風邪







 承太郎が風邪を引いた。おまけにホリィさんが旅行で家に居ないらしい。看病ついでに弱っている承太郎など滅多に見られるものじゃないと思って花京院は承太郎の看病をしに家に来たわけである。
「承太郎ー、来たよー」
『…かぎ、あいてる』
 ひどくかすれた声だ。わかったといって、携帯電話を切って、無用心だと思いつつ門をあけた。中に入って閂まであるな、と思って念のためかけておいた。日本家屋は基本的に門くらいしか締め出すところがないのだ。
 そのまま勝手知ったるという感じで承太郎の部屋まで向かうと、確かに承太郎は死んだようにベッドで横になっていた。頬も赤いし、辛そうに眼を閉じている。そんな承太郎がめずらしくてあらぬ妄想がかきたてられるし、なにやらよろしくない欲望でもわいてきそうだ。花京院は頭を振って、リンゴ買ってきたから剥こうか?と聞くと、承太郎は薄く目を開けて頷いた。
 台所で、リンゴを切ったほうがいいか摩り下ろしたほうがいいか暫く考えて、卸がねが見つかったので摩り下ろすことにした。勝手に台所のものを借りて、リンゴを下ろす。お盆に載せて、洗面器とタオル、氷も勝手に借りた。
「摩り下ろしてきたよー」
 そう声をかけると、承太郎は辛そうに顔をしかめた。声が頭痛に響いたのだろうか。スプーンで食べさせると、抵抗する気力もないのか大人しく食べてくれた。小さな皿が空になったら、額にタオルを乗せて、寝たら?と言うと、承太郎は大人しく目を瞑ってそのまま眠りにはいったようだった。
「…なんか、本当に普通の看病だな」
 花京院は寝ている承太郎が眩しくないようにカーテンを閉めて、少し離れた場所で本を読み始める。

 ベッド際のオレンジ色の淡い光が、花京院の目をさす。サイドテーブルにはタオルと洗面器が置かれていて、ベッドには承太郎が寝ていた。目を開けるのは辛いが、眠ることも出来ないようで、ぼんやりと先ほどから承太郎は目を開けては閉じてを繰り返していた。花京院はなにが出来るというわけでもなく承太郎の様子を見ている。
 大分ぬるくなった額の上にのったタオルをまた絞って額の上におくと承太郎はふと目を開けた。焦点の合っていないぼんやりとした瞳は、オレンジの薄い光と相俟ってすこし黒っぽく見えた。
「承太郎…?」
 承太郎が何かを言いかけて、口を動かしたが、花京院には巧く聞き取れなかった。承太郎は花京院の様子にすこしけだるそうに瞬きを繰り返してから、もう一度口を動かした。花京院はそれをすこしでも聞き取ろうと耳を口に寄せる。
「何かしてほしいことでもある?」
 手が、と承太郎は掠れた声でもう一度呟いた。手が冷たくて気持ちが良い。花京院は承太郎の言葉を聞いて、そういえばさっきタオルを乗せたときに首筋に触ったな、と思い出していた。頬に掌を当てると、承太郎は気持ちよさそうに目を閉じてかすかに笑った。唇はせわしない呼吸のせいですこし乾いて、赤い。花京院は頬に当てていた手を話して、唇に指をおくと、そこもやはり熱く柔らかかった。承太郎は手が離れてしまったのが少し不満なのか、とがめるようなそれでもどこかけんのとれた目で花京院を見る。
「あ、ごめ」
 ん、と言って唇の上に置いた指を花京院があわてて引っ込める前に承太郎は花京院の指を咥える。突然の行動にぎょっとした花京院は、動くことを忘れてしまったかのように固まった。それを見て承太郎は、ぼんやりとした目のままにやりと笑った。
 う、わ、と花京院は息を呑む。何をしてるんだ、承太郎とか、色々と思うことはあるのだがいまいち口から出て行くことがない。彼の口の中は、暖かいというよりは熱のせいで熱く、指の肉と爪の合間に舌の先を入れられて背筋がぞくぞくとする。
「じょ、うたろう?」
 そう呟くと、胡乱なまなざしで見られた。見せ付けるように赤い舌が蠢いて、指と指の間を舐める。柔らかく、熱い器官はそれ以上の行為を想像させて、あらぬところに血が集まる。
「…君、かぜだろ?」
 あつい、と舌足らずな声で言いながら承太郎は上半身を辛そうに起き上がらせた。額にのっていたタオルがぱさとベッドの上に落ちる。咥えられていた指が彼の口内で意図せず動き、彼は少し辛そうに目を細めた。答えるように節を甘くかまれ、ぞくっとする。
 承太郎は口内にある花京院の指を舐めながら、花京院に近づいた。汗をかいた額に前髪が張り付いて、妙にけだるさそうだと花京院は思う。
「…う、わ」
 承太郎は舐めていた花京院の指をゆっくりと惜しそうに放して、ジーンズの上から熱を集めていた箇所を弄ぶ。花京院の首筋のところどころに唇を落としていく。花京院は頭の中でぐるぐると、誘われてるのかな?と妙に脳天気な、しかし空回りする思考を持て余していた。あの二押し、三押しあったら戻れない自信がある。
 どうしたらよいものかと目を瞑って、焦っていると、ふと承太郎の動きが止まった。自分待ちだろうかと花京院は沈黙を不可思議に思い目を開けると、承太郎は億劫そうに目を閉じて、花京院の肩に頭を預けた。
「…じょ、承太郎?どうしたの?」
 ど、どうしたもこうしたもないだろう!とは思うものの、聞いてしまうのは性だ、仕方がない、と花京院は思う。
「だめ、だ」
 やっぱりしんどいな、と承太郎はそう呟いて、花京院から離れた。体の力が抜けたかのようにぼすんとベッドに沈んで、本当に疲れたようにすまない、とだけかすれた声で言って、気絶するように眠りに引き込まれていったようだ。
「…え?」
 突然の展開に、花京院は固まる。
「ちょ…じょうたろう?」
 何回彼の名を呼んだだろうと花京院は思うが、とりあえず。

「こんな中途半端で、どうしたらいいのさ」
 頭を抱えて泣きそうだった。