ぐだぐだ







 立春を過ぎると寒さはあっても、わずかに春の気配が感じ取れる。冬の寒さに震える厳しい雨ではないし、心なしか緑も鮮やかに見えるような気がするのは錯覚だろうか、と花京院は首をかしげながら考えた。
 いつもよりも大いに荷物を抱えて、花京院は下駄箱の前に立ちすくんでいた。手には学生鞄と、チョコの詰まった袋が二つ。ちょうど承太郎は下駄箱から靴を出すところで、中に入ってチョコを手にとってなんとも困った顔をしていた。承太郎の手にもやはり紙袋が二つほどあった。中にはチョコが入っているようで、そもそも今日がバレンタインデーだと気づいてからは学校中が妙に甘ったるい雰囲気だ。匂いも言わずもがなではあるが。
「承太郎、これ」
 花京院は鬱陶しそうな仕草でチョコを紙袋に放り込む承太郎に向かって、持っていた袋を一つ差し出した。
「なんだよ、これ以上荷物を増やすような真似はやめてくれ」
「好きでやってるんじゃないさ。女の子からの頼まれ物です。JOJOに渡してください、だってさ」
 それも一つや二つでないのだから嫌になると花京院は思いつつ、承太郎に差し出す。承太郎はため息をついて、眉間に皺を寄せる。
「断れよ」
「なんで僕が?そんなの無理に決まってるだろ」
 断られないために自分に渡すのだろうと花京院には察しがついていた。なにせ承太郎はそういうものをあまり受け取りそうにない。
「むしろ僕は君がそんなにチョコを受け取っていること自体に驚いてる」
「別に受け取ったわけじゃないぜ。勝手に机やらに積んであるんだ。邪魔なら持って帰るしかないだろ」
 邪魔だけどな、ともう一度付け足して承太郎は、もっていた紙袋を花京院に差し出した。
「なにこれ?」
「お前と同じ。花京院君に渡してください、だとよ」
 覗きこむと中には色とりどりのラッピングがされたチョコが入っている。手作りらしい拙いながらも可愛いものや、やたらと高そうなチョコまで、様々に本気が感じ取れて花京院はなんとなく乾いた笑いを零した。
 むしろ承太郎に面と向かって仲介を頼めるその度胸に花京院は感動する。
「よく受け取ったね」
「一回断ったら泣かれたからな。めんどくせぇから黙って受け取ることにした」
 なるほど、と花京院は頷いて、けれども困ったように首をかしげる。
「でも荷物が多いから承太郎持っててくれよ」
 そういうと承太郎はなんでだよ、というように不満げな顔になってから、すぐに納得したような顔になった。
「そういえば今日、お前泊まりにくるんだっけ?」
「そうだよ、今日がバレンタインデーだったことは忘れてた。そもそもこんな荷物が増えるなんて予想外だったしね。君は学生鞄くらいしか持ってないんだから」
 ハイエロででも持っていけ、と承太郎は呟く。別にいいけどねぇ、と花京院は荷物を持ったまま器用に靴を履きかえた。校門までだらだらと歩く。冬ももうすぐ終わるのだと、残る寒さを吐き出すように風は冷たい。首筋に巻いたマフラーが風に吹かれてたなびく。承太郎が風に目を細めるのを見ながら、花京院は喋った。
「でも見られたらことじゃないか。袋が宙に浮いている!サイコキネシスだ、ESPだと騒がれるのはごめんだよ」
「SFの読みすぎだ」
「スタンドが見えない人から見たらの話」
 承太郎は楽しげに笑って、花京院の荷物を持つ気になったようだった。チョコの袋を軽々と持っている。重量としてはそんなにでもないが、篭もっている念がとても重いような気がしていた花京院はほっと息をついた。
 承太郎は笑顔のまま、それにしたってせっかくあるのに使えないとは不便だな、と呟いている。

 承太郎の家について、お邪魔します、と告げるとホリィが笑顔でやってきた。チョコの量に驚くこともなくあらあらと笑顔を絶やさないので花京院は、こういうのには慣れているのだなとぼんやりと思った。
「承太郎の家は寒いね」
「ま、日本家屋だから仕方ないだろ。コタツあるぜ」
 こたつ!と大げさに花京院は喜んで、承太郎の後についていく。来るのがはじめてではないけれど、承太郎の家は広くて見失うと少し面倒くさい。
「承太郎がやりたいって言ってたゲーム持ってきた」
「あー、ホラーの」
 そうそう、と応えて、ちょっと難しいかもしれないけど、といっていると部屋についた。テレビとコタツと、ご丁寧にざるにのったみかんまで用意してある。もともと日本の生まれではないから、こういう事にこだわるのだろうか、と花京院は思った。
「そういえば見たい映画があるとか言ってなかったか?」
「あぁ、うん、フェイスオフみたいなと思って。この間途中までしか見てないからさ」
 コタツのスイッチを入れている承太郎を見ながら、花京院はさっそく入る。ひやっとした空気に、コタツのスイッチがついていないのってどうしてこんなにもわびしいのだろうと思う。
「ゲームと映画、どっち先にやろうかー」
 映画にするか、とチョコの袋を部屋の隅に押しやりながら承太郎が言ったので花京院は頷く。テレビにビデオをセットして、だらだらと見る。テレビの画面の中ではアクション映画の定番のように銃をぶっ放したり縦横無尽に教会内を駆け回ったりしている。
「ジョン・ウーってさ、鳩好きだよね、白い鳩」
「よく飛ばしてるよな」
 まるで承太郎の言葉にこたえるかのようにスローモーションで白い鳩が飛ぶ。緊迫感に後押しされた画面が、突如スピーディに切り替わる。

 あー、面白かった、とミカンを剥きながら花京院が言う。外は既に暗くなっていて、夕ご飯の良いにおいがした。承太郎は少し前にホリィさんに呼ばれて今は居ない。
 花京院はたたみにごろんと寝転がり、部屋の隅に放置されたチョコの袋に目をやった。
「ハイエロファントー」
 力なくいって、ハイエロに袋を持ってこさせる。覗き込めば色とりどりのラッピング、甘い匂いが鼻について、嫌な思い出まで出来て気しまいそうだ。
「花京院、チョコを食べるなら後にしてくれると助かるな」
 唐突にかけられた声に花京院は驚く。承太郎が障子に手をかけてこちらをのぞきこんでいた。夕飯だとよ、と付け加えるとさっさと歩き出した。コタツから出たくないよ、なんて言葉は全然聞く気がないらしい。
「いや、食べないよ。なんかさ、昔手作りのチョコ食べたらね、歯に何か挟まるなとおもって見たら髪の毛だった、というトラウマを思い出してた」
 花京院の言葉に板張りの廊下を歩きながら承太郎が、そりゃあ災難だな、と笑った。
「笑い事じゃないよ。それからどうもバレンタインのチョコは怖い!」
 力いっぱい言っても、承太郎はさらに笑みを深めるだけだった。まぁ、いいけどね、と花京院はため息をつく。こういう話が笑い話になるのは嬉しいことに一つだ。今はとても楽しいし。
「承太郎、ご飯食べ終わったら、ゲームやらないか」
 花京院の言葉に承太郎は、依然として笑いながらいいぜ、と応えた。

「全然怖くねぇ」
 コントローラーを持った花京院を見ながら承太郎はつまらなそうにそう呟いた。
「やれば怖いんだよ」
「かったるいな」
 持ってきたホラーゲームは屍が歩き回る村の中から、なんとか頭と車と女の子を使って脱出するゲームだ。音楽はほとんどない挙句、話し声うめき声とせわしない息、草を踏む音、と臨場感を重視しただけに入り込むと怖いのだが。
「お前が巧すぎて、危機感を覚えねぇな」
 承太郎は花京院がやっているのを見ているだけなので、どうもいまいちらしい。確かに花京院はこのゲームをやるのは初めてではないから、なれたものだ。
「もう…今度はホラー見ようよ。映画とか」
「ホラーもの好きなのか?」
「好きですよ。遊園地だったらジェットコースター」
 ふぅんと承太郎は面白くなさそうに呟いて、けれども花京院の操作を見ている。
「つまらなくない?」
「いや、面白いぜ」
 ならいいけどね、と花京院は言いつつ、ゲームを再開する。コタツは暖かいし、ミカンは承太郎が持ってくるので全然減らない。そういえば今日はバレンタインだという事をうっかり忘れてしまっている。
 襲ってくる屍を避けて車に乗り込んだところで、承太郎のほうを向くとなんだかすこし笑っていて、楽しそうだ。自分も楽しいのだから、まぁ、いいのかもしれない。
「花京院!」
「…あっ!」
 テレビゲームの中で、車はカーブを曲がりきれずにがけ下に落ちていった。すこしばかり残念そうな顔をした後、承太郎は風呂にでも入るか、と聞く。うん、と応えて時計を見ると今日がもうすぐ終わる時間だ。今年のバレンタインは楽しい日だったなぁ、とゲームを片付けながら花京院は思う。
 障子を開くと、夜空に星が瞬いている。