雪
雪が降った。雪は水分を多く含んで、地面に落ちるたびにぺしゃぺしゃと音を立てる。花京院は制服の上から分厚いダウンを着こんで、緑色のマフラーを巻いていた。革靴は雪で濡れて、いっそう黒くなっている。滑りやすいだろうに、花京院の足取りはひどく軽く、寒さに鼻の頭は真っ赤になっている。 「ねぇ、承太郎、君は」 雪合戦をしたことはある?と花京院は嬉しげに聞いていた。土のある場所では雪は解けずに残っていて、早朝のグラウンドにはいまだ運動部の部員も着ていなかったらしくどこまでも真っ白だ。 「この雪じゃ、雪合戦はできねぇよ」 花京院とは打って変わって、承太郎は学ランにマフラーを巻いただけのひどく寒そうな格好をしていた。やはり色の変わった革靴でグラウンドに積もった雪を少し蹴り上げた。 花京院は承太郎の言葉を聞いて、そうなのか、と困ったように笑い、少し残念だ、と付け加えた。 「雪だるまや雪ウサギを作るのは得意なんだけどね、雪合戦って人とじゃないとできないだろう。ハイエロファントは雪にもぐりたがるしさ」 やったことないんだよね、と花京院はそう言ってまたグラウンドの中心へと進んでいった。ゴムのトラックから、花京院の足跡だけが刻まれていて、承太郎はそれを立ち止まってみていた。花京院は柄にもなくはしゃいでいるのか、誰も足跡をつけていない雪に跡をつけるのが面白いようだ。 「あぁ、でも」 花京院はけらけらと笑いながら、手袋をとって雪を触る。掴んで固めて、指の隙間から漏れでる水分にまた笑いを誘われている。 「本当だ、これじゃあ何にも出来ないね、ただ降っているだけだ」 承太郎はいつの間にか、花京院に向かって歩き出していた。固めることもできないくせに積もっている雪は、しゃくしゃくとカキ氷みたいな音を立てる。 「花京院」 花京院はやはり笑いながら、突然後ろに倒れた。それなりに積もっていた雪に衝撃は殺されたものの、後頭部は冷たい。承太郎がそんな花京院の様子に呆れたようにため息をついた。きっとその息は白いのだろうと、自分の吐いた白い息を見ながら、花京院は思う。 「なにやってやがる」 覗きこまれる顔に花京院は笑う。 「雪が降ると静かだ。黙っていると、息のする音しか聞こえない」 花京院の言葉に承太郎はやれやれだ、と呟いて沈黙した。花京院も声を立てて笑うのをやめて、黙る。雪の降る音と、息をするかすかな音だけが聞こえて、花京院からは承太郎の顔とその向こうの真っ白な空しか見えなかった。 「承太郎の目って本当に緑色なんだね」 あぁ、と気づいたように承太郎は目を細めた。まるで飴玉みたいだと、花京院は思う。それとも飴玉が承太郎の目みたいなのだろうか。虹彩の外に行くにつれて濃くなっていく緑色に、花京院は目を細める。 「雪の日は」 そんな花京院を見ながら、承太郎は口を開く。花京院は寝転んだまま、何?と聞き返した。降ってくるぼたん雪が承太郎の帽子のつばにあたり、水分だけが雨のように花京院の頬にかかった。 「目が痛くなるから苦手だ」 そういって、ゆっくりと二度承太郎は瞬きをした。花京院は深く息を吐いて、あぁ、と答えた。学帽があって、あの睫に雪がのらないのは残念だ、とぼんやりと思った。 「色素が薄いから、光に弱いのか」 どうでもいいだろう、と言いながら承太郎は花京院に手を差し出した。指先が真っ赤になっている。花京院は手袋をしたまま承太郎の手を取った。ゆっくりと起き上がると、前髪から雪が落ちる。 「積もるかな」 「さぁな」 もうそろそろ運動部の朝練の時間になるな、と校舎の時計を見ながら花京院は思った。なんだかもったいない、と思って笑う。空を見上げると、積もることのなさそうな、大きな雪の粒が雨のように落ちてきている。 |