ジーザスクライストスーパースター
やっちまった!突然瞼を開いて仗助はそう思った。窓からはこの世の素晴らしさを讃えるような朝日が差しているが、そんなものは仗助の瞳にわずかに光を投げ込むだけで事態の解決を図るわけじゃない。まったく何でもそうであるように、世界は自分達の都合などお構いなしに回るのだ。じじいなら、肩をすくめて幾分荷の勝つお茶目な顔でこういうだろう。ホーリィシット!ちくしょうめ。そういや、あのじじいはイエスでも信じているのだろうか。オゥ、ジーザスなんていいそうにないが。 やっちまったといってもそれは別に大したことじゃない。たいしたことではあるけれど、別に財布を落としたほどじゃないし、テストで赤点をとったほどじゃない。そうそう、口座の残高が300円以下な事でもないし、166万が母親に取り上げられたほどじゃない。 だがそれは、煙草を吸うのを見つかるよりかは大変で、ゲームを途中で切られるよりも重大だ。もしかしたらそれは東方仗助の人生を揺るがして曲げて延ばしてまっすぐにしたくらいには、衝撃的なことなのかもしれない。 現実逃避は好きではないから、もう一度、目を閉じてあける。ホテルっていうのはどうしてこうも乾燥しているものなのか、とほどけかけた髪を手にとって考えた。喉が痛いし、あぁでもいつも真新しいシーツの感触っていうのは悪くないものだ。そこは羨ましいかもしれない。問題は、問題は、目の前に空条承太郎がいることなのだ! 「グレート…」 呟いてみる。目の前の人に触る勇気はないので、自分の頬をつねってみる。完璧痛い。現実だ、夢じゃない。どうする?どうなる?頭の中では四枚のカードがばば抜きよろしく並んでいる。カードに一つ一つ文字が描いてあって、解決策でもあるのかと思いきや、ずらずらと無理の一言。何がだ。 残念ながら、いや幸福なことにとでも言おうか、記憶は完璧にある。飛んでない。つまりあれだ、やっちまったってやつだ、と東方仗助は思考を一巡させた。奇妙な血縁関係からなる一回りの年上の甥と、肉体関係に及んだってやつだ。 あぁ!と控えめな声で叫んで、じたばたと身もだえをせざるをえない。後悔をしているわけではなくて単純に心の準備が出来ていなかった。わかっていたけどアルコールとは怖い。記憶なくすたちではなくてよかったといおうか悪かったと言おうか。 息を吸ってはいて、深呼吸ー、とラジオ体操の声が頭の中でこだまする。とりあえず目の前にいるのは自分の親戚の空条承太郎なのだ。こんなにも横でばたばたと騒いでいるというのに起きる気配すら見せないだなんてよっぽど疲れているのだろう。閉じられたまぶたの曲線をふるえる指で触っても、わずかに開けられた口から漏れる呼吸は乱れない。勢いにのって、髪の生え際に手を伸ばす。髪は意外にやわらかい。こめかみから頬へ、少し乾いた唇へと指を移動させると、一瞬承太郎の息が止まる。 反射的に指を離してしまった。ついでに目をつぶった。お願いだから起きないでください承太郎さんと結構真剣に祈った。なにせ、今目を開けられたらどうしていいかわからない。しかし、真剣な祈りとは裏切られるのが世の常である。 「…仗助?」 悲鳴を上げなかったのは奇跡だ。 「お、おはようございます」 声の震えをなんとか抑えて、そう挨拶して目をこじあけると、眠そうにまぶたを半分くらいあけている承太郎が目に入る。あぁ、おはようと、眠気交じりに言われた。朝が強そうだったのに、意外と弱いのか、それとも今だけなのか。後者だったら嬉しいな、なんてもう、半ば逃避みたいに考えた。 承太郎はぼんやりと、無意識なのか唇の端を和らげて、仗助の崩れかけた髪を毛布の中にあった手で撫でた。ちょっと普段では見れない類の顔なので、仗助一瞬ぐっとつまる。承太郎はぼんやりとした顔のまま、しばらく仗助の髪を撫でていた。 「おまえ、セットしてないと、髪長いんだな」 そういって、仗助の答えも待たずに承太郎は、もう少し寝ると付け足して撫でていた手を引っ込めた。仗助は、しばらく何もいえずに黙って、しばらくたって息を吐いた。悲鳴をあげなかったのは奇跡だ。何もかも奇跡だ。 窓の外は相変わらずこの世の素晴らしさを歌い上げるみたいに輝いているし、隣には承太郎さんがいるし、なんかもう、なんだこれ。とりあえず神様にでも感謝しておくべきなのか、仗助は考えて適当に呟いた後、眠ることにした。もう体が喜びでもたない。 ジーザスクライストスーパースター、ありがとう。 |