ハンマー







 膝を抱えて、部屋の隅でないていた。そりゃあ、もう嗚咽をあげて喉の痙攣が抑えられないような年ではないし、静かな泣き方みたいなものも知っているから、いつもより湿度の高い息だけがせわしなく口から漏れでている。目からは涙が止まらなくて、止まるようにと腹を縮ませて、膝を寄せて、ハイエロファントも巻きつけてみて、スタンド使いにだってわからないようにハイエロファントの気配を薄く薄くする。そうやって自分も空気に溶けて行きそうなそんな自虐的な気持ちよさによってみてもすぐに冷めてしまう。
 ここでは一人なんだけど、誰も入ってこないけど、それでも誰にもわからないようにと縮こまって縮こまって、床を見つめている。埃にまみれた絨毯の固まった赤い毛先を見ている。
 窓からは、うっすらと光。多分月だか、星だかか見えている。何億光年も離れた星の光でさえ見えるのに、どうしてこの体に巻きついているこんなにも質量と温度を伴ったハイエロファントが見えないのか不思議で仕方がない。そう思うとハイエロの緑色の目みたいなのがらんらんと輝いているのに気づく。星よりもずっと強いのに。
 まだ涙は枯れることを知らなくて、誰にも知られたくないはずなのに誰かにとめて欲しいような気もして、声を上げてみようと思う。無様な泣き声を上げて、プライドなんて捨てて、誰かに癒してもらいたいような気持ちになる。
 大きく息を吸って、さぁ、叫ぶぞ!と思ったっていうのに、全く声はでない。喉の奥で腹の筋肉みたいに縮こまって、あぁなんだ、あまりにも静かに泣くのに慣れすぎて、多分大きな声で泣くやり方を忘れてしまったんだろう。困ったなぁと泣きながらでも笑えるのだから人って素晴らしい、なんて詭弁だろうか。
 と思っていたら、ドカン!と大きな音がして、薄い光が大きく差し込んだ。何億光年も向こうの、何億年も前の光がずうずうしくもハイエロファントを照らし出し、そうしてその向こうの承太郎を照らした。承太郎の後ろには静かに続く砂漠があって、それは不毛でも美しい。彼の手には黒光りするハンマーが握られていた。彼は長身で、その掌に比べるとあまり大きくは感じないハンマーはけれど重いものだったようで、砂漠の砂に大きな音を立てて沈んだ。
「花京院か」
 なんてことだろう、承太郎はハンマーで窓ごと壁を壊して入ってきたのだ。鉄格子のついていた窓が窓枠ごと、足元に落ちている。
「承太郎…」
「なんだ?」
 彼はなんでもないように答えた。ハイエロファントがでているのに気がついて、どうした、と重ねて問うてくる。そもそも君こそ、なんで。
「ハンマー?」
 要領も得ずにそうきくと、一体何を聞いているんだともいうような少し呆れた顔で承太郎は答えた。
「ハンマーだな」
「ハンマーか」
 涙は相変わらず流れているが、今更叫び声の上げ方も忘れてしまって、多分泣き笑いなんだろう顔を承太郎は本当に気にもかけない。ただもう砂漠と夜と承太郎と、ハイエロファントと、黒光りするハンマーが似合うんだが似合わないんだが、そもそも何故なんだかわからずに、その不可解さが笑いを誘う。
「スタープラチナはどうしたのさ」
「こんな下らないことに使うまでもねぇよ」
 不毛で美しい砂漠の向こうでジープに乗ったポルナレフとアヴドゥル、ジョースターさんが手を振っている。
「お前を迎えに来ただけだからな」
 こんな隅で馬鹿みたいに泣いているだけの人間を彼らは迎えに来たのだ。

 何億光年も向こうの星が、遠い昔の光で、ハイエロファントを照らしている。