こんな夢を見ました
思い出したのは美術室にあった石膏像。よろめいて倒したときに床に打ち付けられて、ぽろりと取れた腕。ムースみたいな白。 「承太郎!」 彼の腕が切り落とされた瞬間に思い描いたのはそんなもの。 「ジョースターさん」 ざわざわとバーが一際騒がしかったので花京院が覗いてみると、そこではジョセフとポルナレフ、そしてなぜかイギーまでもが一つのテーブルについてお酒を飲んでいた。ジョッキにウィスキーをなみなみ注いで、ストローでイギーは顔色一つ(犬に顔色なんてものがあるのだろうか?)変えずに淡々と飲み続け、ジョセフはビールを流し込んでいる。ポルナレフにいたっては漫画よろしく、ウォッカを流し込んでいる感じだ。 「花京院じゃないか、どうだね飲み比べでもせんかね?」 そういって、アルコールで赤くなった顔で陽気に告げる。酒に弱いわけではないジョセフが酔っているのだと一目でわかるなんて相当飲んでいるな、と花京院は困った顔をした。 「いえ、僕は」 「なんだよ、花京院、お前が飲まなきゃ誰が呑むって言うんだよ!」 すでに体中に力が入らずぐだぐだの体になっているポルナレフに絡みつかれて、花京院は眉をしかめた。もとよりバー全体がアルコールくさくて、ポルナレフがどれだけ酔っているのかよくわからない。そんな事を花京院が考えている間にも、ポルナレフはウォッカを水のように注いでは口の中に流し込んでいた。 そのまま無理やり席に座らされて、目の前にはワイングラスがいつの間にか置かれていた。仕方がない、とため息をついて、花京院はグラスを持つ。 「じゃあ、誰が最後まで残るか」 「飲み比べスタートじゃ!」 イギーが答える代わりにしゃっくりをひとつして、体全体を揺らした。そもそもスタート地点の酒量が違うのだと、冷静に考えられる人間はもういないらしい。とくにウォッカを相当量飲んでいるポルナレフはぐでんぐでんのようで、さきほどから訳のわからないたわごとをわめき続けている。 「いいか、花京院!前から言いたかったんだがな、俺はほうきじゃねぇよ!」 「知ってるよ、そんなこと」 言われてみると確かにそれっぽいと思わずにはいられなかったが、それを口に出さないだけの理性が花京院にはあった。ため息代わりにワインを飲み干すと、待ってましたとばかりにジョセフがグラスにワインを注ぐ。そうしながらも、もう片手でビールジョッキをワインよろしく、くるくると回していた。 「ジョースターさん、ビールはワインみたいに回しちゃ」 ダメですよ、と言い切る前にポルナレフがずるずるとテーブルに突っ伏して倒れた。それを合図にしたように、淡々とウィスキーをストローで飲み続けていたイギーがひゃっくりをして、ゆっくりと瞼を閉じた。ここにいる生き物の中で誰よりも静かだった。 「ジョースターさん、そろそろ」 とイギーの様子を見ながら言っていた花京院がジョセフのほうに目をやると、ジョセフはまるで気配も音もなくダウンしていた。呆気に取られて、ため息をついた花京院はワイングラスに注がれたそれを黙って飲み干した。みんな、すこしまいっているのかもしれない。どうやって彼らを部屋に運ぼうかと考えていたが妙案は浮かばなかった。 「アヴドゥルでも呼ぼう」 きっと賢い彼のことだから自分のように変なところで捕まらず早々に退散しているはずだ。 よろめいて倒したときに床に打ち付けられて、ぽろりと取れた腕。ムースみたいな白。切断面はぬらぬらと湿って、傷口をふさごうと必死だ。 「…花京院か」 ワイン、たった二杯程度で何が変わるというのだろう。多少口が滑らかになるだけだろうと花京院は軽く考えて扉を開けた。飲み比べに承太郎は、今は飲めないからと参加しなかったのだと、ポルナレフがむにゃむにゃと喋っていたので、もう寝ているかと思ったのだが承太郎は起きていた。 電気一つついていなく、窓からの月の光だけの部屋の中は思いのほか明るかった。承太郎は学ランを肩にかけて左手で右腕に包帯を巻こうとしていたらしかったのだが、どうにもなれない作業のせいなのか、包帯は惨めに彼の腕にひっかかっているだけで、何の役目も果たしていなかった。 「やりにくいだろう、僕が巻くよ」 そういっててのひらを承太郎に向けると承太郎は左手で包帯を花京院に投げた。花京院はそれを危なげなく受け取ってから、ため息をついて承太郎の傍による。ついたため息はアルコールのせいか、すこし熱っぽい。 「随分飲んでたみてぇだな」 「あぁ、ポルナレフやジョースターさんは飲んでたみたいだよ」 言いながらてきぱきと包帯を巻いていく。触れる腕はアルコールで幾分か体温の上がった花京院の掌でさえも熱いと感じられるほどだった。わずかにイラつきながら花京院は乱暴に包帯をとめた。 それが傷に触ったらしく、承太郎は眉をしかめた。 「いてぇな」 「痛み止めが切れてきてるんだ。のみなよ、アヴドゥルから貰ってきた」 青いカプセルを渡してから、花京院は承太郎の腕を見ていた。手に取ると、それは錯覚ではなくひどく熱を持っていた。おそらく承太郎自身も傷による発熱があるのだろうと思う。ワイン、二杯程度で何が変わる。ただ、口がいつもより滑らかになるくらいが関の山だ。お酒に弱いわけではないのに。 「…君の右腕が」 本当にない、と花京院は震えた声で言い、繰り返した。流したいとは思っていないのに涙が流れた。承太郎はそれにすこし驚いてから、やれやれ、と呟いた。 「どうせ治るだろ」 「傷口はふさがるだろうさ」 そりゃあね、と声は震えたままだ。承太郎の腕はすっぱりと二の腕から先がなく、その切断の見事さといったら本当に素晴らしかった。 「だって本当に、ないんだ」 涙が目じりからおちていき、もしも承太郎に右腕があれば彼の右手に落ちたことだろうが、それはどこにもとどまらずにベッドのシーツの上に落ちていった。承太郎はため息をついて、右手を差し出そうと思ったのだろう、右腕を動かして困ったように笑った。 「泣きたいのは俺のほうだろ、花京院」 全く月の光は思ったよりも明るくて、この部屋の何もかもを照らし出している。 |