空条さんちのご兄弟







 空条さんちのご兄弟と言ったらご近所で有名であった。有名であった理由はいろいろあれど、彼らは贔屓目に見ても整った造形を持っていた。端的にいえばかっこよかったので、とりあえずもてた。家の前に女の子が待っていることなど日常茶飯事で、弟は弟でまた兄さんのか、と思っていたし、兄は兄でまた弟のかと思っていた。兄弟は地元の学校に通っていて、二人は途中まで通学路が一緒だったのでよく一緒に通っていたのだが、わやわやとあっという間に女の子に囲まれてしまい、兄が怒ったりしていた。弟はとりあえず切れる兄がこええと思っていたりした。
 突然であるがこの兄弟は血が繋がっていなかった。親同士が再婚でなおかつ子持ちだったので、二人は連れ子同士だったのである。が、弟は弟で子供らしからぬ分別を持っていて突然出来た兄を受け入れようと努力していたし、兄は兄でやはり年齢にあるまじきべき割り切りのよさで弟を受け入れた。弟はすぐに兄を慕うようになったし、兄もすぐに素直な弟に好意を持った。
 弟が小学三年生のとき、兄は家を出た。別に家に居づらくなったとか、ついにぐれたとかそういう事ではなくて単純に成人したからだった。弟はすこし寂しくなると小学三年らしく、また彼らしくなく駄々をこねたが、好きなときに遊びに来いといわれて渋々引き下がった。
 弟は中学を卒業してから家を出た。これもやはり家に居づらくなったとか、ついにぐれたとかではなくて、兄の家から高校に通うことになったからだった。兄は弟のことも問題も無く受け入れて二人は一緒に暮らす事になった。
 そして毎年そうであるように、今年も春が来た。

「じょ、うたろうさ〜ん」
 がちゃがちゃと玄関先が煩いと思っていたら、ばたんと大げさな音がしてドアが開く音と仗助の声がしたのに承太郎は驚いた。本を読んでいた承太郎はなんだ、と思って玄関まで歩いていくと、そこには困った顔をして仗助を抱えようとしている億泰と、べろべろに酔っ払っている仗助がいたのだった。
 億泰は玄関までやってきた承太郎に気がついて、助かったとばかりに承太郎さ〜ん、と仗助のように間延びした口調で言う。仗助ほどではないにしろ、億泰もそれなりに酔っているようだった。
「すいません、打ち上げでこいつ酔っちゃって」
「いや、すまんな、迷惑をかけた」
 億泰から仗助を受け取って、承太郎はそう言う。別に酔って帰ってきたのは初めてではないが、ここまで酔っ払った姿を見るのは正直初めてだった。そもそもいつから酒を飲むようになったのか承太郎はよく知らない。大方中学生の頃なのだろうが、ある年の夏実家に帰ったらいきなり飲めるようになっていた。大方祖父が飲ませたのだろう。
 せっかくだからあがっていくか?と承太郎は億泰に話しかけたが、億泰はいいっすよーとへらへらとした顔で言った。
「ってか門限もやばいんすよ」
「そうか、気をつけろよ」
 遅くにすんませんでしたー、と億泰は陽気にいって扉を閉めた。仗助は承太郎の肩に頭をのっけて何かをふにゃふにゃ言っているが何をいっているか聞き取れやしない。酒くさいな、と承太郎はぼんやりと思って、風呂に湯がはってあっただろうかと思う。
「おい、仗助」
「なんすか〜」
 もう飲めない、と言っているらしいと承太郎は思ってため息をついた。とりあえず肩をかしてリビングのソファに放り投げる。ぞんざいに放り投げたのだが、仗助は綺麗にソファに収まった。運の良い奴だ、と思いながら冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
「仗助」
 正直、頭から水をかけてもいいなと承太郎は考えたが、ソファが濡れるのが面倒くさくなったので、丁寧にキャップまであけてペットボトルを仗助に渡す。仗助はぼんやりと潤んだ目で水を見つめてからへらりと笑った。
「ありがとうございます、じょうたろうさん」
 いえいえ、と馬鹿らしい気持ちで受け答えをしながら、承太郎は仗助をリビングにおいて、湯の入ってなかった風呂のコックをひねる。溜まっている洗濯物をみて、仗助めあいつ洗濯していかなかったな、と思いながらリビングに戻ると、ミネラルウォーターを飲み干してソファでうとうととしていた。
「風呂はいるか?」
 仗助の頬をぴたぴたと叩きながらそう聞くと、仗助は不明瞭な口調ではいりますと答えた。
「全く自分の酒量くらい把握しとけ」
「日本酒ってきついんすねー」
 何飲んだんだと聞くと、うーんとしばらく考えた後に、なんかすげぇ大げさな名前なんすよ、と呟いた。
「魔王とか、なんか」
「高校生のくせに良い酒のんでんな」
 ペットボトルをゴミ箱に放り投げて、承太郎は仗助にもう風呂もいっぱいだろうから早くはいって来いと告げた。仗助、は〜い、と間延びした声で言ってのろのろとソファから起き上がる。それを確かめて承太郎は先ほど読んでいた本の続きを読み始める。
 明日まで読んでおかなければならないのをすっかり忘れていたのだ。

 深夜の静かな部屋に承太郎はため息をついて、その静けさにぎょっとした。仗助が風呂にはいってから軽く一時間はたっていることに気がついて、風呂場で倒れたりしたいたら大変だと思い、浴室まで行く。
「仗助、大丈夫か?」
 浴室の外から声をかけるが反応が無いので、すこしあわててドアを開けると仗助は風呂の縁に頭をあずけてぐったりとしていた。さすがに承太郎はあわてて、おい、と声をかけると仗助は唐突に顔を上げた。
「あれ、承太郎さん、どうしたんすか?」
「なんだ、驚かすな、死んでるのかと思ったぞ」
 あー、と仗助はがくりと首をのけぞらせて笑う。なんか眠くて、とのほほんと答えている。あわてた自分が馬鹿のようなだと承太郎は思って、まぁ無事ならいいかと思いなおす。
「風呂の死因の三割は泥酔による溺死らしいが」
「こわいこといわないでくださいよ〜」
 と言っている間にもまたうとうとしている。承太郎はため息をついて、はやくあがれよ、と言った。
「あたま、あらわなくちゃいけないじゃないすか」
「早く洗えよ」
「めんどくさいっす〜」
「てめぇなぁ」
 承太郎が呆れたようにそういうと、仗助は笑った。甘えたように見上げてくるが、小学校の時だったらいざしらずいまや高校生の男が大学院生の兄にやったからといって何がどうなるというのだ。
「昔は洗ってくれたじゃないっすかー」
「昔はな」
「洗ってよ、兄さ〜ん」
 ごとん、と頭を浴槽の縁に乗せて、昔のように呼ばれたので承太郎はため息をついて、やれやれだぜ、と呟いた。その言葉が兄の了承の言葉の代わりだと知っている仗助は嬉しそうに笑う。

 人に頭を洗ってもらうことは気持ちが良い。ましてそれが兄ならばなおさらだと仗助は酒の回った頭で思う。承太郎は結局大人しく洗う気になってくれたようで、浴槽から半端に出した頭を器用に洗ってくれている。
 浴槽の真っ白な天井が眩しくて、目を閉じているとがくっと頭がおちて浴槽の縁に頭をぶつけた。
「いってぇ」
「寝るなと言っているのに寝るからだ」
 眠いのはしかたないっすよーと泡だった頭のまま仗助は言う。ほら、目を閉じろ、と優しく言われて、言われたと通りに閉じるとシャワーで洗い流された。
「お前の髪ってまっすぐだよな」
「承太郎さんの髪はちょっと癖ありますもんね〜」
 シャンプーを洗い流しながら承太郎は仗助の髪をとって遊んでいる。くすぐったくもあり気持ちが良いので、仗助はネコのように目を細めた。
「あとは自分でやれよ」
 シャワーのコックをひねてお湯を止める。キュっと濡れた音がして、仗助が目を開けると承太郎は湯椅子から立ち上がっているところだった。寝るなよ、と承太郎に念を押され、仗助は笑った。
「今度、承太郎さんの髪、洗ってあげますよ」
 今回のお礼〜、と仗助が阿呆のように付け足すと、承太郎は心底呆れた顔をして、答えて曰く。
「俺はそうそう酔わねぇよ」
 
 空条さんちのご兄弟は仲が良い。