待っていたぞ」
 あぁ、待っていたのだとDIOは低く通りのよい声で喋る。からんとまた薬莢の落ちる音がして、承太郎の頬がぱんと切れる。爆発で取れかけた扉がその衝撃を切欠に倒壊する。そうだ、倒壊する、何もかも。承太郎は笑う。暗闇でその笑みは口元しか見えなく、それでもDIOはひどく興奮した。体の奥底がちりちりと鳴り、指先が熱い。スライドロックリリースは片手でも操作できる。
 DIOは銃の照準を承太郎に合わせて、ヒステリックに笑い続ける。それでも腕は震えない。照準もずれない。
「私はお前の喉首を掴み取り、お前を殺すためだけにここにいる」
 この銃で、この弾で、この手で、この爪で。すましたその笑った顔を肉片までもぐちゃぐちゃにするそのためだけに。DIOの言葉に承太郎は抜き身の刀を力なくたらす。表情は笑顔から変わらない。設置された爆弾は思いのほか大きいものだったらしく、天井は破壊され吹き抜けて、きらきらと星の光が注がれている。
 刀が光る。承太郎は口を開く。
「あ、はははははは」
 ひどくゆっくりと、しかし大きな音を立てて扉が崩れていくので、承太郎の口からもれ出る笑い声は聞き取りづらかった。だが顔を上げて笑うその顔は、狂気じみている。いやそれは私も変わらないだろうとDIOは引き金にかけた指を引く。狂気、狂喜、何もかもが楽しい。反動が肩を打ち、力で捻じ伏せ、左右に走る承太郎を捉える。一つは左肩を打ち抜き、一つは腿をかする。一足飛びに、承太郎は階段を駆け上がる。からからと床をこする切っ先の音が聞こえる。
「ディ、オっ!」
 DIOは左足を踏み出して、銃で刀を受ける。銃身に刃が食い込んでもう使い物にならない。かたかたと力が拮抗して左右にぶれる。承太郎は口元に笑みを乗せたままで、DIOも腹の底からおかしくて笑ってしまった。
「脳みそ垂れ流すのはお前だ」
 承太郎が銃身から切っ先を抜くのと、DIOが銃を捨てるのは同時だった。承太郎は横に薙いだ刀をそのまま腹部に走らせ、DIOは腕をさしはさむ。刀はあっさりと肉を絶ち骨を噛む。右腕はもう動かないな、とDIOは考え、そのまま左手で根元を掴む。刀は引かなければ切れない。承太郎は柄をもつ両手を離し、DIOの懐に入り込む。
「言っただろう」
 この銃で、この弾で、この手で、この爪で。お前を殺してやる。
 承太郎は右腕を強く振り、DIOは刀を投げ捨てる仕草で左腕を強く振った。かしゃんと、全く同時に音がして、二人の掌に小さなデリンジャーが納まる。なにもかもが予定調和じみているな、と予定調和のように同時に思う。
「死ね」
 DIOが呟き、承太郎が囁いた。引き金は全く躊躇されず引かれ、イーグルとは比べ物にならない小さな弾が発射される。同時に、至近距離で。それは首を打ち抜き、肺を打ち抜く。二人は同時に血を吐いて、飛びのいた。
 DIOは首にぽっかりと空いてとどまった弾丸を感じながら笑った。ひゅうひゅうと耳障りだ。口元が意識せずに上がり、承太郎も笑っていた。胸に空いた穴に息も出来ずにそれでも楽しそうだった。
「全てを失ってもらおう、DIO」
 DIOは笑って、足元に投げ捨てられた刀を拾う。承太郎は、さぁ、と呟く。吐息のような声だ。まるで睦言で囁きあっているかのような錯覚に落ちる。
「そして全てはお前のものか、承太郎」
 承太郎は、馬鹿らしいとばかりに無表情に呟いた。そこには悔恨もなければ、後悔もない。恐怖も無く、ただの乾いて冷たい呟きだった。
「あぁ、そうだよ、ボス」
「私はお前が愛しいよ」
 DIOはデリンジャーを捨てて、左手で構える。対する承太郎は小さな銃を握り締めている。弾丸はあと四発。その銃では至近距離でなければ殺しきれない。こちらも長くは持たない。もちろん承太郎も同様だ。
「時よ、止まれ」
 戯れのように呟く。それを切欠にして互いに走り出す。離した距離をつめるために。承太郎は馬鹿らしさのあまり笑う。DIOも答えて笑い、それはまるで冗談でも通じ合ったかのよう。

 時よ、止まれ
 お前は美しい。


承太郎/スタンドありで

 両手をあげて、無抵抗を示しているというのに、まったくギャングは乱暴だと承太郎はぼんやりと思った。彼の目線の先に幹部の格好をした男が十何人もの部下を引き連れて口を開いた。
「ボスはお怒りだ」
 承太郎は高層ビルのエントランスホールの床の丸い模様を見ていた。まるでそれに合わせた様に部下に自分を囲ませる男に笑いがこぼれてきた。
「どうしてだ?」
 男はその問いに顔をしかめた。ちゃりと銃器の音がして、自分を円形に囲む幾人もの男達が銃を構えている。逃げ場はなさそうで、承太郎はため息をついた。
「お前が組織を裏切るからだよ、クージョー」
 くっと喉の奥で笑いがかみ殺しきれなくなって承太郎は上を向いたが、そこには悪趣味としか思えないシャンデリアがゆらゆらと揺れているだけだった。これから起こることで粉々に鳴ってしまうのだろうな、と笑いが抑えきれなくなってきた。
 承太郎は視線を戻して、眉を潜めている男を眺める。男は不機嫌を抑えきれなくなってきたらしく、銃の引き金に指をかけている。
「そんなもの、わかっていて拾われたと思ってたんだがな」
 きさまと男は歯噛みをした後、冷静に取り繕う。
「裏切り者には死あるのみだ」
 古いせりふだ、と承太郎は思う。笑いがおさえ切れなくて、口元に乗せたままでいると、男の機嫌はさらに悪くなる。今にも引き金が引かれそうだ。承太郎はもうおかしくておかしくて仕方がなくなってきて、口から笑い声がこぼれだした。自分でも驚くほど乾いて狂気じみて聞こえた。
「き、さまぁ!」
 銃が発砲される。それは驚くほど正確に眉間を狙っていて、ぱぁんと発砲音が周囲の耳に届くのと同時に、承太郎の顔は衝撃に従ったように上へと向く。やはり悪趣味なシャンデリアがゆらゆらと揺れていた。
「く、はははは」
 声は乾いている。銃弾は眉間の少し前で止まっている。それをとめる透明な腕を見たが、ここにいる誰にわかるわけでもないだろう。
「化け物め」
 男の言葉に、承太郎は笑う。笑って、銃を構える。
「あぁ、そうだよ」
 発砲はいつだって一瞬だ。シャンデリアが揺れる。


花京院の場合

「そうなんです、僕、承太郎の側につこうと思いまして」
 廊下で囲まれた花京院はへらへらと笑った。彼のマフィアに似合わぬ手には小さなグロックが握られている。この人数を相手に一人では何も出来まいと囲んだ彼らは思うが、花京院はまるでここはどこかのバーでいつだって歩いて去っていけるのだというふうに笑う。
「DIO、ボスと承太郎の因縁なんて、僕にはどうでもいいんですよ、でもね」
 そういいながら、唐突に花京院は銃を手放した。足元に転がっている構成員はもう息をしていない。撃たれたのはつい数十秒前だというのに、花京院は正確に急所を貫いて彼らを殺す。グロックにはもう銃弾はこめられていない。花京院はカートリッジももっていない。
「承太郎をすきになっちゃったもので」
 花京院の周りを囲んでいる人間達が引き金に指をかける。花京院の視線の数歩先、彼の恩師が悲しそうな顔をしているのをみて花京院の胸はわずかに痛んだ。彼が自分を拾い、ここまで面倒をみてくれたのだと思うと申し訳なくなったが、しかしまぁ仕方が無い。承太郎が裏切るといい、自分はそれに乗りたいと思ったのだから。
「ついていこうかな、なんて、単純な理由ですよ」
 彼、いいですよね、とまるで気に入りのCDをかけたときのように言う。うす寒い空気に引き金にかけられた指に力が入る。花京院はにこやかに笑ったままだった。
「裏切り者には死あるのみだ」
「映画みたいですね」
 花京院は両手をひらひらと振って、無抵抗な人間を撃つなんてひどいなぁと笑う。恩師とそれに付き従う何人もの手下が銃口を花京院に定める。
「さよならだ、花京院」
「えぇ、さようなら、いままでありがとうございました」
 引き金が引かれる。花京院は片手を高く上げる。にこやかに、無言で笑いながら。
「ぱぁん」
 花京院の軽い声と同時に、彼に向いていた銃口が曲がる。恩師は手下に、手下は恩師に、花京院の周りを囲む人間の銃口はどれも互いを向いている。引き金は引かれた後だ。誰も言葉を発することなく、その場に倒れ伏した。しゅるりと音がして、緑色の何かが花京院の後ろに引っ込む。
「さようなら」
 足元のグロックを拾って、花京院はそういうが、誰も聞くものはいない。


ジョセフの場合

 のどかな昼間にジョセフはカフェでお茶を飲んでいた。ローストされたコーヒーはいつもジョセフの胃に優しくおさまって、彼を慰める。ジョセフは対面しているボスの部下と朗らかに喋っている。
「最近、どうも騒がしくていけませんな」
「ほう、なにかあったんですか?」
 ジョセフがそう聞くとボスの部下はすこし困った風に喋りだした。最近どうやら組織を離反した一派がいるようで、掃討に人員を裂かれているらしい。そんな話題を聞いて、ジョセフは驚いたように目を丸くする。
「そりゃまた、ボスを裏切るなんて命知らずな」
「だが、ボスは笑っていらした」
「世の帝王とならば、退屈なのじゃろうよ」
 違いない、と部下は笑う。ジョセフも答えて、笑った。
「さて、私はそろそろ行かねばなりません」
「そうか、残念だ。あんたとは長いし、久しぶりに会ったんだからな」
 ジョセフの言葉に部下は朗らかに笑った。今度、お茶でもしましょう。
「今度の仕事が終わったら」
 掃討の、仕事が終わったら、と少し疲れたようにいう部下にジョセフはにかっとてらいのない笑みを返す。そして、懐からオレンジをとりだして彼に投げた。
「餞別だ、あんたの幸せを祈るよ」
「すまないな」
 いや、気にしないでくれ、とジョセフは答えて、遠ざかる彼にひらひらと手を振った。部下は車に乗り込んで、なにやら指示を出している。離反一派は近々本部に急襲をかける。ならば雑魚は取り払っておかなければならない。
「いや、本当にあんたの幸せを祈ってるよ」
 車が発車する。ジョセフは手袋をしている左手をかちかちと弄る。車はスピードをぐんぐんとあげて、やがて路地を曲がり見えなくなる。左手の指で三回、机を叩く。
 とん。
「ただし」
 とん、とん。
「あんたは天国にはいけないだろうがな」
 遠くどこかで何かが爆発した音が聞こえる。ジョセフはコーヒーカップの横にあった新聞をおもむろに広げて、紙面を追う。天気予報の欄を見て、明日は暖かいのか、と優しげに呟いた。